いかないで
※『ごめんなさいとありがとう』の緑間side

昼休憩、硝子はドリンクを作るためにバスケ部の部室にいた。
ちらりと背後を盗み見、溜め息をつく。

青峰と昼練をしていた赤司が、部室のベンチに腰掛け、腕を組んでこちらを見ている。

「キャプテ」
「征十郎」
「……。何か用ですか、赤司君」

名前で呼べとばかりに遮られたが、硝子は知らぬふりして名字で呼んだ。

万一呼ぼうものなら、たちまち黒子が機嫌を悪くする。
赤司もそれがわかっているのか、不満げな顔をしたものの何も言わなかった。

「将棋の駒がなくなってな、借りてきてくれないか」
「王将の駒でしたら、緑間君に返してもらってください。今日のラッキーアイテムだそうです」
「緑間は午後から練習試合だ。ラッキーアイテムをとると後がうるさい」


緑間にとってラッキーアイテムは重要だ。
もしラッキーアイテムがないと、命を落としかねないような不運に見舞われるのだ。

順守しないと命が危ないとか、もはやおは朝占いではなくおは朝呪いだろう。

「将棋部にですね」
「そうだよ。ついでに帰りに戻しておいてくれ」
「はい、わかりました」

赤司の要望に、硝子はにっこりと笑って答えた。

バスケ関係ならまだしも赤司個人の用事を聞き入れると、黒子は怒る。
硝子は赤司の下僕でも彼氏でも使用人でもない、そのように聞く必要はないと。

だが、彼の機嫌が悪いとバスケ部員が辛い思いをする。
彼らの精神衛生上よくないことを減らすのも、マネージャーの仕事なのだ。

だけど。

将棋部から借りてきた駒を持ち、赤司のいる体育館へ向かう。
その途中で、緑間に会った。

「黒子が探していた」
「そうですか。赤司君の用事を終えたら戻ります」
「……いや、俺が赤司のところへ行こう」

そういって、緑間は将棋の駒を取ろうとした。
だが、それより早く硝子は手を引いて取られまいとした。

「私が行かないと、赤司君が怒ります」
「そうか。……お前も、変な連中に好かれて辛いな」
「いいえ。嬉しいですよ」

硝子の言葉に、緑間は顔をしかめた。

これが調子に乗ったミーハーマネージャーのセリフなら、イケメン逆ハー万歳という非常に不愉快な意味になる。
しかし、硝子はそんな馬鹿な勘違いをする女ではない。

「忘れ去られてしまうより、ずっと良いです」

無より有の方が良いと、最低限のことと比べて喜ぶ。
そこに恋愛感情はない。あるのはただ渇望した人との関わりを得られた安堵だけだ。

その声に思い上がりは無い。むしろ、凍てつききった孤独が感じられ、聞くものを悲しくさせる。

一度心に付いた氷は、たとえ灼熱のような愛を受けても溶けはしない。
打ち込まれた楔のように、足先から壊死させていく。

それが歯がゆく、痛々しく、苦しい。

「お前が死んでも」

衝動的に、緑間は言い放った。
そう遠くない未来、彼女に来るであろう『現実』を。

「俺は、覚えていてやるのだよ」

覚えている。覚えているとも。

皆が日向で遊んでいるとき、日陰で羨ましそうにしている姿を。

日が沈んだ後、フードを脱いで嬉しそうに笑う姿を。

「夏には墓参りにも行く。命日にも線香をあげに行く。それで、俺が死んだら」

お前は向こうにいて、待っているのだろう。
だから、俺が死んだら。

「天国でおまえが整えたコートで、バスケをするのだよ」

お前は天国で待っているのだ。待っていろ。

俺たちキセキの世代が逝ったとき、そこでもバスケができるように。

ボールを磨いて、ボルトを締めて、床を磨いて。
運動着とバッシュを揃え、タオルを準備し、ドリンクを作って。

スコアボードを準備し、ホイッスルを手に待っていろ。

そして、皆がそこに集まったら。
さあ、試合を始めましょうと、いつものように言うのだ。




くゆる線香の向こうに、畏まった顔の彼女がいる。

「なあ、そうだろう」

そう訊ねた緑間に、写真のなかの彼女は笑うのだ。

あの日緑間の言った言葉に、嬉しそうに笑って泣いた、その顔で。
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