小さい頃はよく、両親に我が儘ばかり言っていた。正常に反抗期とやらが訪れ、苛々を抱え込んだまま時がすぎて、やがてそれは大人になるにつれ自然消滅する。
そして遠くに暮らす両親が自分を訪ねてくる度に、親孝行とやらをそこはかとなく意識しだすのだろう。

平和で、退屈な話だ。


「お母様…お父様…」

二つの真っ白な石に、サヤの両親の名が刻まれている。無駄に広い庭の木陰にその墓はあった。しゃらしゃらと葉を叩く風が背中を擦る。
サヤは目を閉じた。

――暗闇が見える。それと、赤い水溜まり。
あの事件の日の光景だ。けれど、輪郭はモザイクがかったようにはっきりとしない。本能的に、思い出したくないだけかもしれないが、あんなに惨い光景を見てしまうなんて、前の世界に生きていた自分は想像できただろうか。

「……サヤ」

少しの風と共に声がした。振り返ったその先には、花を持って立ち止まるハンスがいる。ゆっくりと近付いてきた。

「…泣いてるのかと思った」
「泣きそうだったよ。でも、泣けない」
「どうして?」
「弱いのはもう嫌なの」

屈み込んで墓に花を添えたハンスは、首をもたげてサヤを見る。何かを感じ取ったような動作だった。

「ハンス、話があるんだ」
「…なに?」
「―――訓練兵を、志願したい」

真剣な顔でそう繋げば、ハンスは驚くでもなく、ゆっくりと視線を落とした。管理人が手を掛けている綺麗な花を眺めて、瞳を揺らしている。とても綺麗な瞳だ。淡くて、憂いを帯びた瞳。
サヤは数秒の間、それに見入っていた。そして思った。どうして、私はこの人達と出逢ったのだろう。どうして、違う人生をのうのうと歩んでいるのだろうと。

「理由、聞いてもいいかな」
「強くなりたいから――って、いうのは…口実で、私、知りたいことが沢山あるの」
「…」
「巨人の存在や、私達が想像も出来ないような自然の謎だって、壁の外には死んでも知り尽くせないくらいあるわ。きっと…」
「…調査兵団に入るつもり?」

ハンスの声が心なしか大きくなる。少しびくりとして目線を下げたが、見えたのは白い項だった。ハンスの表情は俯いていて見えない。

「…ええ」

誤魔化すでもなく、正直に答えた。
昔から世間が調査兵団に良い印象がないのは知っている。人類の進歩の為に行われる壁外調査は、人員の大半を失う悲惨な結果としか結びつかない。

「サヤ…昔、僕が言ったこと覚えてる?」
「…"ひみつを知ろうとした分だけ、ギセイが生まれる"?」
「そう、君はその犠牲の一人になるかもしれないんだよ。それでも、いいの?」
「……よくはないけど、いいわ」
「どういうこと?」
「そのままの意味。犠牲になりたくて志願する訳ないじゃない。秘密を明かしたその先に犠牲があるのなら、受け入れるってこと」

ハンスが哀しい顔をする。どうして、と一瞬合った目が訴えていた。

「……昔から、サヤは変わってたね」
「え?」
「父上と母上との間に不自然な距離をとっていたし…小さい頃はいつも悩まし気だった。それに――窓から壁を眺める横顔は…怖いくらい大人びてた」
「…」
「何を考えているんだろうって、考えても全く解らなかったよ。…今もそうだ。でも……サヤは色んなことを考えて、生きてきたんだろうね。だから――」

ふわりと、ハンスの香りに包まれる。サヤは背中に回される大きな腕に、抱きしめられているのだと気付いた。
聞き慣れた音が耳を擽る。

「…だから、いっておいで。サヤ」

その言葉に、サヤは口を開けた。しかし暫くして喜ばしい笑みを湛える。許してもらえたのだ、訓練兵になることを。

「…いい、の?」
「うん、家のことは任せて。何も心配することはないから――。でも、辛いときは溜め込まないでね。手紙でも何でもいいから、僕を頼って」
「うん」
「絶対だ」
「ふふ」

くしゃりと笑って、サヤは腕を背に回す。大空には白い鳥が羽撃いていた。


::::


そして―――。

「心臓を捧げよ!!」

その大空の下で今、新しい幕は開かれる。



決意と余韻のコントラストを描いて

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