翌日、大広間でエルヴィンによる壁外調査の班分けが発表された。

「――また、壁外調査における壁外までの到達ルートを駐屯兵団に援護してもらうことになった。そのため今日からは駐屯兵団との合同訓練に移行する。…以上だ。解散!」
「ハッ!!」

たった今発表された班ごとに集まり、振り分けられた訓練場へと足を進める。
サヤ、ノーラ、そしてエイデルの三人は長距離索敵陣形の次列三に配分された。予備の馬との並走、情報の伝達が主な仕事だ。

「十三班班長のナイルだ。よろしく頼む」
「ああ、俺はエイデル。よろしくな」

合同で訓練する駐屯兵団の班長が、班員を引き連れてやってくる。
班長のナイルと挨拶を交わしたサヤは、その後ろに立つ男達に顔を歪めた。

(最悪だ…)

訓練兵の頃よく自分に突っかかっていた男達がそこにいた。向こうも気付いているらしく、数名が薄ら笑いを浮かべている。
サヤは何とか冷静を装おうと視線を戻した。大丈夫。対人格闘術も上達したし、もうあの時の自分とは違うのだ。

::::

しかし。
ことはそう上手く行くものではない。

「まさか憲兵行きを蹴って死に急いでるなんてなァ。そんなに馬鹿だとは思わなかったぜ」

午後を回った休憩時間に、男達はぞろぞろとやってきた。この前の巨人戦で数は減っているのだろうが、兵科がばらばらになった今では確認の仕様がない。
サヤはいつも通り無視を決め込もうとしたが、ぐい、と髪を引っ張られ嫌でも前を見なければならなかった。

「……あなた達には関係ないでしょ。私がどこで死のうと」

無意識に出てきた声は、とても冷たかった。男達が動きを止める。言い返してくるとは思っていなかったのだろう。隙をついて逃げ出そうとも思ったが、依然として髪を掴む力は強く叶わなかった。

「チッ。口答えしやがって……また痛い目見たいのかよ」
「やってみればいい。少なくとも仲間をぞろぞろと引き連れて威張ってるあんた達には…もう負ける気がしないから」

売り言葉に買い言葉。
お互いに睨み合い張り詰めた空気の中で、体を引いたのは男の方だった。

「フン、どっちが。お前こそお仲間は選んだ方がいいぜ?お前のトモダチに録な奴はいねーからなァ」
「…どういうこと」
「知らねーの?あの女が……ほら、噂をすれば」

男達の視線を辿っていく。
その先にあったのは、サヤが男達に囲まれているのに気付いて走ってくるノーラの姿だった。サヤの前に立ったノーラが、凄みをきかせて男達を一瞥する。

「サヤに何かしてないでしょうね?」
「何かってなんだよ?俺たちは仲良く話してただけだぜ?」
「ふざけないで。用事なんかないでしょう?今すぐ消えて」
「オイオイ、ひでえ言われようだなぁ!俺達はコイツに忠告してやったんだよ。トモダチは選べって」

その言葉に眉を寄せたノーラが、確認するようにサヤを見る。サヤにも何のことかさっぱりだったので、首を傾げてみせた。
変な男達だ。意味の分からないことを仄めかして、何が楽しいのだ…。

「なぁ、教えてくれよ。お前が昔からつるんでるエイデルっていうあの男――いくらで寝たんだ?」
「ッ!!」

刹那、ノーラがいきなり男に掴み掛かった。
驚いて固まるサヤを他所に、目の前でノーラがいい加減に拳を振るっている。慌てて盛り上がる男達の間を掻い潜って暴れるそれを止めようとすれば、強い力で振り払われた。

「…っ許さない!エイデルを侮辱するなんて…」

怒りの篭った目で男を見上げ、また殴りかかっていく。このままではお互い只じゃ済まない――。
状況を上手く飲み込めないままそれだけ理解したサヤは、必死でノーラの腕を引いた。

「お願い、落ち着いてノーラっ」
「邪魔しないで!!」

再び振り払われて、地面に手をつく。頬に痛みを感じた。腕を引き剥がすときにノーラの爪が刺さったのだろう。つ…と血が頬を伝う。

…どうしたと言うのだ、一体。

ノーラが乱れる理由も解らず呆然とするしかなくなったサヤ。半ば放心気味に座り込むその隣に、誰かの足が見えた。

「な…なんだよ、これ。どうしたんだよノーラの奴…」
「エイデル…」

目を見開いて立ち竦むエイデルに、彼女を止めてと懇願する。騒ぎの中心となっているそこへとエイデルが姿を現した瞬間、ノーラの動きはピタリと止まった。

安堵か…それとも昨日のハンジの長話で削れた睡眠時間のツケが回ってきたのか、サヤの意識が急に遠退く。
誰にも気づかれないまま、サヤはその場に倒れ込んだ。



思っていたよりも知らないことだらけ

prev│14│next
back


×
- ナノ -