それからというもの、巨人の恐怖を目の当たりにした兵士の中には血眼で訓練に本腰を入れる者が増加した。それはサヤも例外ではなく、対人格闘術ではエイデルの指導でみるみる上達し教官の舌を巻いた程だ。
しかし、それは2年を特訓に費やした努力の賜物に他ならない。

そしてついに、サヤ達に配属兵科を問われる日が訪れた。

「――以上の成績上位10名のみ、憲兵団への入団を許可する!本日はこれにて、第101期『訓練兵団』解散式を終える…以上!!」

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「信じられない…次席だなんて」
「良かったじゃないサヤ。どれだけ対人格闘術が足を引っ張ってたかよく分かったわ」

解散式を終え、各々が少し豪華な夕食で賑わう中、サヤはまだ呆けたようにそう呟いた。隣でスープを喫するノーラがすかさず口を挟む。
そう。なんとサヤは101期訓練兵団の次席を剥奪したのだ。これにはエイデルも驚いたようで、発表されたときの反応はサヤよりも大きかった。

「明日までには、どこに所属するか決めないといけないのね…」

そう言ったサヤに二人の視線が向けられる。

「…サヤはどこの兵科にすんだ?」

エイデルが食いつき気味に尋ねてきた。

「…調査兵団よ」

その言葉に二人は複雑そうな表情をする。それも仕方ないと思った。僅か二年前の惨劇で戦意を喪失した者は少なくない。サヤにそんなつもりはないが、必死で訓練を受け成績を伸ばそうとした兵士の大半の理由は、上位の成績を叩き出し内地に入りたいという願望が強まったからに過ぎなかった。
調査兵団に入り自らを危険に晒すなど、誰も考えたりはしない。

「二人はどうなの?ノーラも上位10位に入っていたし、エイデルは不動の主席じゃない」

空気を変えようと、今度はサヤが質問をした。
しかし、返ってきた予想外の答えに目を剥いてしまう。

「もちろん…調査兵団」

なぜ、という言葉がつっかえて出てこない。それ程までに予想していない返答だった。

二人だって二年前の惨劇をその目で見た筈だ。なのに、憲兵団行きを蹴って危険な道を選ぶ理由が見当たらない――。
そんな心情が顔に出ていたのだろう、エイデルは苦笑いをしてサヤに話を振った。

「…どうしてサヤは、調査兵団に入ろうと思ったんだ?」

その質問に、黙り混む。
どうして――?
その答えが、改めて考えると自分でも分からなかった。

サヤは、この世界のものではない。厳密に言えば生前の記憶があるためこの世界をどこか別世界として捉えてしまっていた。だから巨大な壁があるこの世界に疑問を持ち、尚更外に憧れていたのだ。
しかし、それを二人に告げたところで、信じてもらえる訳がない。

暫し黙っていたサヤは、自分に向けられている視線にはっとして顔を上げた。

「…ほ、本を読んだの。外の世界について書かれている本」
「それって、出回っちゃいけないやつだわ」
「うん…。それを小さい頃、お父様の部屋で見つけて…」

嘘はついていない。ちらりと見た二人は納得した面持ちだった。

「それで外の世界に憧れたんだな」
「……ヘンに思ったでしょ?17歳っていうそこそこの年齢で、しかも貴族が、入団志願だなんて」

肩の力が抜けていくのを感じながら、サヤは苦笑いで問いかける。言いにくそうに眉を下げた二人も、おずおずと頷いた。昔から疑問には思っていたようだ。

「……私、少し前に両親を事件に巻き込まれて亡くしたの」
「え…っ」
「お母様が東洋人だから、狙われたんだろうって憲兵の人は言ってたわ。…何もできなかった。あの事件の場に居たのに、自分が生き残ることでいっぱいいっぱいで…」

あの夜の光景を思い出すと、今でも目に写るものが赤く染まっていくような感覚に陥る。

「……わたし、強くなりたいの。自分も、他人も守れるくらい強く」

そうやって意地でも前を見続けることで、強くなれると思った。何かに没頭することで、痛みを忘れられると思った。
でも、本当にそれだけ――?

「サヤ…」

テーブルに乗せる手に力が籠っていたのだろう、隣のノーラがふわりとサヤのそれに手を置く。
ひどく暖かいと思った。優しくて、全てを包み込むような、安心する感覚。

サヤはありがとう、と瞳だけでノーラに告げた。そして今まで静かに話を聞いていたエイデルへと視線を移す。
その唇は何かを決心して伝えようとしているのか、薄く開いたままだ。

「実はさ、」

かちり、と、エイデルとの焦点が噛み合った。

「俺の上の兄弟はみんな調査兵団を志願してるんだ」
「お兄さんが?」

頷いて、懐かしそうに目を細める。家の光景を思い出しているみたいだ。きっと、エイデルの家族はとても温かいのだろうな、とサヤは思った。

「三男なんだ、俺。…それで、休暇のときに家に帰ってきては壁外のことを話す兄貴達に……純粋に、憧れたっていうか」
「……」
「もちろん、外が危険なのは知ってるぜ。二人とも巨人に食われちまったし…俺だって、サヤがあの時居なかったら死んでた。――でも、見てみたいっていう思いは変わらないんだ。兄貴が目を輝かせて語ってた、無限の景色ってやつを」

そう言ってサヤを射抜く瞳は、確かな決意を秘めている。
幼なじみのノーラはこの事を知っているのだろうかと横を向けば、静かに頷いてきた。

「…私も、エイデルの執念にやられたの。最初は体裁を守るために志願したんだけどね。外の世界を語る彼は、とても幸せそうだったもの…。見てみたくなるに決まってるわ」

吹っ切れたように破顔したノーラが、ぐびっと水を一気飲みする。

…みんな、目的を持っている。生まれたことの意義を見つけ、つくり出すために将来を選択している。同じだ、とサヤは思った。皆同じだ。どんな境遇だろうが答えを見つけて、或いは探そうとしている。

――ならば、まだ答えを早まる必要なんてどこにもない。自分が思うように、この時を刻めばいい。

ノーラに続いてサヤも大きな容器で水を一気飲みする。その横顔は、しっかりと前を見据えていた。



美しき残酷な世界へ

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