第11話「白尾ノ鴉、戻る」01 
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「とにかく早く学校出るぞ」
『だな。ってわけで隻、体貸せ』
「……分かったよ……」
 嫌だああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
 全力で叫べたらどれだけよかっただろう。渋々結李羽に離れてもらい、心配そうにされたも頭を撫でて大丈夫だと伝えて。
 海理が勝手に憑依してきて、頭の中で海理の声がして渋面を作る。
『しかしよかったな、てめーにだけは怪談が寄ってこねーみたいでよ。走ってもなんともなかったのか』
 そもそも符の事から忘れていたなど口が避けても言えない。
 先ほどの声は誰にも聞こえていないのか、響基達が心配そうに「体平気?」と尋ねてきたので、無言で頷いた。
 本音を言っていいなら、きついわけではない。
 断固嫌。
『まだこいつリミッター超えてねーから生きれるだろ』
「生きれるってどういう意味だよおい」
『まんまの意味だよ。で、だ。どうにも時間間隔が変なんだよな……』
 自分で十二時の境界越えるの気をつけろとか言っておいて。
 悟子の腹が鳴り、切ない声で「お腹空いた……」と呟いた。隼が頷き、ミントが強烈に効いている菓子を手渡している。明らかに子供には苦痛なはずの菓子を、輝く笑顔で受け取る悟子の味覚がおかしいと思うのは、隻だけなのだろうか。
 結李羽が首を傾げ、符を一枚取り出すと何事か唱えている。真っ暗に塗り潰された窓ガラスからいきなり光がぼんやり漏れ始め、隻達はぎょっとした。ひとつ頷く女性は、青ざめた顔で疲れきっている。
「怪談も、ある意味で神隠しになるんだね……。これで出られるかな」
「す、すげえ……」
 感嘆の声を漏らす翅。隻と千理は不安を顔に出して結李羽を見やる。
 いつも、結李羽の呪術は強いとは思っているけれど……この後の疲れが一番問題なのに。
「お前大丈夫か? さっきから呪術かなり使ってるだろ」
「う、うん平気。それより早く出ちゃお? これ以上いても危ないよ」
 海理がほんの少し黙った後『だな』と声をかけてきた。悟子が疲れきった顔で目を擦り、安堵の表情。やっと眠れると言いたそうに。
『てめーら、一応時計確認しとけ』
 もう見たくないのに。
 げんなりして時計を確認した中で、一番最初に地団太を踏んで蹲ったのは翅だった。その手首にしがみついている腕時計を上から確認して、隻も万理も遠い顔になる。
 四時半で眠くならない自分達は、どれほど夜更かし慣れしていたのだろう、と。
『さっさと帰るぞ。もうそろそろ本格的に怪談に呑まれる時間だろ。今のうちに抜けないと本気で死ぬぞ』
「ああ、四時四十四分のあれ?」
「死の呪文言うなああああああああああああ!!」
 翅は未來を背負い直し、万理は悟子に手を貸している。海理は身体強化で現実の体同様に、自身の霊体も物体に触れられるレベルにした後、そのまま千理を抱え上げている。
『急げよ、残り十分ぐらい』
 ダッシュ。
 脇目も振らず走り始める幻術使いらに、隻は生温かい顔になる。結李羽の足取りがまだおかしい事に気づき、走る足を止めて結李羽の腕を掴んだ。
 驚いたサイドテールの女性が目を見開くかどうかで、すぐに背負い上げた。
「え、せ、隻君!?」
「走らせるわけいくか、休んでろ!」
 緊張している恋人の手を自分の首に回させ、すぐに後を追いかける。本来なら走れないはずのいつきが何故か前方を嬉々として走っている事に突っ込みたかった隻は、けれど追いつくと同時にげんなり顔をされて苦い顔になる。
「リア充ば」
「黙れ」
 続きは一切言わせてたまるか。
 校門を出て、海理にこの後の道は一切振り返るなと忠告を受け。結果的に衣を維持したまま、全員で隻の祖父の家まで歩く羽目になった。いつ追っ手に襲われるかも分からなければ、衣を出したままで公共機関に乗れるはずもなく。八占兄妹に全く会わなかった事は不思議ではあったものの、翅と響基があの二人なら大丈夫だろうと言っていた言葉を信じて、長い帰路の途中溜息がこぼれる。
「なんだってうちの学校であんなのが……」
「また戻ってきたって、あのモブ幽霊言ってたよな」
 モブ言うな翅。響基も頷き、「嘘ついてるような音じゃなかったしな」と同意している。そのポイントで真偽を見極める響基は本気で、心理カウンセラーどころかスパイ活動もできそうだ。
