第2話 02 
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 雷駆に引き続き、なんだか裏切られた感が拭えないのは何故だろう。
「想耀の姿のままのほうが可愛げあるよな」
「どこがだよ。中身千理(ばか)だぞ」
《ひっでー! だから毎度カバに謝りなさいって何度も》
「まだそれ引きずってるのかお前……」
 いつきの遠い顔。響基も苦笑いが精一杯だ。
 一応本の山からいつきの肩まで駆け上がる、想耀に憑依したままの千理。そこなら殴られないと分かっているのだろう。代わりに隻からジト目が飛ぶが、気にした様子がない。
《大体の話、翅達がしてくれたんでしょ。ってわけでどうします?》
「どうするも何も……適当に土産頼む」
《あっれ、てっきり翅達行っちゃうから淋しくなるとか思ってたかと》
「……まあ、淋しいな。だからってどうしようもないだろう、たかが遠出だ」
《えー、たかがじゃないっすよ、京都出るんすよ京都》
 ――なんだろう、いつもならここまで単刀直入に言っただろうか。
 すぐに本音が引っ込んだように見えたが、今まで相手の感情に対して核心を突くような真似を避けていたはずの千理が、やけにざっぱりと切り込んだような。いつきも勘付いたのかやや苦い顔になっている。
「千理……はっきり言え」
《じゃあ言う。体調最近いいんでしょ》
「言ってねえだろ。遠回しなのはレーデンの伝統かっ」
《いや待って、話まだ続ける気あったんですって。体調いいなら一緒に行かないっすか?》
 ……。
 …………。
 ……………………おい。
「せーんーりー。それは無理あるだろ、どう考えても」
 分かってはいたらしい翅も、見事に渋面だ。隻も同感と頷く。
「東京の空気の悪さは折り紙つきだぞ。そうじゃなくても夏場の移動じゃ間違いなく体に障るだろ。早めの帰省ラッシュに被ったら、いつきさ――いつ、き……体に負担かかるぞ」
 やっぱりまた睨まれた。一応訂正したが色々と恐れ多すぎてもう。シマリスは困ったように天井を見上げ、隻を見てすぐにいつきへと視線を戻している。
《いや、ね? さすがにオレも昔だったら無理って思いはしたんすけど。この間の結界、二十四時間耐久レース状態だったのにほとんどやってくれてたんでしょ。それでこれだけ持ってるんですし……》
 また珍しい言い淀み。
「確かに体は大分持つようにはなった……けど、当主だからな」
《今舞那(まいな)が補佐してくれてるんでしょ?》
 ――なんとなく、分かってきて苦い顔になる。翅は目を据わらせてもそれ以上言う様子がない所を見ると、彼も気づいたのだろう。響基もさすが、翅以上に付き合いが長い一人だ。見抜いて苦笑している。
 千理はいつきに礼をしたいのだろう。羽を伸ばす時間という名の。
 東京なら距離もかなりあるし、当主だからと周りが頼って呼び戻す真似もしない。レーデン家に向かうだけなら間違いなくすぐ呼び戻されるし、京都府内や大阪府内でも同じ事になるだろう。
 東京だから、確約された時間中はゆっくりできると考えているのだろうが。
「舞那は補佐って言ってもまだ子供だ。それにあいつなら俺が出るのを止め――ないか」
《でしょ?》
 いや、でしょってお前な。
《折角だし行きましょうよ。駅弁いっぱいあるんすよ、新幹線トンネルだらけですけど町の景色見えますし。飛行機だったら雲の上の景色面白いんすよ。スカイツリーと東京タワー上から見れるって最高じゃないすか。目の前に広がるんですし。機内食のスープ熱いけどお勧めなんすよ。駅のホームとか飛行場とか音でっかいしうるさいし響基いっつも顔しかめますけど》
「悪かったな、エンジン音は好きなんだよこれでも! あの一定のリズムを刻む心地いい振動と躍動が分からないだろお前は!」
「響基煩い」
「煩いな。……しょうがない、行ってやるか」
 盛大に釘を刺されて落ち込む響基の隣。いつきはくすぐったそうに笑っている。リス姿の千理が肩で跳ね、勢い余ってうっかりいつきの頭の上に落ちた。
《いやった! そうこなきゃ!》
