第3話 03 
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 なんで父が今来る。駐車場はその髭並みに草ぼうぼうなのに。
「やっぱりもう着いてたか、早いなぁ。あ、このままじゃあまだ布団は上げられないな。よし手伝おうか」
「ちょっと待った人の仕事どこまで取ったんだよあんた。とりあえずただいま」
「おーお帰り。とりあえずそうだな、布団は全員分干して持ってきたぞ。ってわけでご褒美に成人式の写真をだな」
「あー分かったから玄関と廊下掃除やれ!! やった後渡すから悟子と一緒にやってくれ頼むから!! くっそ千理! お前庭の雑草抜き! 今から縁側掃除してくるからいつきはそっちか親父の車で待機! 響基と翅はどっちか隼の補助、後で交代して俺の手伝いにも回れいいな!!」
 既に玄関掃除に励んでいた悟子と、ぼんやり見ていたいつき以外全員が、暢気な声を上げて。白尾ノ鴉が愉しそうに笑い、隻と隼の父に一礼したのであった。
 悟子が溜息をついてぼそりと一言。
「最初と予定、変わってますよね」
 掃除担当場所が。


 廊下掃除は早く終わった。屋根の掃除も無事に終わり、庭の雑草抜きは意外と手がかかっているらしい。いつきと千理の穏やかな会話が繰り広げられ――おい仕事しろ狸。
 部屋の埃は使い終わった茶葉を持ってきた父が「これ使え」と昔ながらのやり方を申しつけてきて、そういえばここに掃除機があった覚えがなかったと箒で埃を払う隻。同じく年季という名の層に埋もれかけていた食器類も無事に片付き、狭いながらに居間と客間と水周りぐらいしかない部屋は綺麗になった。割と。
 いつきに部屋に入っても問題がない程度には片付いた事を知らせると、中に入って驚いている。
「本が凄いな……後で読んでもいいか?」
「ああ、変なもん挟んであっても平気ならなー」
 隼の受け応えに、隻もいつきも苦い顔になった。
 それ、どういう意味。
「じじい何やってたんだ本当……あ、そうだ。親父、休憩ついでにいいか?」
「おー?」
「この印籠に関する資料、ある?」
 驚いて顔を覗かせる父幸明(ゆきあき)と隼。一応見せるも、父にきょとんとされると色々と困るような――。
「それなんだ? 誰からもらった?」
 ……は?
 固まる隻に、隼もしげしげと覗き込んで――触っていいかと訪ねられ、一応頷いて渡した。目を閉じる隼は、眉根を寄せて目を開けるとすぐに返してくる。
 なんだなんだと翅達も寄ってきて、本に興味を示していたいつきすらこちらに目を向けてきた。
「これ……誰から渡された?」
「は? 何言ってんだよ、お前聞いてなかったのか? 母さんがじじいの形見のひとつって……俺が家出る前に言ってただろ」
 隼が目を丸くし、父が首を捻っている。二人揃って左右に手と首を振らずとも、もうその前の反応で分かるものは分かる。
 隻はがっくりと肩を落とし、「マジかよ」と呟いた。翅も困惑しているのだろう。近づいてきて印籠を見ている。
「けどこれ、沙谷見相次郎って……」
「それ変だろ」
 いつきが指摘し、悟子も頷いている。
「印籠って、安土・桃山時代辺りから始まったものですよ。江戸時代に主流になったそうですけど、隻さんのお祖父さんは昭和生まれなんですよね? 印籠におじいさんの名前があるって、おかしくないですか?」
「悪戯して彫ったとか」
 隻と隼、声が被る。父まで「ありえるよなぁ」と頷き、一同から苦い顔をされた。けれど翅は苦い顔になっている。
「……これ、手彫りか?」
「……手彫り……っていうより、プロ彫りだよな」
「プロかあ、彫らせたのかもな」
「わざわざ? 金出して? 罰当たりだろ」
「いや違う、幻生にだよ。さすがに人間の業者はそんな罰当たりな事受けないと思う」
 響基の指摘に、白尾ノ鴉が寄ってきた。隼の肩に停まり、『はて』と首を傾げている。
『それを受け継がれたのは隻様となりましたか。これはこれは……てっきり隼様かと』
「それどういう……」
『その印籠を守り、護られるべき者はその所持者なのです。霊視能力者や幻士――あ、いえ今は幻術使いでしたな。彼ら以外には見えぬ代物。幸明様は相次郎様の直系により視えますが、現に私めの事は視えていらっしゃいますまい。と言いますのも、幻術使いの紳士のお言葉にもありますように、お察しの通り、それはこちら≠謔閧熈あちら≠ノ近いものにございます』
 ――あちらって、どちら。
 紳士と言われて感動しているのか目を輝かせている響基を尻目に、隻は怪訝な顔になる。白尾ノ鴉は人間が顎に手を当てるような仕草を翼でやってみせ、一人頷いている。
『あちら≠フ木より削りだされ、あちら≠フ漆により固められ、あちら≠フ金により刻印を施され、力を強められてこちら≠ノ留まっておりますゆえ――。平たく言えばこの世ならざる印籠ですな』
「そっか。簡潔に言えよ頼むから――おいおいおいちょっと待った! じゃあなんでそれ俺に回したんだよお袋!!」
『相次郎様の遺言にはそれらしい事はありませんでしたが……あ、それで思い出しましたが、ご近所に猫はご在宅で?』
「いるわけねえだろ、んなの!!」
 鴉は首を捻っている。父が翅達に不思議そうな顔で振り返った。
「もしかして、じいさんに関わるものでもここにいるのかい?」
「あー……まあ、そんな所です、ね……ご近所で猫を見かけた事はありますか?」
 響基が苦笑いしつつ尋ねれば、隻らの父は平然と頷いている。
「この間君達が帰って来た時、隻と一緒に入ってきた猫がいただろう? あの喋る猫、よく小さい頃から見てたなぁ。隻達が生まれてからは全く見かけなかったけど、覚えてるよ」
 ちょっと待て。
 言われ、耳を疑った。
 それって浄香――え、視えてた? 霊感ないんじゃ……!
『おお、幸明様は浄香様の事を覚えておいでですからな。ほかは見えずとも浄香様は見えましたか』
「はっ!? あ、それで思い出した、じじいとあいつって関係あ――あ」
 千理が恨めしそうに睨んできている。
 この上なく恨めしそうに睨んでいる。
「えーえー。このあっつい中、一生懸命草むしり頑張ってたオレは放置で、随分とまあ深い話してるんすねーえーもー。爆死爆死爆死爆死!!」
「……悪い。本っ気で忘れてた」
「隻さんマジ爆死!!」
 一同から生温かい顔をされる、隻と千理。
「とりあえず印籠の話はまた置いといて、飯食うか」
「そうすっかー腹減ったー」
「皆マジ爆死!!」
 そういう千理が、一番多く昼食を食べていた気がしなくもない、盆前の夏である。

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