第4話「翅、うずく」01 
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「よくこんな握り飯作れたな、母さん……」
 昼食用にと持ってきてくれた父からの弁当に、ぎっしり詰められたおにぎり。軽く十合分はあるだろう量に、隻が呆れたのも束の間。隼が神妙な様子で頷いていた。
「三回炊き直したのを見たぜ。本気だったな、あれ」
「……親父。土産、ちゃんと渡しといてくれな」
「おー」
 車に押し込んでおいた土産は、お菓子の類から小物まで。レーデン本家からも、多生から持って行きなさいと渡されたものも思い出して、ほんの少しくすぐったかったような。
「――あ、それで思い出した。一応土産の中に入ってる奴で、札が何枚かあるんだけど。それ、念のための結界だって。俺の先輩がわざわざ準備してくれてたから、家の四方に張っておいてくれよ」
「へえ、凄いなお前の先輩。どうもって伝えといて」
 隼が驚いている。隻は笑い、千理もおにぎりを頬張りながら笑っている。
「まさっちの結界強力っすからね。うちの結界、ほとんどまさっちが作ってるんすよ。そんじょそこらの幻生はまず入れませんし、札貼ると札見えなくなるし。かなりのもんですから、暫く心霊現象に悩まされなくて済むと思いますよ」
「ありがとうございまーっす!!」
 どれだけ悩んでたんだよ隼。
 元気のいい挨拶に苦い顔になったそば、父に買い物はどうするかと尋ねられ、とりあえず必要な限りを買い出すべきかと確認に行く隻。翅もついてきて、にやりと笑われる。
「仲直りできてよかったなー」
「おかげさまでな。……けどやっぱり反り合わないだろ。すっごい注意したくて堪らないんだけどな」
 主に隼の礼儀のなさとか放任主義で自由すぎる所とか。
 そうやって苦い顔をしていると、翅は笑っている。
「注意で済んでるなら、前進してるよ」
「……そう……だな。あ、そうだ。天袋あそこな――アヤカリ使って下ろすなよ!」
 台所と廊下の境界線より、台所のほうに目を光らせた翅に忠告を飛ばし。舌打ちする翅は、ふと思い出したように携帯を覗き込んでいる。
「あー、そういえばメールしてなかったか。電話でいいかなー」
「あ、そうか。お前も東京出身だよな。家族に会いに行かなくていいのか?」
「それもそうなんだけどさ。あっちは偶に会ってたからまだいいとして……あ、もしもし? ごめん、急になんだけどさ。エキドナ、お前今どこいる?」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 瞬き、五回。
「え……? 駅……ドナドナ……じゃないエキドナ!? はっ!?」
「いやー。東京に遊びに来たから久々に会ってまたお前に挑戦しようかと」
 何そのゲームクリア後の周回プレイでラスボス再挑戦するみたいなノリ。
「え、ダメ? やっぱり? ですよねー。俺ももううんざりだからいいよ。うん。ごめん。これが俺だから。……あ、じゃあ普通な再会がいい系? うんうんオッケー。じゃあ住所教えとく」
 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおい!!
「間違っても変な奴けしかけるなよ。……だからそれが心配で。……え、いや待って未來はこの事知ってるから変に吹き込まないでお願いってあーくそ切りやがった!!」
「切りやがったじゃねえよ何人ん家(ち)の住所ラスボスに教えてるんだよ!! しかもフレンドリーに!! 現代の利器使って!! 携帯で、電話で!?」
 通話終了された後で苛立っていたはずの翅は、見事にうろんげな顔で隻に「えー」。
 待て、それ俺が言いたい。
「いいじゃん。ほら、昨日の敵は今日の友って言うだろ。あいつと友達で悪い事ないし、ほら。魔王と勇者が手を結ぶってかっこよくない?」
 勇者が世界征服企んでるのと同じノリだろそれ。
 愕然とする隻は、諦めのつかない顔でふぅぅと疲れ切った溜息。即座にゆらりと方向転換して――
「悟子、響基!! 頼む一緒にスーパー付き合って!!」
「え!? 隻さんどうした!? なんなの何があったの!?」
「まさかまた翅がろくでもない事でも言いましたか?」
「言った!! 言ったよこいつ勇者じゃなくてラスボスの仲間になりやがった!!」
「は?」
「実はエキドナがここに来るって」
 居間が静かになった。いつき含め。全員。綺麗に。
「はああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
 ピンポーン
 ピシャンと固まる一同。隼が固まり、けれど平然を装って「はーい」と朗らかに出て行く。隻ははっとした。
 いや待った、エキドナって確か魅了――男に対して誘惑すっごい奴じゃなかったっけ!?