「……お前な……」
 翅と思わず声が被ってしまう。それでも、苦笑いではない笑いが出てきた。
 行きと帰りは飛行機と新幹線、どちらがいいかと声を弾ませて聞く千理に、ほんの少しだけ嬉しそうな様子を見せるいつきが考えている。兄弟の会話のようで、響基が笑っているではないか。
 ――本当に、好かれるわけだ。
 三年前――もう数ヶ月で四年前になるけれど、あのままの付き合いであったなら見れなかっただろう千理達の姿に、隻も思わず笑みが零れる。
 正真正銘、馬鹿っぽい弟の面倒を見てきた翅達は、間違いなく兄の顔で笑っていた。
 この顔があるから、今まで千理は完全に壊れる事がなかったのだろう。
《あ、そういえばなんすけど》
「なんだ?」
《一応のど飴とあられ持ってきたんすけど、食います?》
「ちょっと待てなんだその組み合わせ!!」
 明らかにミスチョイスな組み合わせに突っ込んで、それが千理なりの優しさであると気づいたのは、夕方頃だった。


「――で」
 文章の方向など好き勝手。縦書きもあれば横書きに斜め走り書き、自由自在。
 そんなレポート所かメモ帳と呼ぶほうが相応しいルーズリーフを輝いた目で見せてきた千理に、隻は据わった目。翅達は生温かい目。
 一緒に行く事になった悟子(さとし)が、冷たい目で言い放った。
「纏(まと)める能力ないんですか千理さん」
「あ、いや纏めたのは最後のページなんすけど」
「よし行くか。搭乗口あっちだろ」
「あれ隻さん!? ちょっ、オレ徹夜して考えたんすけど冒険プラン!!」
「お疲れさん」
「響基!?」
「いいかー千理。冒険にプランなんていらないんだよ、旅は本能と直感で」
「お前そうやって迷子になってたんだなよく分かった」
「見抜かれた……だと……」
 挫折。棒読みではなく本気で挫折。
 いつきも慣れているのだろう。余裕綽々の顔かつ鼻で笑っている。
「行く気がないならそこで恥でも晒してろ」
「っ、今回迷子になるのは俺だけじゃない! いつきもだ!!」
「一緒にするな!! 俺は迷子になった覚えはない、後ろが勝手に消えるんだ!!」
「いつき兄迷子経験豊富っすよねー本当。あ、今衣禁止ねー」
 ぐっ。
 ぐぐっ。
 ふんぬぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐっ!
 後ろから漏れてきそうな怒りを押し殺した歯軋り(を通り越した狼の唸り声)を受け、響基はもう生温かい顔だ。悟子は諦めたのか、慣れっこなのか。搭乗受付口にQRコードを見せるべく、千理に振り返って――
 拳を十九歳の背中にめり込ませた。
「予約したの千理さんでしょう何遊んでるんですか!」
「さ、さーせん……!」
 ……なんで俺、しなかったんだろう。
 思い至れば東京から出る事は滅多になかったし(祖父母は同じ東京だった上に高校も大学も都内だった)、新幹線に関しても、修学旅行で行った時は流れ作業で詰め込まれた覚えしかない。移動に関しては都内の電車やバスに慣れていれば問題などどこにもなかっただけに、千理よりその辺の知識がなかったと思うと、悔しいような腹が立つような。
 搭乗受付を離れて観察しつつ、戻ってきた千理から荷物預かりの話を聞いて預けて。搭乗口に向かいつつ、いつきが不思議そうな顔をしているのに気づいて振り向いた。
「府外に出るって、結構大変だな」
「……あー……隣ぐらいならそうでもないだろ。新幹線や飛行機以外にも、夜行バスって手もあるんだ。そっちは時間かかるけど、バスの中で寝れるから楽って聞いた」
「え、それ誰情報?」
「東京まで勉強しに来てたダチ情報」
 一同からざわめきが起こった事が、逆に苦い顔になる隻だった。
 レーデンの車で送ってもらうか阿苑の車で送ってもらうかで一度家同士がピリピリした時よりも、生暖かい空気が切ない。
 それでも飛行機に乗って一番そわそわしているのが、年長者と最年少という組み合わせに、隻達は笑いに包まれていた。

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