第3話 02 
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 真っ白い鴉が、上がり框に鎮座して沈黙している。
「なんで鴉……!? 死んでるのかこれ!?」
「……いや、生きてると思うぜ? あーそっか、お前も視えるようになったんだっけなぁ」
 隼の意味深な言葉にぎょっとして双子の片割れを見る隻。ふと鴉が鼻ちょうちんを出し(何故それまで白いのかは、家の現状を見てやっと納得が行きかけた)、しばらく膨らませたり縮ませたりと穏やかに眠っていて――
 パチンッ
 ……はっとして、起きた。
『いけない、またついうとうとと……ふふっ、これでは主人に冥土で怒られてしまいますな。ああ、いつの間にこんなに埃が……坊ちゃん方はまだお越しになられないものか』
 朗々とした穏やかな声。隻の冷めた目は、鴉から隼へと移動した。
 千理達は鴉に釘付けになっているようだけれど。
「おい、どういう事だよ」
「じいさんと仲がよかった鴉だよ」
 はっと顔を上げる鴉。隼を見つけるなり慌ててバサバサと羽ばたき、姿勢を正して一礼してきた。
 埃が舞う、舞う。
『ややっ、隼坊ちゃんお人が悪い! お越しになられていたならばこの鴉めを起こしてくださればよかったでしょうに。おお、懐かしの隻坊ちゃんまで! ――おや?』
 顔を引きつらせ、まじまじと見ている隻の視線に気づいたのだろう。鴉は首を傾げている。
『隻坊ちゃんも、ついに相次郎様の御光を受け継がれましたかな? 私の事が視えているご様子で』
「……あんた誰だよ……!」
「だから鴉だって言ってるだろ。親父が生まれた頃から仕えてる自称従者なんだってさ」
「聞いた事ねえよ!!」
『相次郎様は、隻様を一層甘やかされておりましたからなぁ』
 そんなしみじみ言うな気色悪い。
 あのボケにボケて自分達双子の名前は「隼」以外出なかったあの祖父が? 気色悪い。
「ってーか、なんで白尾ノ鴉が一般人に仕えるんすか。ないわー」
『ややっ! その声は!!』
 時代劇じみた動きで身構える鴉は、千理の呆れた顔を見つけるなり嘴をカチカチと戦慄かせている。
『東京を蹂躙する闇の衣の持ち主! 天駆ける黒馬を操り闇の雷鳴を轟かせ、東京のこの郊外ですら名を響き渡らせた人間にして悪魔の男、レーデンの者ではござりませぬか!!』
「おい過大解釈されてるぞお前」
『過大とはなんと恐れ多い! この男を油断してはなりませぬぞ、我ら畜生の身には危険極まりない有害なる力を備えておるのですから! そう確か名は……宣戦狸(せんせんり)!』
 ……。
 …………。
 ……………………ぶはっ。
「せ、千理……が……! はははははははははははははっ!? 千理、宣戦狸!? あはははははははっ!!」
『そうです、我らは出会えば既にその場は戦! 狸のように変幻自在に化ける男、その男が口にする言霊は全てが戦、そして我が身の幕引きの合図! 宣戦の狸、それがその男の名なのですよ!!』
「ないない! そりゃない!! なんだよそれ!!」
 翅だけではない。ほぼ全員が笑い転げ、悟子まで門の辺りに手をついて顔を背けている始末。千理が拳を震わせ、いつきは遠い顔。
「過大もここまでくればあながち間違いじゃないな。確かにこいつは狸だ」
「いつき兄ぃ……! ちょいとあんさんら――笑うなあああああああああああっ!!」
 笑いの渦は、広がった。


『なんと、坊ちゃん方のご友人でしたか。これはこれは大変な失礼を』
 どこからが大変な失礼と言っているのか、そこから突っ込みたくなる一同。埃を隼に払ってもらった鴉は、尾羽以外が黒い不可思議な色をした恰好でもう一度一礼してきた。
『改めまして、当家家長に仕えておりました白尾ノ鴉と申します。どうぞお見知り置きを。家長相次郎様がお亡くなりになられた後は、こうして坊ちゃん方が来てくださるのを待つばかりとなり、ついつい埃を被っておりました』
