第3話「いつき、固まる」01 
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「木曽山脈と富士山両方見れるってラッキーでしたよねー。朝もやのおかげでほぼ雲海でしたけど」
「桃源郷みたいだったな」
 声がやや弾んで同意しているいつきに、翅が笑いを堪えている。響基も穏やかに「よかったよな」と笑っていた。
 悟子も目が輝いたままで、どうにもいつきと並べると歳の離れた兄弟に見えてくる。微笑ましい光景だが、肝心の最多空港利用者である千理が案内に回ってくれそうにないので、電車の時刻を確かめる羽目になる隻。
 泉岳寺で乗り換えて、山手線から新宿で乗り換えていけば――
「とりあえず行けそうだな――お前ら飯遅くなるぞ!」
「はーい!」
 元気な声、三つ。
 隻だけでなく、悟子もいつきも苦い顔になった。
 予想以上にむさくなっただけでなく、予想以上に真ん中がしっかりしないメンバー過ぎた気がしてきた。


 八王子市の中心地より、やや高尾山方面に向かった所の住宅地。遠見(とおみ)に到着した六人の中で早速目を丸くしたのは響基と千理で、代わりにげんなり顔をしたのは隻だ。
 隻と全く同じ顔。強いて言うなら服の好みが違うのだろう。ロックテイストな服装の青年は笑顔で手を上げてくる。
「よっ。よく来たなー」
「ちわっす、おっ久ー隼さん」
「久ー。元気そうだなーお前も」
「いつ聞いたんだよ言ってねえぞ……」
「仏壇掃除する日にお前らが来る日って聞いたから」
 確かにそうもなるか。
 荷物何か持つぞと言われ、それならと一同を見渡して、遠い顔になった。
 各自自分の荷物はほとんど持っている。いつきの分は急場用の医療器具もあるので、(虚しい事だが)一番力持ちな千理がそれを持っていて。
 いつきの着替えは大きな鞄二つほどに分けて、翅と響基が持っている。隻はといえば土産。一応土産。
「……手足りてる。いい」
「え。まあ楽できるんなら儲けもんか」
「お前なっ! ってか、掃除した後どうするんだよお前」
 布団を干したりなんたりする事を念頭に置いていた隻に、双子の隼はぽかんとしている。
「そりゃあ泊まるぜ? あれ、おれ省かれてる系?」
 ふぅぅぅぅぅぅぅぅ。
 長い溜息の後、翅が笑いながら肩を叩いてきた。
「うん行こっかー隻さん。家どこ?」
「……千理か翅か響基か、布団運ぶの手伝えよ」
「うっげ」
 聞こえてきたのはレーデン家の嫡子と養子組。
 睨み付ける隻にカクカクと頷く二人は、いつきと悟子から生温かい顔をされていた。
 がやがやと歩きつつ、いつきに隼が挨拶しているのを聞いて苦い顔になる。いつき自身は既に隻の双子だと知っているからか、当たり障りの少ない隼の言葉に普通に返している。毎度の如く、壱「敬語使うな」弐「当主呼びするな」参「さん付けやめろ」が入っている辺りがもう、いつきらしいというかなんと言うか。
 いつきの病気の件も聞き、それなら庭掃除から先にするかと、隼から尋ねられ。隻も頷きつつ、布団調達の人員をどう割り振るか頭が回る。
 一先ず、庭掃除は子供でもできる。悪いが悟子に雑草抜きを頼んで、千理と自分で布団を持ってきて、まず確保。祖父の家の布団は全部屋根に上げて干せばなんとかなるだろうし、その間に食器洗いを隼に頼み、手が開き次第仏壇に回ってもらって――部屋の埃取りは隻がやれば問題ないだろう。それぞれ千理達に手伝ってもらえば早く済む。
 それまではいつきには縁側で寛いでいてもらえば、大丈夫だろうか。工業団地よりも(東京の中では)田舎寄りな場所のおかげで、空気はそこそこ平気らしいいつきの顔色はまだいい。むしろ地下鉄での乗り換えのほうがよほど体に障ったようにも見える。
「なあ、悟子。庭の雑草抜き頼んでも平気か――」
 声をかけて振り返ったその時。悟子が苦い顔で視線を逸らした。まさかと固まる隻に、千理が「あー」と微妙そうな顔をしている。
「隻さんまだ精霊とか妖精とか見えてませんもんね。悟子、精霊や妖精に協力してもらって戦う、ゲームで言ったら精霊使い的な戦法が多い鏡家の人間なんすよ。草木の精霊――ドライアードやエントって言うんすけど、そいつらが宿ってる場所荒らす真似はさすがに、ね?」
 ――ああ、虫が怖いわけじゃなかったのか。
「じゃあ千理。布団持ってきた後ででも頼む」
「うぃーっす」
「俺は――」
「いつきは縁側で休んでてくれるか? もしかしたら簡単なの頼むかもしれないけど、絶対家の中埃だらけで死ぬぞ。掃き出すのは――そうだな。響基か翅、手が開いたら頼む。どっちか片方でいい。悟子は隼と一緒に食器洗うの手伝ってやってくれるか?」
 それぞれから了承が返ってきた。道端の角を曲がり、見えた平屋の古びた門を開けると、驚いたのか千理達が感嘆の声を上げて見上げている。
「普通の人のじーちゃん家(ち)って、こんな感じなんすねぇ」
「多分いつきの部屋より面積小さいけどな」
 苦笑いすると、隼がぎょっとした顔をしている。いつきも答え辛いのだろう。言葉が濁っていて、隻は「家が家だろ。気にするなよ」と返す。隼が感慨深そうに見上げた。
「一応、第二次世界大戦の後建て直ししたらしいんだけど、おれらのじいさん養子だったんだよなぁ。沙谷見はひいじいさんの姓で、じいさんの元々の姓は竹中だって聞いた。おれが霊視えるのも元々じいさんの影響なんだと」
「それ、隻さんが前教えてくれました」
 悟子が頷き、隻がそうだったっけとぼんやり考えながら、鍵を隼に任せて振り返る。
「じじいの実の父親――要するに俺達の実のひいじーさん、作家だったんだと。そのひいじーさんも霊を見る事できてたらしくて、怪談系の小説――まあ今で言うファンタジー小説だよな。そういうのも、言論統制の時代なのに書き綴って、最終的に国から怒られたりもしたんだってさ」
 生温かい空気が広がる中、いつきが何かに気づいたのか屋根のほうを見上げている。隻は「ああ」と思い出しつつ、扉が開いたのを見て全員を中に促した。
「ここ、屋根裏部屋あるぞ。行った事ないから絶対埃凄いだろうけど」
「屋根裏!? よし来た!!」
「先に掃除終わらせるぞ探険は後! お前も後ろつっかえてるんだぞ早く入――」
 動かない。微動だに動かない。
 目を丸くしたまま玄関口を凝視する隼に、隻もいぶかしんで覗き込み――固まった。

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