ごめんなさいとありがとう
※『いかないで』の硝子side

ふと、将棋の駒を手に考えてしまった。

赤司は、まるで秘書か使用人のように硝子を使う。

硝子はミーハーや下心アリの女と違い余計なことはしない。
命令には忠実で、仕事はすべてきっちりこなす。

『できません』と言わないことも、赤司が好んで使う理由だろう。

赤司はいつでも、何処に行くにも必ず硝子を連れて行きたがる。
将棋部にしろ練習試合の相談。文化祭や体育祭、部活紹介の時も、側に置きたがる。

命令されれば仕方なく、硝子は彼について行く。
その場その場で自由に振る舞う彼の後ろにいて、まるで秘書のように控えている。

だからか、赤司の彼女というレッテルがついてしまった。
噂は一人歩き。ファンからの嫉妬が痛い。

硝子の言葉は噂よりも影が薄いので、何を言っても効果はなかった。
黒子も似たようなもので、一番発言権のある赤司は何も言わない。

面白がっているのか、興味がないのか。
ふざけているだけだ、と硝子は思った。

赤司は『硝子』を必要と訳じゃない。
将棋の駒と同じ、普段使っているものがなければ代わりを使う。

その程度の価値で、その程度の関係。
硝子も、下手な恋愛感情を持たれるよりはその方がいいと思う。

硝子は黒子の許嫁で、バスケのマネージャーで。
恋愛なんてしている余裕は、微塵もないのだから。

だが、黒子もそうだったら。
黒子も、硝子を駒同然にみているのだったら。

黒子を見つけられるのは硝子だけ。だから黒子は硝子に執着する。
硝子の存在が彼の存在の証明だから。

もし、硝子以外に見つけられる人が居たら。
病弱で、昼にデートもできない許嫁のことなんて、忘れてしまうんじゃないか。

「……馬鹿らしい」

一瞬胸に過ぎった感傷を、硝子は乱暴に振り払った。

硝子は二十を数える前に死ぬ。
黒子に、自分だけを見て、他の人を愛さないでと言えるはずがない。

黒子が忘れたいなら、忘れてくれていい。むしろ、忘れ去られた方がいい。
絶対的に長生きする彼を、この短い命で束縛したくない。

黒子の傍には、硝子より健康で、日向が似合う女の子がいた方がいい。
例えば、あの桃色の髪の女の子とか。

彼女は可愛いし、賢いし、ミーハー女のような底意地の悪いさもない。
真っ直ぐで、強い。彼女ならきっと、黒子を支えてやれる。


彼女に黒子を任せれば、大丈夫だろうな。
でも、そうしたら、私は誰からも忘れ去られるのね。

それでいいじゃないかと言う声と、寂しいと嘆く声が、硝子の中で争う。
そしてそれは常に、『偽善者』が勝つ。

そして、悔しそうに本心は零すのだ。

「忘れ去られてしまうより、ずっと良いですよ」

だけど。
彼は言った。

「お前が死んでも、俺は、覚えていてやるのだよ」

とても悲しい表情で、未来を知る目で、それを忌々しげに思う声音で。

「夏には墓参りにも行く。命日にも線香をあげに行く。それで、俺が死んだらお前が天国で整えてくれたフィールドで、バスケをするのだよ」

ああ。貴方は優しすぎる。

私のことなど忘れてしまいなさい。
覚えていても、貴方が苦しくなるだけ。

人の命を引きずって生きるような日々は辛いに違いない。
いつか、忘れてしまいたいと思う日が、必ず来る。

その時、貴方はあんな約束なんかしなければよかったと、後悔する。

そう言ってやりたいのに、おかしい。唇が震えて、言葉が出ない。
本心が、偽善者の喉を押さえたらしい。

返事、できない。





死ぬのだとわかった。
ピッピッという金属音が耳元で聞こえる。

額に汗をかいた医者が、電動メスを懸命に揮っている。
だが、その目は絶望を映している。助からないのだ。

それでも、この年まで生きることができた。
人生で一つのことをやり遂げたのだから、もう十分だ。

あ、そういえば。

「今日の、マネジ」

できてない。でも、もう体がだめだ。
じゃあ、天国でしようか。

キセキの皆が来た時、すぐバスケができる状態にしておかないと。

選手が最善の練習を、試合を、プレイをできるように、最善の手を打つのがマネージャーの仕事。

彼らが天国でバスケをしたいと思ったとき、できないようではマネージャー失格だ。

生きていても死んでいても、私はマネージャー。
キセキの、マネージャー。


皆、いつ来るのかな。遅いといい。雲の上にコートを作るのは、きっと大変だ。

天国では、自由に動ける体だといいな。
不便なのは現世だけで十分だ。

不意に、耳元で、ホイッスルの音が鳴った。
いつもの音と少し違って、ピー……という平坦な音だった。

試合、終了。

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