第2話「千理、忍び込む」01 
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「レーデンの養子の隻です。この節はご当主を中心にご協力していただき、大変お世話になりました。ありがとうございました」
 すっと頭を下げると同時、女中らしい女性が「こちらこそご丁寧に」と、恭(うやうや)しく膝をついてまで頭を下げてきた。予想以上の対応に恐縮した隻がぎくしゃくしている隣、響基が苦笑して引き継いでくれた。
「本日はどうなさいましたか? 当主にご用件でしょうか」
「はい。先日の礼をと思いまして。随分遅くなりましたが」
「まあ、大した事はしておりませんのに。どうぞ、当主の部屋へご案内いたします」
 笑顔の裏が、見えてしまった。
 頬が片側だけ僅かに持ち上がり方がおかしい。隻も愛想笑いはしつつ、レーデン家に対する他家の反応を目の当たりにして内心溜息がこぼれた。
 自分の事を問題児じゃないと言ってくれる家がこんな風に扱われるのは、はっきり言って心外所か気が重い。道理で結李羽は当主とその妹の話以外、滅多やたらに口にしたがらないわけだ。
「こちらの養子の結李羽が、ご迷惑をおかけしておりませんか?」
「迷惑だなんてそんな。俺達も養子ですし、彼氏は幸せそうですし――ふぐぅっ!」
 軽々しく説明してくれた翅に、全力かつ高速で肘鉄をプレゼントする隻。それでも見抜いたのだろう、女中はおかしそうに笑っている。
 ……ほんのり皮肉を入れた顔をしていなければ、恥ずかしさのひとつも出せたのに。
「そうでしたか。いつも彼女がお世話になっております」
「い、いえ、こちらこそ……」
 レーデン家以上に広く見えるその景色を堪能するゆとりからない。すれ違う養子や女中からはぎくりとした様子で会釈されるし、何が何やら。
「こちらにございます」
 やや奥まった部屋。広い座敷は、当主のいつき専用を思わせる。
 女中に礼を述べつつ、彼女に襖(ふすま)を開けてもらい。けれど本人がいない事に最初に顔を青くしたのは、やはり女中で。
「当主! どちらに!?」
「……あー……またか」
「また……? ちょっと待った体弱いんじゃ……!」
「うん弱い」
「んなあっさり!!」
「弱くて悪かったな」
 背後からかかる声。元から気づいていたのだろう響基は笑いながら「お邪魔しています」と礼儀に努めた声。震えているけれど。
 不機嫌面の袴姿な日本男児。明らかに翅を見てくっと頬と口の端が持ち上がった。
「女中がやたら動いてると思ったらそういう事か。アポ取れアポ。毎回言わせる気か?」
「ごめんごめん、アポとったらつまんないからつい――ぶっ!?」
 思わず頭を引っ叩き、翅が蹲ると同時に「すみません!」と謝罪の姿勢で腰骨四十五度。苦い顔になるいつきを見上げ、はっとした隻は気まずくなって翅を見下ろした。
 ……いつもの癖で……。
「いぃ……っ!」
「……まあ、なんだ。立ち話もあれだろ。入れ。おい、茶を」
「かしこまりました」
 女中がつつつと下がった。恭しく頭を下げられ、去っていくその背中は笑いを堪えている。
 勧められて入った部屋は、本の山と奥に蚊帳を吊り上げた寝殿。千理の部屋より綺麗とは思う自分は、なんなのだろうか。
 案の定奥まで入り、翅と響基が生温かい顔をしているではないか。
「今日はまだ、中まで来てないんだなぁ」
「ああ、一応な」
「中? ……あ、ご当主。この間はありがとうございました」
 今さらながらに頭を下げると、いつきはあからさまに嫌そうな顔。病的なまでに(と言うより本当に病弱だから仕方ないが)白い顔は、今日は体調がいいのだろう。前回より血色がよく見える。
「廊下でならまだしも、俺の部屋でそこまで肩に力入れるな。上下関係を意識しまくっても損するぞ」
「いや、レーデンならともかく……さすがに……お、お言葉に甘えます」
 当主にギンと睨まれ、隻は苦い顔で視線を逸らす。翅が笑いこけているのにはむかっ腹が立つも、響基まで含み笑いが忙しいようで。
「それから敬語も抜け」
「はっ!? いやさすがに――わ、わか……たよ……俺、年下だろ……」
「上下関係意識するなってさっき言われたのになー」