「というか、白尾ノ鴉は確か、土地神ですよね……?」
 恐る恐る聞いてくる悟子に、大仰に頷く白尾ノ鴉。その土地神を捕まえて(?)従わせて(?)いたなど、自分達の祖父は一体何をやっていたのだろうと、隻は気が遠くなる。
『空襲の後、この東京では土地神が祭られる祠は多くが焼け落ちてしまいましてな。放浪の旅に出ておりました私めを、相次郎様が視つけてくださいました縁で、こちらの神棚に小さく祭っていただいておりました。――ああ、あそこまで埃が』
 なんかごめんなさい。
 見上げれば、客間に繋がる玄関前の神棚に、大きな鴉の羽根が丁寧に収められている。その前には小石と、細々とした飾りが。それを見た隼が懐かしそうに頷いている。
「そうそう、鴉にその辺の話いつも聞かされてて、昔石取ろうって上ってたよなぁ」
「何罰当たりな事しようとしてたんだよおい」
『しかしまあ、どうして隻坊ちゃんは幻士(まぼろし)になられたので? 最後にこちらにお越しになられた際は、霊視すら開花されていらっしゃらなかったはず。相次郎様も視えはしましたが、幻士の血はひいてはおりませんでしたぞ』
 幻士と言われ、思わず首を捻る隻。響基が苦笑いして「幻術使いの昔の呼び方な」と教えてくれなければ、怪訝な顔のままだったかもしれない。
「戦前や戦後少し、それより前にもなると、幻術使いっていう言い回しよりも、幻士っていう呼び方のほうが主流だったんだ。外国との戦争が終わってから、外人の幻術使い達に合わせて今の呼び方になったって、ばーちゃんが言ってたな」
「へぇ……って、俺が幻術使いになったって分かるのかよ」
『それはもちろん。我々を創るのも滅すのもまた彼らですからな。よもやこのような日が来ようなど、夢にも思っておりましたが』
「思ってたのか!! ――とりあえず、色々事情があったんだよ。あと坊ちゃん呼ばわり止めろよ気色悪いから。一応家の掃除した後、ここにしばらく泊まるけど大丈夫か?」
『なんと! 皆様それ故にこちらにお越しになられておりましたか! いやはやこの鴉め、感激でございますぞ。坊ちゃん方とそのご友人と、こうして共に語らい寝食を共にする日が、相次郎様亡き後来ようとは……!』
 遠い顔になる隻の前、隼が笑いながら「相変わらず大げさだよなぁー鴉」と、白尾ノ鴉の背を擦ってやっている。
 玄関口の箒を手に悟子へと渡し、無言で廊下用の箒と塵取りを持ってきて、とりあえず全員分の荷物スペースを確保した後。
 隻は勢いよく走り、窓と言う窓を全部開けて――叫んだ。
「なんだよこいつらああああああああああああああああっ!!」
「えー何々? うわぉ……」
 千理ですら見事に声が引きつっている。中に入ってきた響基や翅も遠い顔になっていた。
 着物を着た、手の平サイズの人間達から始まり、小さな身体で面をつけて振り返ってくる姿。動物の姿もないわけではないが、明らかに悲鳴が上がらないほうがおかしい奇妙な住人が数多く、埃の上でわいわいがやがやと過ごしているのだ。
 白尾ノ鴉が隻の肩に停まり、『なんと!』と怒りをあらわにしたではないか。
『よその土地神達よ、ここは我が領域ですぞ! 即刻立ち去らねば幻士達に払われたいとのお考えでよろしいのですかな!?』
 散り散り、散り散り。
 今さらながらに領域を主張する白尾ノ鴉に、最後に出て行く布を顔にかけた土地神が振り返り、溜息をついた。
『仕事せずに眠りこけていた戯け者のくせに』
 ご尤も。
 車が近くを通る音の後、悟子から呼ばれて玄関に無言で戻った隻は、疲れた顔のまま頬が引きつった。

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