第11話 02 
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 ……記憶にない。
 そういえばどの道を通ってここまで帰ってきただろう。というか何を話して帰っただろう。
 ……記憶にない。
 結李羽と未來が取り置いてくれていた昼食の冷やし中華を持ってきてくれ、礼を言ってあやかりつつ。ふと二人を見上げ、首を捻りかけた。
「お前ら昨日寝るスペースあったか? 万理も」
「僕は皆さんと一緒に居間に。結李羽さんと未來さんは客間のほうでしたよ」
 万理が苦笑している。しばらくじっと考えて、隻は重い溜息を吐いた。
「そっか」
「正直熱かったし寝苦しいぐらいむさかったけど」
「文句言うなら屋根瓦で寝ろ」
「落ちるよ!?」
 落ちろと言いたくなったが堪える。悟子が結李羽からジュースをもらい、隻に渡してきた。
 相当、霊を体に宿すのは危険だというのはこの対応で見て取れたけれど。吐き気があった以外特に何もなかったように感じたのは、気のせいだろうか。
「そんなに霊にとりつかれるのって危険なのか?」
「人には寄るんすけどね。まあ隻さん、天兄ので体質的に平気な部類っていうのは分かりましたし、大丈夫だとは思ってるんすけど」
 麻雀の卓から牌、得点棒に至るまでを一気に消した千理のおかげで、あれが千理の幻術だったといまさら気づいた隻は遠い顔になった。
 細々した部品が多い、つまりはかなりの数の幻術を出していたはずなのに、あれだけ清々しい顔をされると苛々する。
 未來が手を拭きつつ、「多くは鬼に代表される事例ですが」と、少し言いづらそうな様子を見せてきた。
「人間に憑いた幻生生物の中には、人間と意識や能力を共有――融合してしまうという話もあります。元々そういう性質の幻生生物も存在してはいますが、稀に融合が解けず、一生涯幻生生物に乗っ取られてしまう被害者もいるんです」
『まあ、霊の場合だと体から抜け出せなくなって、被害者の多重人格みたいな形で性格だけ残されるんだけどよ。お前の場合ならオレの呪力も上乗せされて、もっと戦闘力は上がるかもしれねーけどな。手遅れにならなかったらイタコなんかに頼んで除霊って手もあるが、それだとオレ強制的に消されるし』
 確かにそれは嫌な話だ。海理と一生涯付き合う羽目になるなら余計言語道断。無理、拒否。別に海理が消えても困る人間が沢山いようが、今の隻にはどうでもいい話だけれど。
 こいつムカつくし。
 冷やし中華を食べ終わり、皿を持っていけば、結李羽が台所で食器を拭きつつ顔色が優れないのに気づいて、隻は眉を潜める。
「大丈夫か? あんまり無理するなよ、後はやっとくから」
「うん、大丈夫。私よりいつき様の調子が優れないみたいで……あ。ごめんなさい、癖だから」
 苦笑する結李羽をジト目で睨んでいるいつきに、隻は生温かい顔。結李羽がおろおろと見上げてきて、食器を流し場に置いた後頭を優しく叩いた。
「三年間見てるんだろ。ただのツンデレだって海理が言ってたから気にするなよ」
「海理てめえ!!」
『は? 本当の事言われて何喜んでんだお前』
「どこに目ぇつけてやがる!!」
『キーキーキャーキャーうるせーよチビ猿』
「チビじゃねええええええええええええええええええええええええっ!!」
 ずどん。
 昨日の夜と同じ光景に、隻は目を据わらせた。
「いつき」
「なんだよ!!」
「いい加減にしないと今日星、連れて行かないぞ」
 ……、葛藤。
 …………、脳内審議、終了の模様。
 ……………………結果、沈黙。
 怒りで持ち上げていた腰をすとんと座布団に静め、苦い顔でいじけるように庭を見やっている。白尾ノ鴉が縁側から『ほっほ』と笑っているではないか。
『にぎやかですなぁ、阿苑の御当主。お若いながらに気迫溢れるその精神、天晴れでございますぞ。成人満たずに家を継がれるとは』
「二十四!! お前までからかうなっ」
『いえいえそんな恐れ多い。大変失礼致しました、齢をそれほど重ねておいでとは。私もまだまだ修行不足ですなぁ』
 なんの。っていうか謝る気、あるの。
 翅が笑い転げそうになっているのを必死で耐えている傍、千理がメモを書き出して苦い顔をしている。
 ――そういえば、昨日の夜中何か言っていたような。
「ひとまず昨日分かった要点、纏め上げてみましたよ。こんな感じっすかね」
 ざっと書き出された文字を見て、思わず思い出すのは海理に脅迫されて話し始めたあの自縛霊の姿。

 よ、よくは知らないけど……最近居座ってる怪談達、どいつもこいつも最近戻ってきた人間の仕業だよ。昔はここまでなかったのに……殺された連中の魂を怪談の連中に食わせて、従わせてる。喰われてく人間を匿いたいけど、そんな事したら俺、喰われそうで……