「誰のせいだろうなーこの野郎」
 ぐりぐりと翅の頭を押さえにかかるも、笑いを堪えるのに必死なのはさらにその隣にもいるわけで。いつきが微妙そうな顔で「公(おおやけ)の目を気にするのは仕方ないだろうけどな」と、つけ加えてはくれた。
「千理達は最初からそんなのなかったぞ」
「達、って事は……」
「ああ、あいつの兄貴からな。長男は十歳、二男は八歳。で、千理は……あの時三歳か」
「それもう仕方ないレベルだろ」
 諦めて突っ込めば、まさか響基と被るとは。その響基も懐かしいのか、「俺と会った時もそのぐらいだったなー」と呟いている。
「ばあちゃんによく叱られてたなぁ、あの三人。いたずらに磨きがかかりすぎてて」
 変わってなさ過ぎるダメ兄弟の図。いつきも頷いて、「お前とはもう少し小さい頃だったな」と返している。響基自身は幼少期なために覚えていないのだろう。手を振って忘れたと返している。
「そういえば、昔の千理達ってどんな感じだったんだ?」
「悪戯の天災児」
 ああ、納得。
「あと海理と天理――長男二男が揃ったら最期、嵐が起こる」
 待て兄弟喧嘩。
「それなのに千理にはベッタリだったな、両方。しかも千理は頭が残念すぎて人が嫌だと言っても寄ってくるし」
 空気読めKY。
「人の目の前で容赦なく吐きかけた……というか吐いたあいつが今では懐かしいな」
「ああー、幻術で悪戯の罠を作っては吐いてたよな。幼稚園児のくせにその時で既に三つ作ってただろ? 海理と天理も相当だったけど、あそこの家の精神力は底抜けてるよな」
 底抜け通り越して深淵にでも繋がっていそうだ。
 聞いた自分が悪かったと言いたくなるほどの話に、翅ではないが真顔にしかなれない。そっかと相槌を打つのも止めた。諦めた。
 それなのに極めつけは翅の一言。
「懲りないよなあ、あいつも。今日ももしかして隠し通路使って来てる?」
「ああ、そこの山に隠れてるだろ」
「何やってるんだよあいつ!!」
「そういう奴だからな。それで、何か用件があったんじゃないのか」
 翅が思い出したように手の平に拳を打ちつけた。そのままぽんと、隣の響基の肩に手を置いている。
「そうだった説明よろしく」
「翅!? ……えっと、俺達東京に行ってくるから土産何がいい?」
「ちょっと待て話飛びすぎだろ!!」
 突っ込んだ隻に、いつきは慣れた様子で遠い顔。構わないと止めてくれたのはいいものの、慣れてどうすると本気で突っ込みたかった。
 ……慣れるしかないか。そこまで長い付き合いなら。
「とりあえず理由からきちんと言え。なんでいきなり東京だ? また仕事か」
「いや。仕事のようで仕事じゃないし、行き当たりばったりな気まぐれでもあってそうでもないような感じ」
「どんな感じだそれ」
「もういい俺が言う。その、俺が今回盆休みで帰省しようかと思って。ついでに千理が前に住んでたアパート引き払うらしいから、人手要るだろうって事で、翅達を連れて行く事になったんだ。あと……当主からご当地土産のバナナ頼まれて」
「あああれか。……お前ら預けたくせに取りにこなかっただろ」
「うんだから食って処理してくれてるかと」
「……すまん、当たりだ。妹の舞那が持ってった」
「三箱全部!?」
「いや、女中やほかの養子と食ったらしいが」
 焦った。千理以上の胃下垂かと本気で焦った。
 襖が開けられ、女中が茶菓子と一緒に緑茶を持ってきてくれた。礼を言い、配膳を手伝う隻に、いつきは驚いた顔。女中が去ってしばらくし、響基が苦笑いした。
「……へえ」
「千理ーいいぞー」
 がさごそ、もぞ。
 シマリスが顔を出し、隻は目を丸くした。翅といつき、響基は生温かい顔だが。
《あざーっす。しばらく来ないんすよね? 憑依解いていい?》
「ああ、いいだろ」
「お前っ……想耀にまで……!」
 雷駆といいゼンスといい、憑依に慣れている嫡子とはいえとにかく突っ込みたい。確かにこの部屋に隠れて忍び込むならこのサイズがいいだろうし、憑依中は他者に対して意思を向けなければ声が聞こえないのだから、これほど上手い忍び込み方はないだろうが……。

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