空に突き刺さる煙


「お前を半殺しに留める方法を思いついた」
「…はい?」

それはリヴァイ班が訓練後の昼食を終え、皆でエレンの人体実験計画を練っているときのことだった。
どんな内容にするかという議題に、唐突ながらもリヴァイが口を開いたのである。

黒板の前の教卓に座るハンジは、頬杖をついてリヴァイがチョークで描く絵を見守っている。サヤはペトラ達とそれを囲むように並んで立っていた。

「巨人化したお前を止めるには殺すしかないと言ったが、このやり方なら重症で済む」

カツカツ、とチョークが黒板の上を滑る。
人形の線が引かれたと思ったら、今度は円盤状の破線が手足を横切るようにして描かれた。意図が分かった各々が神妙な面持ちになる。

「要は項の肉ごとお前を切り取ってしまえばいい。その際手足の先っちょを切り取ってしまうが…どうせまたトカゲみてぇに生えてくんだろ?気持ち悪い」
「ま…待ってください、どうやったら生えてくるとか分からないんです、何か他に方法は……」

腕を切られると聞いて青褪めたエレンが抗議する。しかしその言葉の続きはリヴァイの鋭い視線に遮られた。底冷えするような瞳がエレンを射抜く。周りに立つサヤ達までもが、居心地の悪さに慄いた。
いつまでたってもこの男の冷たい視線には慣れない。目を合わせるのだって、本音を言うと日々精一杯な部分がある…と同情の視線を送りながら、サヤは何となく安全地帯なハンジの側に寄る。

「"何の危険も冒さず、何の犠牲も払いたくありません"と?」
「い…いえ」
「なら腹を括れ。お前に殺される危険があるのは俺達も同じだから安心しろ」
「…!」

その言葉でハッとしたようにエレンが顔を上げた。深刻な表情で素早くエルド、グンタ…周りにいる班員に視線を流し、その瞳とかち合う。何とか安心させてあげられないかと、こっそり微笑んで頷いてみせた。少し緊張の色が混ざってしまったが、励ましぐらいにはなるだろう。

「はい……分かりました…」

エレンの承諾に周りがほっとした空気を纏ったところで、隣から興奮したような息遣いを感じた。見ればやはりハンジが目をギラつかせて足元のどこぞを見つめている。

(出た……)

「じ…じゃあ、実験していいよね?」
「リスクは大きい…かといってこいつを検証しないワケにもいかないからな」
「計画は、私が、やっていいよね?」

変な様子に気付いたのか、リヴァイも今度は無言で頷く。

「ハンジさん、顔がこわいです」

恐ろしい何かを考えているのだろう 目を合わせず一点だけを見つめるその横顔に、サヤは宥めるように声をかけた。

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―――ヒュオオォオォ…。

所々に雑草が生えた草原に、突風が吹く。

あれからすぐに部屋へ篭ったハンジは、約一時間後
待機していたリヴァイ達のもとへ作戦案をもってやってきた。

さっそく実行すべく場所を選んでやってきたのだが、乗馬中のエレンは気難しい顔で前を向いていてとても話しかける気にはならない。サヤは時々ペトラ達と会話を交わしながら、その場の緊張感をあたため合った。

「準備が出来たら信煙弾で合図するから、それ以降の判断は任せたよ!」
「了解です」
「落ち着いてね、エレン」
「はい」

丸い暗闇の奥底から、エヘンの緊張した声が反響する。
ハンジと共に井戸を覗いたサヤは、8mほど下のそれが手を降る姿を捉えながらそう言った。

「バッチリ記録取っててよね。今世紀最大の大発見になるかも知れないんだから」
「はいはい、分かってますって」

嬉々とした表情で横腹を突いてくるハンジに、分隊長補佐のモブリットは紙とペンを握り締めて彼女に背中を向ける。楽しそうなハンジにサヤの頬も緩んで、心なしか落ち着いて遠く離れた井戸を眺めることが出来た。モブリットもサヤと同じくらいハンジの実験や世話に追われる身の上で、サヤには共感や同情で何かしらの親近感を抱いている。
今からエレンが巨人化するだなんて信じられないが…上手く行けばこれで目の当たりにするのは2回目になるのか。そんなことを考えながら隣のハンジが信煙弾を上に高く上げるのを見守った。

今回の実験の目的はひとつだけ。まずはエレンがどこまで巨人を操作出来るかという問題について、ハンジは巨人化した体を涸れ井戸で拘束出来るよう保険をかけた上で解き明かそうとしているのだ。

「サヤ…もう一度聞くけど、本当に此処にいていいの?もっと離れた場所から観察したほうが安全だと思うけど」

その片腕じゃあ、という言葉は伏せて、ハンジは心配そうにこちらを見つめる。

「大丈夫です。私も近くで見たいので」

サヤは出来るだけ明るく、まるで実験が楽しみだと言いたげに返事をした。しかし後ろにいるモブリットは対象的に、緊迫した空気を放っている。それもその筈、もしエレンが暴走をしたときは、殺すことが出来るように、全員が武装してこの作戦に臨んでいるのだから。

ハンジが信煙弾を高く放つ。打上花火のような鳴き声を上げて空に突き刺さる煙。ごくり、と隣で高まる興奮を飲み下す音。
しかし…。

「…?合図が伝わらなかったのかな?」

なかなか現れない発光現象に、皆で首を傾げたその時、後ろで待機していたリヴァイが焦れたように馬で横を通過した。

「そんな確実性の高い代物でもねぇだろ」

後にハンジ、サヤも続いて井戸に近付く。一旦中止だと声を張るリヴァイが闇の中に目を凝らした。サヤも馬から降りて井戸に手を付く。

(鉄…?の、臭い?)

どこかむかむかする臭い。血、だろうか。涸れ井戸特有の湿った土の臭いと共に鼻を突いたそれに顔を顰めて身を乗り出したサヤ達の目には――。

「ハンジさん…巨人になれません」

両手を噛み跡で血だらけにしたエレンが放心状態で上を見上げていた。



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