やっとの思いで部屋に辿り着いたサヤは、確認するように再び箱の中を覗きこんだ。
その中に入っていたのは、間違いなく、元の世界で生活していた頃の…鞄や、靴や、常に持ち歩いていた物の数々。携帯電話も光らないが見つかった。

どういうこと…。もう一度心の中で呟いて
、渡された手紙を開封する。うまく行かない動作に手が震えていることを知った。

"―――親愛なるサヤへ"

ハンスの綺麗な文字が連なる。

"元気にしていますか。壁外調査の帰還を知り、心の底から安堵しています。サヤのいない生活には慣れたけど、そろそろ少しでも大人になった君に会いたいと思っている頃です。いつでもいいから、家に帰っておいで。

―――さて、ここからが本題です。
荷物はもう届いたかな?実は先日母の部屋の整理をしていたら、妙なものがクローゼットから沢山見つかったんだ。記号のようなものが書かれている本もあるけれど、僕には解読も出来ないし、奇妙な道具の使い方もわからない。…心当たりはないかな?――ハンス"

「お母様の…クローゼット……?」

どうしよう、ますます謎が増えてしまった。

一体なぜこの世のものではない自分の私物がここにあるのだろう。なぜ母のクローゼットに仕舞われていたのだろう……?
ぐるぐると混ざるだけの思考にまた立ち眩みがする。サヤはとりあえずベッドの隅にその荷物を押しやって、自身を抱えるように、恐怖から逃れるように、体を抱いて屈み込んだ。

「…っふ……」

もしかしたら、私は、本当に生きていく世界を違えたのかもしれない。

この荷物から証明できるのは、自分の持つ現世の記憶が事実なこと、それだけだ。そしてそれが意味するのは、この世界でのハンスや両親と血のつながりは一切ないこと。―――本当の家族は、やはり他の世界に存在するのだ。

「じゃあ…なんで私だけこんな所に…!?」

しかも一度身体は乳児に戻ったのだ。母親の体から生まれたのかは定かではないが、あまりに不可解過ぎる。現実的でない。まずそもそもこんな世界あり得ない―――。

「おい」
「ッ」

突然の声に首を捻らせる。

「なんて面してやがる……」

サヤのあまりの動揺ぶりに、リヴァイは眉を顰めながら蹲むそれを見下ろした。手元にある手紙に視線が移る。

「…この世の終わりみてぇな顔しやがって。何を読んだ」

一歩近付いたそれに、サヤは少しビクついて手紙を握りしめた。

「関係…ないです」
「ある。大体、モノを送るにしろ兵団の検査を通さねえと許可されない決まりだ」
「あ…」

手紙は諦めたのだろう、サヤが蹲る横を通り過ぎたリヴァイは、ベッドに押し込まれた道具へと手を伸ばす。取り上げてしげしげと観察する表情は、数段と恐ろしい。

「……読めん。なんと書いてあるんだ、これ」

サヤへと見せてきたのは、電車の中での暇つぶしに買った単行本。確か有名な作家が書いたミステリー小説だ。探偵物が好きなわけではなく、なんとなしに買ったものであまり話は覚えていない。何せ数十年前の話だ。

「聞いてるのか」
「…」

圧のある口調に目が醒める。
苦い顔をして首を降っても、なかなか引いて貰えなかった。暫く本を見て黙り込んだ姿を怪しいと思ったのだろう。
それでも、首を横に振る。

「…本当に、なんでもないんです」

うまい逃れ言葉も見つからない。サヤはリヴァイが納得するのではなく、引き下がることに掛けた。

値踏みするような、厳格な視線。
しかしその瞳はこの妙ながらくたの正体を突き詰めようとしているよりは、何か別の疑惑を見定めているように見える。

「ちっ…貴族の趣味は理解が出来ない。今回は見逃してやる」
「っ。ありがとう、ございます」
「だだしそれ以上ゴミを増やすんじゃねぇぞ」
「はい」

再び舌打ちをしそうな様子で、リヴァイは勝手に入ってきた部屋から出て行こうとする。

「……あ、リヴァイ…兵長」

けれど何故か。サヤは男を呼び止めてしまっていた。
せっかく危機を脱したというのに、と自分でも首を傾げながら振り向くその姿を認める。無言で立ち止まるリヴァイから一度視線を外して、サヤはぽつりと言葉を発した。

「……どうして、助けたんですか」
「…」

小さかった声でも聞き返すことはなく、リヴァイは苦しげに眉を顰めるサヤを見下ろす。
サヤがなんの事を言っているのかはすぐに分かった。壁外調査のとき、なぜ陣を抜けてまで自分のもとに来たのかと聞かれているのだ。

「お前の馬が俺の所まで走ってきた。元来た道を案内させたまでだ。あの時は陣形が崩れかけてたからな…巨人がいるなら侵入される前に倒す必要があった……それだけだ」

淡々と、口にする。
俯く顔から納得したように微笑する気配がした。

「何故訊く」

今度はリヴァイが問う。

「…理由が欲しいんです。この世界に生きる理由が。私の命が……少しでも貴方に掬う価値があるものだと言われたら、ちょっとは前を向ける気がしたから……」

弱々しく繋がれた言葉は、怯えるような感情さえ孕んでいた。リヴァイは、サヤの言葉を反芻する。僅かばかりとも口が開いてしまっていた。

「…そんなもの、俺が助けた時点であるだろうが」

静かにそう告げたリヴァイに、サヤの肩はひくりと反応する。顔を伏せているため表情は分からないが、きっと、様々な感情に揉まれて歪んでいるのだろう。
もう用は無いと踵を返したリヴァイに届いたのは、予想に反して真っ直ぐ、透き通った声で。

「…そうですね」

一体どんな顔をしているのか、背中越しでは分からない。
リヴァイは手をかけていたドアノブを捻って廊下へと足を運ぶ。後ろでドアが閉まる音を確認して、向かいの窓を静かに見つめた。

リヴァイの言葉に笑ったサヤが、一体どんな顔をしてこの窓の外の星を見つめていたのか。
確認しないまま部屋を去ったのは、少しでも自分が、見たら…後悔してしまう。そう思ったからだ。



焦がれる横顔と星屑

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