目が覚めたそこは、真っ白ではない薄汚れた木材の天井がある治療室だった。周りの棚には様々な実験道具や医療薬などが無造作に直されていて、とても清潔とはいえない。窓からは凛とした月光が覗いているため、サヤは今が夜だということを把握した。

(どうして、こんな所で寝てるんだろう…)

硬いベッドに長時間横になっていたせいか身体中が痛い。次に何をすべきか分からず只ぼうっとしていたサヤは、何と言うでもない空間を見つめた。
確か自分は…エイデルが暴れるノーラを止めに入ったところで意識を失った。そこからどうやって、誰に、ここまで運ばれてきたんだろう。

―――カツカツ。
廊下から誰かの足音が近付いて来た。小気味よく響くそれは通りすぎると思ったが、サヤの居る部屋辺りでピタリと止む。篭った音を立てて開いた扉の前にいたのは、想像もつかない人物だった。

「兵長…」

うっすらとだが見える影に反射的に上体を起こす。ベッドから降りようとすればいい、と制された。

「ぶっ倒れたそうだな」
「…」

開口早々そんなことを言われても、どう返せばいいかわからない。
悠々と近付くそれに比例して身体が固まっていく感覚を覚えながら、サヤは考えを巡らせた。なぜ関わりなんて無いに等しいこの男が、ここを訪れたのだろうか。覚醒しない頭で考えてもやはり分からない。

「……あの」
「なんだ」
「どうして、兵長がここにいるのでしょうか」

だから思いきって聞いてみた。サヤの周りにある棚を物色していたリヴァイが、ゆっくりと振り向く。闇の中でも宿る眼光に背筋が伸びた。

「誰がお前をあそこから運んでやったと思ってる」
「まさか…。…でも、」
「騒ぎが起きている練習場でお前が一人伸びているのを見かけた」
「…」
「くだらねぇ立ち回りでもやったのか、あいつらは。憲兵のガキ共とお前の同僚の二人は監督兵に連れていかれた」
「…二人は」
「女は罰則を受けて厩舎の掃除をしている。男の方は知らん」

その言葉に布団をぎゅう、と握る。あの時の事を思い出して俯いてしまった。
…初めて見た。ノーラが感情をあそこまで露にして怒る姿。他人が知っている、自分の知らないノーラ。意識を手放す間際に見た、彼女の悲しそうな表情。知らないことだらけで凄く苦しい。けれど、それを聞き出そうとは踏み切れない気がした。
二人は異端なサヤを受け入れてくれたが、本当はもっと隠していることがある。ひょっとしたら自分はこの世界の者ではないということ―――それを話したら、今度こそ頭が狂っていると思われるかも知れない。
自分にまで深く追及されるのがこわくて、ノーラの真実に迫ることを憚ってしまうのだ。

「行かねえのか」
「え――」

顔を上げれば、無表情に近い瞳とかち合った。思わず目を逸らしたのは、すべてを見透かされそうだったからで。

「お前の大事な友人だろ。何を迷ってやがる」
「……私は、ノーラのことをあまり知らないんです。…知っているつもりだった。訓練兵の頃からずっと一緒にいたから」
「…」
「でも、分かりませんでした。どうして彼女が悲しい顔をしたのか。……私には、知らないことに首を突っ込むのは、相手を傷付けてしまいそうで出来ません」

なんて弱々しい言葉だ。自分で吐き出しながら呆れてしまった。こんなの、目の前の男に言って良い言葉じゃない。弱音なんて――。

しばらく沈黙が訪れ、サヤは視線を落としたまま息を止める。呆れられてしまったのか、返答が来る気配は無かった。
カツカツと、再びリヴァイの靴音が響く。向かう先は出口。

「俺はお前を慰めにきた訳じゃねぇぞ」
「……そう、ですよね。すみません」
「調子が悪くないんならさっさと自室に戻って糞して寝ろ。俺はお前の様子を見に来た」

そのまま出ていくと思った足音は、ふと扉の手前で止まる。顔を上げるとリヴァイの華奢な後ろ姿が月光に照らされていた。

「だが一つ言っておく…。お前は考えすぎだ。相手がどう思うかなんざその頭をいくら捻っても意味がない。そうやってウジウジするのは向こうに拒絶されてからにしろ」
「……はい」

応答を求めるように振り返ったそれに掠れた声で応える。
それを認めたリヴァイは、何かを考えるように口を半開きにした。

「…ハンジの長話に付き合うのも大概にしろ。また寝不足でぶっ倒れられたら目も当てられない」
「気を付けます」

サヤは控えめに頭を下げる。扉を出ていこうとするリヴァイにお休みなさい、と声を掛けたが、返答はなかった。
いつもなら眉を寄せてしまう態度が、今はどこかあの人らしいと頷けてしまう。

サヤは掛かっていた布団を折り畳んで、ヒタリと冷たい床に足を下ろした。



その碧眼を真っ直ぐに見つめるには

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