第4話 02 
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 翅と響基が驚いた声で聞き返している。隻はぽかんとし、ふと思い出して「ああ」と返した。
「こいつの同期。俺らと同じバスケ部で、中学の時の後輩な。そいつがよく、隼と一緒に悪さして回ってたんだよ」
「はっはっはーなっつかしいなー。いや、な? 別に悪さだけじゃなくてちょっとまあその……まあ、うん。本貸したり一緒に人類の境地試したりはしたけどな」
 棒読みで笑う隼は顔を背けている。隻は目を据わらせ、翅と響基に振り返り――
 ぽかんとした。
 なんでだろう。凄く微妙そうな顔をされている。東京とはいえ翅とは中学が違ったはずだし、知っているなんて……同じ名前の読みの奴でも知り合いにいるのだろうか。
「あ、そうそう隻先輩。糸先、学校帰ってきたの知ってます?」
「はっ!? え、マジで!?」
 驚いて聞き返すと、伊原は苦笑いしつつ頷いている。目を見開く隻は、隼に笑われて思わずそっぽを向いて、結局笑みが綻んできた。
「糸先かぁー、あの先生、おれの事鋭かったよなぁ」
「って、事は隻さんの恩師の国語教師?」
「おーそうそう。なんだ、お前ら知ってたのか? おれらの卒業と一緒に別の中学に飛ばされて……あ、そっか。もう七年にもなるなら、帰ってきて不思議じゃないな」
「おれ昨日会いましたけど、夏休みは明日明後日と、土日挟んで月曜と火曜ぐらいまで学校勤務らしいですよ。先輩の事気にしてましたし、会ってきたらどうです?」
 伊原に言われ、ぎこちなく頷く隻。「教えてくれてありがとな」と礼を言えば、伊原は嬉しそうに笑っている。
「いーえ! あーでもよかった、まだ二人の喧嘩続いてたらおれ修羅場突入フラグでしたよ。仲直りできてよかったですね」
「……お前ちょっと余計」
 双子が苦い顔で、声が揃う。
 笑う声が響き、隻はほんの少しだけ照れたような笑みを浮かべた。


「んじゃあ明日自由行動初撃? じゃあオレ、アパートの件色々やってきますね。どうせ纏める荷物少ないから一人で行ってきますんでよろー」
 伊原も、隻の父も帰った寝る前の夜。蚊帳を見つけて広げ、懐かしいと興奮する声が数人から上がり、縁側の窓を開け放して寝る大人数は、見事なものだ。誰が千理の隣で寝るかについては論議がひどく巻き起こったが、結局響基と翅が千理の両脇を毛布で固めてバリケードを作り(「昔の教訓だよな」、「なっ!」、「え、ちょひど!? トイレどうすんのこれ!」)、ひとまずは落ち着いた。
 翅は天袋を探す云々で落ち着きがないし、いつきはここに居残り決定になってしまう。隻は隼の自転車を借りて中学校まで行くつもりなので、早めに帰ってくる予定ではあるけれど、夜の事はあまり考えていなかったような。
「どうする? 明日の夜どっか行くか?」
「東京タワー?」
「よく言った千理。お前俺を殺す気か」
「いや待って! そんなつもりあるわけないでしょうよたんま!」
 腕を振り上げられて慌てる千理が、バリケードの中で暴れている。翅と響基が両側から勢いよく押さえ込み、千理が暑さで呻いて静まった。笑いが響く中、悟子が夏休みの宿題を薄暗い中でもじっと睨んでいるのを見て、隣の隻は笑って頭を撫でる。
「明日でいいだろ。無理するなよ、目悪くするぞ」
「あ……はい」
「隻さん父親ー」
「なんか言ったか翅」
「ごめんなさいバスケボールなし!」
「翅学習しませんよね……」
「え、悟子!? 冷たい弟が冷たいよ……!」
「翅みたいなお兄ちゃんがくるぐらいなら万理さんがいいです」
「あ、納得」
「隻さん!?」
「煩い!!」
 ずぼっ。
 見事クリーンヒットした枕は元々誰のものかといえば、いつきと響基のもので。立ち上がって、がら空きの背中に投げつけた響基が一番酷いと、隻も隼もアイコンタクトで合意していた。
 そして翅の反撃だろう枕攻撃は、響基の後ろにいたいつきには当たらず。響基が顔面と腹で受け止めた枕は千理に落ち、その千理がむかっ腹を立てて翅に投げつけて……翅も顔面に当たっている。
 倒れた翅がゆらりと起き上がり、勢いよく自分の枕も含めて三連射。千理、響基、いつきの三人に当たり、翅が「いよっしゃ!!」と吠えた次の瞬間。
 いつきが上体をゆっくりと、静かに起こした。
 顔には見事な、血管での怒りマーク。
「てめえ死ね一遍落ちろ!!」
「ふぐっ!?」
 クリティカル。
「ダメージは三百だな」
「魔王倒したしなこいつ。五百でいいだろ」
 隻と隼、淡々とした会話。一応悟子に被害が行かないよう、悟子の頭の近くに枕を積み立てて護ってやる双子の枕が――
「あ」
 千理と響基に持っていかれた。
 そして勢いよく翅に集中砲火して、悟子が溜息。頭上で飛び交う枕から身を守るために、夏用のタオルケットを頭の上まで引っ張り上げている。
「中学生の修学旅行じゃないのに、なんで中学生じゃなくて大学生年齢が枕投げで本気出してるんですか」
「ご尤も――ぶっ!」
 二個同時に投げた翅、片方が千理に当たった事で嬉々としている。
 もう片方はと、隼が恐る恐るこちらを見てきた。隻の拳が見事震えているそば、悟子が肩を縮めている。
「はっはーざまあ千理! あれ、もう一個どこ行った――へぶっ!?」
 勢いよく投げつけた成果で、翅が蚊帳に勢いよく掬われて蚊帳を揺らし、布団に強制的に戻された。素早く起き上がった翅の目は充血している。
「何をっ、やるか隻さ――いだっ、いだいっ、待って!?」
「待つかてめえ!! コントロール悪いんだよ!!」
 いつきから枕を受け取って投げ飛ばし。いつきは軽く咳き込みながらよっこいせと自分の布団で寝転がって、枕がない事を今さら思い出して渋面。響基が投げていった枕を恨めしそうに見やり、いつきは仕方なしに頬杖をついて翅を見やり、鼻で笑った。
 翅、見事敗退。枕に埋もれて見えない顔から、千理がまず枕を二つほど取って満足げにいつきと響基に回している。さらに隻と隼の枕も帰ってきて、千理はといえば、翅側バリケードを蹴飛ばして翅に分厚い毛布をかけた後自分の枕を取って嬉々として寝転がった。
「あー余計な汗かいたー」
「あっつううううううううううううううううううううううっあだっ!!」
「翅煩い!!」
「お前らそれでも親友か――へぶっ!!」
 翅目がけて二人分の枕。沈黙した背中から律儀に枕を返す千理には脱帽な隻達。
 その千理から笑顔で受け取る響基は、いつきにも枕を回しつつふっと微笑む。
「親友だよ。親友だけど煩い音含めて悲鳴はめっちゃ嫌い」
 ひどい。悟子は平然とタオルケットを頭から退け、隻を見上げてきた。
「それで、明日の夜どうします?」
「……天文台行くか」
「さんせーい!!」
 翅のしくしくとした泣き声は、見事に聞こえなかったとか。

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