「どちらさ――おー伊原おっひさー」
「お久しぶりでーす先輩! よかったーもう片付け終わって帰ったかと思いましたよ、元気そうですねー」
 ……。
 隻はふっと笑みが零れた。
 刹那、怒涛の疾走。
「伊原てめええええええええええええええええええええええええええっ!!」
「うわうわうわうわ何先輩こええ待ってこええってえええええええええ!!」
 玄関を超え。
 道路へと勢いよく逃げた後輩を、隻は猛進して追いかけたのだった。


「ねえ酷くない!? なんなんですか久々の再会なのに! 今日バイトで近く来てただけなのに!」
「悪いお前のタイミングがあんまりにも悪すぎて」
「謝る気ねえんでしょさやせ先輩! いいよもうこのおーぼー! くっそう……」
 落ち込む青年――隻と隼のバスケ部の後輩、伊原は見事に落ち込んでいる。その姿を見て千理に視線が集まるのは、二人が妙に似ている気がしなくもないからだろう。
 隻は気まずげに「悪かったよ」ともう一度言うも、それはそれ、これはこれ。翅がメールで「住所教えておいた」という最悪の一言を伝えてくれて殴り飛ばし、伊原が思い出したように、隼からジュースを受け取って礼を言いながら隻を見てくる。
「でもびっくりしましたよ、さやせ先輩まで帰省してたんですね」
「あ? ああ。一応な。そっか、俺が京都行ってたの、お前には一応知らせたもんな」
「はい、聞いてます。まさか急に京都行くなんて思わなかったもんですから、受験勉強ガチで大変でした。ってか大学入っても大変なんですけど。現在進行形プラス未來永劫」
「それは自己責任だろ」
「うんそうですけど酷い。ひどいよー先輩」
 いじける伊原に思わず笑いが漏れる。翅達が意外そうに見てきた。
「隻さん、後輩付き合いいいんだなぁ」
「そうでもないだろ。先輩にはやたら世話係言われてたけど」
「いやー、先輩方とは中学からお世話になってますけど、どっちもバスケ強いしコーチしてもらうと上手いんですよ。人当たりいいしやみ先輩と勉強とか根気強く教えてくれるさやせ先輩、すっごく尊敬してますよ。今でも」
 懐かしいあだ名に苦笑いしつつ、思った以上に褒められて逆にこそばゆい。呼び名に首を傾げた翅達に、伊原が思い出したように「ああ、えっと」と言い換えている。
「しやみ先輩が隼先輩で、さやせ先輩が隻先輩なんですよ――あれ、そういえば皆さん先輩達の友人ですよね?」
「ああ、こいつ以外全員お前の年下だけどな」
「えっ、って事は保護者隻先輩!? うわあ可哀想に」
「ほーおよく言ったなてめえ表顔出せ」
「ごめんなさい冗談! 冗談見抜いて先輩!!」
「本気だったろ今の声音っ」
 慌てて頭の上でガードの体勢を取る伊原。翅がニヤニヤ顔で千理に「ほーら行って来い、お前と同じ奴いるよ」と促して千理が無言で首を振っている。
 必死に。青ざめて。
「隻さんガチ容赦ねぇ……!」
「あ、そういえば隼先輩、さっき萌(きざし)がそこにいましたよ」
「お、マジで!? お前呼んでこいよ付き合い悪いなー」
「いや待って、萌おれには鬼なんですけど。付き合いも何もあったら恐ろしいですって」
「萌?」

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