―――少し緊張した面持ちで、団長室のドアをノックする。サヤは今日、団長であるエルヴィンにある許可を取りに来た。

というのも、例の送られてきた荷物について、ハンスへ返事をした後に送られてきた手紙が発端だ。ちなみに返事の内容は『分からない』と書いた。それ以外に何と言えばいいか分からなかったから。

ゆっくりとドアを開ければ、以前と何ら変わりない風景が広がる。真ん中に座るエルヴィンの元へ近づくと、サヤは単刀直入に口を開いた。

「エルヴィン団長…急で申し訳ないのですが、明日、休暇を頂いてもよろしいでしょうか」

唐突な言葉に驚くでもなく、エルヴィンは最初から分かっていたかのような眼差しでサヤに微笑む。

「本当に急な話だな。何か用事でも入ったのか?」
「ええ、……それが、お兄様に社交界へ招待されまして」
「ほう?」

反応したエルヴィンは何処か愉しそうだ。怪しい様子に少しだけ眉を寄せたが、サヤは許可が降りそうな雰囲気に安堵していた。そろそろ会いたいと言われていたのだ、支え続けてくれていた兄に僅かな時間でも会って礼を言いたい。

「許可、していただけますか」
「いいだろう」

即答だ。
構えていただけ拍子抜けする。サヤが許可を得たのにぽかんとしているのを目にとめて、エルヴィンは可笑しそうに肩を竦めた。

「どうしたんだ、アンドレア」
「あ、いえ…ダメ元で聞いたものだったので」
「君の大事な兄からの誘いだろう?壁外調査の前の休暇もここに残っていたらしいからな。数年ぶりの再開じゃないか」
「胡散臭えな、エルヴィンよ……」

そこに聞き覚えのある声が響く。小さな声量だったのにツンと鼓膜を揺らすのは、その人物が持つ独特な圧迫感からか――。後方のドアを静かに閉めたのは、相変わらず愛想のない目をしたリヴァイだった。

「下心があるならはっきり言え」
「手厳しいな、リヴァイ。それに下心とまでは呼べない。期待だよ」
「はっ…疲れる奴だな」

子供のようにニヤリと笑うエルヴィンを見る冷めた眼がそのままサヤに向けられる。ギクリと反射的に肩を揺らした。

「あの、何の話をしているんですか」

二人の入りこめない世界に気後れしながらも、自分にも関係のある話だと見て問いかける。
エルヴィンが肘を付いている机の側面に腰を下ろしたリヴァイは、腕を組んで外を眺めた。…どうやら無視のようだ。

「とにかく、私は許可を下そう。後は好きにするといい」
「…ありがとうございます。失礼しました」

苦笑いで告げてくれたエルヴィンに頭を下げて踵を返す。部屋を出ると自然と溜息が漏れた。どうやってもあの二人の前だと動悸がする。個人の威圧感もそうだが、また別の――もしかしたらそれは二人が揃ってこそのひしひしと感じる空気なのかもしれない。根拠はないけれど、二人は只の仲良しとは決して呼べない何かで繋がっている気がする。

「とりあえず、外出の準備をしなきゃ…」

不毛な思考を中断し、サヤは急ぎ足で自室へ戻った。

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その日の朝は皆が訓練に取り掛かってから、荷物を持って部屋を出た。壁外調査以来、調査兵団の敷地から出たことがなかったため、サヤは何処か落ち着かない気分になる。
本通りまで出て馬車を捕まえた。隊服ではない女性の格好をしているので、操縦士がエスコートしてくれる。…嗚呼、こんな扱いも久しぶりだと他人ごとのように考えて、サヤは馬車に乗り込んだ。

流れてゆく景色。
嫌でも視界に入る灰色の廃れた壁を眺めていたら、改めてハンスから送られてきた荷物の事を思い出してしまう。

「こんなこと…してる場合じゃないのかもしれない」

相変わらず、サヤの独り言は日本語である。けれどその癖が何度か助けになってくれた時もあった。特にハンジと壮大な世界の話になった時は、聞かれては面倒な単語を吐いてしまった時に聞き間違えだと流すことができる。
まずこの世界にサヤの言語を理解出来る人などいないだろうから―――。

「到着いたしました」
「えぇ、どうもありがとう」

乗った時同様手を添えられて地に足をつく。
雄大な自然を想像させる、芳しい風が吹いた。けれど、今のサヤはその世界がどんなに遠くて、恐ろしいのかを知っている。しかし恋しい匂いだった。いつか見た海が脳裏にちらつく。…あぁ、やはりここまで来てもあの世界を諦めていないのか―――。

目の前に構える、巨大な門。その向こうに見える大きく空っぽな屋敷が、サヤの心を現実に引き戻した。



彼方が理想で、此方が現実

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