 人間が怪談を従わせている。数年前から都内と埼玉の中学校で増えている、怪談を使った失踪事件。それが段々と、流行る場所の移動スピードが上がっている。
 八占兄妹が言っていた、今年は真面目に、霊能力者は学校に行かないほうがいいという話も。
 白尾ノ鴉が嘴に手を当てるように羽を当て、『むむむ』と唸っている。
『隼様は狙われ、隻様には一切怪談が寄り付かなかった、と。それで見識に間違いはございませんな?』
「ああ」
『とすると著しい事態ですぞ。この周辺は相次郎様に忠誠を誓う土地神が数多く存在しております。直系の血筋である隻様と隼様、どちらか一方でも狙うなど我らには言語道断。まあ隼様がやんちゃをして怒らせた場合は除きますが』
 やんちゃのレベルだったのかと双子の兄を見やると、隼はそっと視線を逸らしていた。
 確定。やんちゃではなくただのいじめだったようだ。
「い、いやまあ、毎度毎度変な連中が寄ってきて怖かったから……手段選ばずに逃げてたからなー」
「そりゃ追ってくるだろ。けど幻生って人間に従うもんなのか?」
『特段、人間が我ら化生の者を従わせるというのは珍しくはないのです。今回暗躍しております怪談は、恐らくではございますが相次郎様が完全に、我らの世界での目を視えなくされて以降、動いている若手の怪談。長くても十数年程度の小物のはず。
 その程度のものがこれほど規模を大きくし、幻術使いらに身を滅ぼされぬまま活動を続けているとは、些か信じがたいものですな。我ら幻生生物の多くは木と同じ、年月を経る事で力と信憑性が増していくわけですから』
 いつきと海理が思案に耽り、響基と悟子は顔を見合わせている。未來が「そうですね……」と呟き、俯いた。
「数年で移動する怪談、ですよね。三年以上は確実に経っていても存在しているという事を考えると、従わせている人間の範囲に制限が出てき始めますね。白尾ノ鴉様、情報収集された中で、一番古い出没年数は何年前でしたか?」
『それが不思議な事に、六年前から五年前にかけてまで品川区だったという所で途切れているのです。それ以前はさっぱり、情報通な土地神に尋ねましても得られませんでしたな』
『余計規模に見合わねー設定≠カゃねーか』
 海理が眉を潜めている。未來といつき、万理が頷いている。隼が微妙そうな顔をしているではないか。
「設定って……んなメタな」
『オレらが出す幻生生物だの武器だの、全部術者がそう在るものだ≠チて定めてんだよ。設定∴ネ外どう言えってんだ』
「もう少しなんか格好いいネーミングとかすればいいだろ。ってまあ、その話は先送りにしようぜ。じいさんそこまで顔知られてたんだな」
 白尾ノ鴉が誇らしげに胸を逸らし、『それはもう』と頷いている。頭を下げた途端、真正面から見ていた隻には白い尾が冠のように頭から顔を覗かせたように見えた。
『相次郎様は地獄の鬼ともお会いになられていましたからな。その鬼も今はどこにいるものやら。いずれにせよ、我が主に関わるものであるとするならば、季忌命(トキイミノミコト)と呼ばれた鬼ぐらいでしょうな』
「日本書紀を真似て創られた鬼か」
 いつきが表情を鋭くした。白尾ノ鴉が頷き、『そちらの考えであればそうなるでしょうな』と、やや言いづらそうにしている。
『イザナミノミコト。日本のいくつもの土地、島を夫神と共に生み出し、火の神を産み落とした後、その火傷を下にお亡くなりになられた神がおりました。黄泉の国にて生きる彼女を取り戻すべく、夫神は彼女を説得し、彼女に冥府の主に掛け合ってもらう事となりました。そして中を除くなと言われたその言葉を、途中まできちんと守っていたのです』
 けれど、夫は見てしまった。
 腐敗し、ウジが湧いた醜い妻の姿を。
 その姿に怖れて逃げ去った夫神に怒ったのか、あるいは嘆いたのか、怨んだのか。
 イザナミノミコトは冥府の神として、地上の人間を千人殺すと言ったのだそうだ。
 その人間は元を辿れば、自分たちが生み出した子供達の未来でもあったのに。
『季忌命は、そのイザナミノミコトから派生した神と、我々の間では伝えられております。夫を怨んだ結果、過去を嫌ったのか。あるいは怨んだ過去すら悔やんだのか。いずれにせよ時を経る事を拒んだ結果生まれた、自然ならざる神であると』
 イザナミノミコトから生み出されたとしても、災厄を振り撒いてしまい、神の座を落とされた存在。
 そして一度封印され、封印を解かれ、また封印され。
 白尾ノ鴉が空を見上げた。
『天照大神(アマテラスオオミカミ)と月読命(ツクヨミノミコト)が共同で、その封印を見ていたのです。太陽神と月神でしたが、同時に時間も司るのが月読命でしたからな。ただ――仲が悪うございまして、こちらの二柱は』
「ようするに、喧嘩大勃発してるうちに封印が緩んで」
「隙を突いて逃げ出されでもしたってわけか。笑えねー」
 そっぽを向いて納得顔のいつきと、同じくそっぽを向いたも淡白な一本調子がやっとの隻。海理は白けた顔に堂々と書いている。
 『面倒くせえ』と。
『要するに、だ。その元神、ってか現鬼が、何したって? 今回のと関連性はなさそうだけどよ』
「鬼の気配ならあったんでしょう? いくらなんでもその考えは早計では」
『固えな、万理。単純に考えて、大なり小なり元々神だった奴ってのは、それだけで強さが桁違いなんだよ。今回感じた鬼の気配は小物とまで言う気はねーが……少なくとも神の実力から処遇だけで落とされた奴のものほど、圧迫感がねーんだ。そいつが関わってるとしても、学校に不和の種撒く程度になんの価値がある?』

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