「それ、で…どうして地球だけに生物が存在するかなのですが」
何を考えているのか読めない瞳に考えることを放棄して、サヤは話の続きを再開する。
辺りを見回して丁度良さげな紙とペンを断って机に置いた。白いそれに太陽と8つの丸を一列に描く。サヤの世界では定番の太陽のそれは、補足しないと二人には分からないようだった。
「この惑星の中の一つが地球です」
太陽系、なんて難しい単語は避けて太陽から三番目の円をペンで指す。
「これが、地球だとして…太陽に最も近いこの惑星には、生物は存在しません」
「どうして?」
「熱いからです。もし生物がいたとしたら、跡形もなく気体になってしまいます」
「では、太陽は気体ということか」
「はい」
「っじゃあ地球より外側は!?」
「逆に寒すぎて、生息不可能だと考えられています」
答えたサヤに感心して、ハンジは腕を組んで興味深そうに頷く。そんな反応にほっとしつつ、サヤは話をまとめようと言葉を繋いだ。
「だから…地球だけは他の惑星と違い、太陽との奇跡的な距離関係で、水と大気が存在するんです。それが生物の生きる最低限の条件になるのに…巨人たちは満たしていない…」
「……。なるほど、ね…実に面白い推測だったよ」
「まるで夢物語だな」
僅かな静寂の後、二人はどこか苦々しい表情でそう告げた。話の過半数を信じていないような感想に、サヤの胸はチリ、と痛む。けれど、それも当然なのだと割り切ることが出来た。
最初から期待していなかったことだから。
「そうですね。でも、楽しいんです。こうやって外の世界を"妄想"するの」
自嘲気味に笑う見たことのないその表情に、リヴァイの口は開きかける。
その時だ。
「…なんだ、もう全員揃っていたのか」
エルヴィンはガチャリと音を立てて、扉から入ってきた。
団服に長い上着という畏まった服装を見て浮かんだ疑問をハンジが解決してくれる。
「おかえりエルヴィン。突然憲兵団に行くとかいうからびっくりしたけど、何か用事でもあったの?」
「あぁ、ちょっとな。大したことじゃないさ」
だから堅苦しい服装なのか。納得する自分を見つめる青い瞳に気づかないまま、サヤはさっき使ったメモ紙を見て用事を思い出す。
部屋着で格好つかないがとりあえず背筋を伸ばして団長が座る机の前に直立した。
「ご用件とは何でしょうか」
短く問うたサヤに目をやり、エルヴィンはふと笑う。
「あぁ、君の兄であるハンス伯爵から大きめの郵便物が届いてね。ついでに手紙も」
「え…」
サヤは片手では持ちきれない程の箱と真っ白な手紙を、拍子抜けした様子で受け取る。
「アンドレア家からは多額の資金援助を受けている。その上、アンドレア家を推して我が団に資金を提供してくれる貴族も増えたからね。直接礼を言いたいと思っていたんだ」
「それを、態々…申し訳ありません」
「いや、今日は君に一貴族として礼を言わせてもらっただけだよ」
突然貴族扱いされてもピンとこないが、ここは大人しく受け取ろう。そう思いエルヴィンの態度に応えるように目を伏せたサヤは、刹那。
「ッ!」
目を見開いた。
「う……!?」
「!!? どうしたのサヤ!」
激しい目眩に襲われ、思わず頭を手で押さえ付ける。心配して駆け寄ろうとしたハンジを手で止めて、サヤは後退してエルヴィンに視線を投げた。
「っ私は、もう退室してもよろしいでしょうか」
「…ああ、構わない。具合も悪そうだしな」
「失礼、しました」
「おい…」
リヴァイの声が背中から聞こえたが、今は振り向く余裕すらない。一秒でも早く部屋に戻って、この混乱した頭を整理したいのだ。
嫌な汗が頬を伝う。こんな気分初めてだ。気持ち悪いのとは違う、原因不明の吐き気…。
「まさか……何が…」
追いかけてくる幻影