 千理も顔が青いまま手で顔を仰いでいる。
「とりあえず頭には叩き込んでますから、あとで紙に纏めときますよ。うえぇーマジ気持ちわる……!」
『いったいどこまでたるんだ修行しやがった。片腕補ってても六体同時出現ぐらいやれるようになれよ』
「に、兄さんそれは……む、無茶苦茶では……」
 声をかけるだけでも精一杯だったはずの万理は、海理の視線が当たるとさらにしどろもどろになっている。海理は苦笑して万理の傍まで浮遊し、頭を軽く叩いているではないか。
『いいんだよ、こいつは自分でその道来てんだ。相応に修行積んでなくて外で生きていけねえだろ。お前はお前の行きたい場所、自分のものさしで測ってちゃんと進めよ。周りの意見に流されてんじゃねーぞ』
 驚いた表情を見せる万理は、そのまま視線をさ迷わせて、そっぽを向いた後「ありがとうございます」と頷いた。翅と響基が和やかな顔で見守っていて、隻は背負っている結李羽と視線が合い、思わず笑った。
 なんだかんだで、甘い長男坊だ。
『ひとまず夜が明けるまでは送る。いくら召喚されたっつっても、オレが夜の側な事に変わりねーからな。霊園で一旦休んでから、千理が次呼ぶまでに備えとくぜ。あ、昼間でも屋内とか日陰がある場所とかなら呼び出せるぞ。ただ日の光だけは勘弁しろよ。霊園周辺三十キロ以内ならぎりぎり平気だけどよ』
 その三十キロ以内をどうやって測ったのか、まずそこから知りたいが。隻は海理を見上げ、肩を竦めた。
「今日は助かった。ありがとな」
『さすがに弟の頼み断れねーだけだよ。一応小父貴(おじき)に話通して、今回の件、形ばっかりだが探り入れてもらっとく。宛てにはすんなよ。担当区が違う以上、八占の連中に任せたほうがいい話だしよ』
 小父貴――恐らくだが多生の事だろうと頷き、千理の頭を一度叩いてからからと笑った海理が、夜空を見上げて憂いを帯びた目をしている。
『月明かりもまともに分からねー街になりかわっちまったんだな……』
 言われて、街灯と店舗の明かりに彩られた世界を見渡して。
 それそのものは確かに美しいのに、どこか何かを忘れた世界にも見えた気がした。


 カチャカチャと、食器が触れ合う小気味のいい音が響き渡る。
 頭にかかっていた薄い毛布を退け、隻はごろりと横に転がった。放り投げた形になってしまった右手に、ひやりとした畳の感覚が当たり、薄っすら目を開ける。
 布団を布くのに邪魔になっていた茶托が、部屋の中央に戻されていた。その茶托から着物姿の少年――ではなく男性がテレビを見ている。
「ロン」
「あ!? くっそーまた翅の勝ちか。……大三元狙う気だった?」
「途中まで? でも普通に見て牌来ないなーって思って諦めた」
「翅えぐいんすよ毎回読み強えしー」
 ……麻雀、うちにあったっけ。
 ぼんやり見上げていると、茶托で万理が悟子に宿題を教えているようだ。さらに奥の台所には――
「ユリ……?」
「起きたか」
 いつきが先に気づいて声をかけてきた。体が重いまま頷くと、千理が昨夜と打って変わった清々しいほど健康一色な顔で寄ってくる。悟子も心配そうにやって来たではないか。
「大丈夫ですか?」
「……あー……悪い、今何時?」
『二時すぎだな』
 ぶっ。
 仰向けになって起きようとした刹那、真昼間から聞きたくない声を聞いて真上に吹き出す隻。自分の唾が見事降り注いできて、全員から嫌な顔をされ飛び起きる。
 海理が麻雀を覗き込みつつ、片手を上げているではないか。
『お前この牌切らなかったら上がられずに済んだんだろ。容量わりーぞ響基』
「俺!?」
『さっきも千理にイーピン取られてたろ』
「そうだけど……」
『お前読みやすいし親切すぎるんだよ、ほしい牌どんどん切って捨てるだろ』
「もう海理向こう行けよ煩い!!」
 わっと畳に泣き崩れる響基。海理が面倒くさそうな顔で見下ろした後、隻へと目を向けてきた。
『で? 昨日ので疲れきってたのかよ、てめー』
「あれ本気で無視!?」
『響基うるせー黙ってろ』
 ドスの効いた声で有無を言わさず脅され、千理に慰められている響基は本気でかわいそうだ。顔をタオルで拭っていた隻は冷めた目で一同を見渡す。
「起きてたなら言えよ……ってか、あんた昼間は霊園がどうのって言ってなかったか」
『ああ、一旦帰ったぜ。お前が玄関先でぶっ倒れて寝た後にな』

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