第10話 04 
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『あー……お前、今本当に札貼ってないよな?』
「貼ってないから勝手に憑依してきたんだろあんた」
『承諾しなきゃ自分で剥がさねーだろターコ』
 一々ムカつく……!
 しかも海理の声はどうやら、召喚主である千理だけでなく全員に聞こえているようで。隼が青い顔で「本気でお前平気か?」と、実体験した事があると訴えるように心配してきている。隻は生温かい顔で、こんな事で兄からの初めての心配を受ける羽目になるとは思いもよらなかったと口を突きそうになった。
『千理もだけどな。今お前に札がねえって事は、てめー自身が無防備な状態なのは分かるな?』
「そりゃあどこぞの馬鹿の兄貴が入れるぐらいには」
『喧嘩なら後で買うぞ。千理はまあ、オレを出してる奴だから逆に狙いにくいとしてだ。レーデンの血狙ってろくな試しもねーし。なんでお前に連中が寄りつかねーんだ?』
「そりゃあどこぞの馬鹿の兄貴が」
「隻さんガチ泣いていい……?」
 蹲った千理からの弱々しい声に、本気で疲れが酷いと気づき、一応謝る。いつきが海理の言葉を受けてか、一つ頷くと何の合図もなしに自分の符を勢いよく剥がし、翅達がぎょっとする。
「ちょっ!?」
 ひた、ひたひた
 ひたひたひたひたひたひた、ひたひたひた
 ひたひたひたひた、ぴちゃんっ、ぴちゃぴちゃ、ひたひたひた、ぺちゃ
「札ああああああああああああっ!!」
 ぺたり。
 途端に足音が残念そうに遠ざかっていった。翅と響基が顔を真っ青に、のろのろと息を吐く。いつきは着物の袖に手を入れ、じっと隻を見てきた。
「なるほどな。憑依前なら狙い時なのに来ないのも変な話だ」
『だろ』
「まさかそれを確かめるために、さっき間を空けたとか言うなよ」
『っち、頭回る時に回る奴かてめー』
 むっかつく……!
 拳どころか腕まで震えてきた。苛々と貧乏揺すりしたくなるも、生前の海理を知っているのだろう面々から懐かしいと言いたげな遠い顔でふっと視線をそらされ、諦めたくないのに諦めろと言われている気しかしない。
『ってわけだ。おいそこの双子っぽい奴。てめーも札剥がしてみろ』
「いやだいやだいやだ死ねっての!?」
 首筋の符を二枚、両方必死で押さえる隼に、翅は目を剥きかけた。
「隼さん、なんで新旧両方貼ってんの?」
「セキュリティ万全にしたいだろ!! いってぇっ、あ、やめ!?」
 顔が真っ青な隼を叩いた隻の手。勢いよく札を剥がすのもやっぱり隻の手。
 途端に空気がいつき以上にざわつき、隻の頭の中で『へぇ』と面白いと言いたげな声。
『お前ら同じ中学出身だよな。……部外者に反応するわけでもないか』
「どうでもいいけど体操ってるなら早くこいつの札戻してやれ」
 手の平に符を貼られた隼に向かっていた気配が、いつきの時以上に残念そうに遠退いていった。新しい符だけを貼ったが、この違いはいったい。
 翅が首を捻った。
「……そういえば伊原さんの弟さんも、ここ出身?」
「っていうか、まだ現役で中学生だよ。親父さんのせいで随分と性格曲がって、今じゃ堂々の問題児らしいけどな」
「じゃあ当時問題児扱いされていたグループ狙いでもないか」
 隻も頷いた。至極当然に頷きすぎたのか、隼から遠い顔をされたけれど。
「じゃあなんでおれは反応あり?」
「根が悪い奴だったから? それか色魔に反応したんじゃねえのか」
「色魔じゃない! お姐さんが好きな」
「黙れ破廉恥」
 悟子の低い声音に、五寸釘を超えた何かが刺さったようだ。隼は落ち込んでのの字を書いている。それ以前に根が悪いかどうかでも、色魔かどうかでも、絶対にいつきは当てはまらないだろう。口は悪いけれど。
 急に吐き気が走り、海理の声が頭の中ではなく隣から『やっぱりな』と響いてきた。
『オレが離れても周りはざわつき一つねえ』
 静かな廊下。海理が腕組みし、じっと隻を見てきた。
『部外者、関係者問わずに引っかかる。兄弟もだめと来た。問題起こした奴だと引っかからねえ、か。てめー、いったいここで何やってた?』
「バスケ」
「ですよねー言うと思った。でも海理、ちょっと待った。隻さんの事、問題児として見てない先生、一人いたんだ」
 翅のフォローに、隼が頷いている。「糸先だろ」と苦い顔になる双子の兄に、隻もああと頷いた。
「お前、糸先引っ掛けようとしてバレただろ」
「そうそう。他の先生が騙されてくれてたおかげで、俺はやってない事になったけどな。あの先生妙に敏感で、最初から見抜かれて焦ったのなんの」
「俺の話聞いてたからだろ。横宮が教えてくれたらしいぞ」
 同級生の名前を聞いた隼が懐かしそうな顔。ふと海理が三年の教室にすり抜けて入り、少年の悲鳴が上がって全員がびくりと怯えた。戻ってきた海理は涼しい顔で地縛霊らしき少年の霊の腕を掴んでいるではないか。
『こいつなら何か知ってるだろ。おら吐け』
「不良……」
 翅達があからさまに白い目。千理と万理は同じ表情で同じタイミングで頭を抱えている。
 ……やっと自覚できた。こいつら兄弟だと。
『な、なんの話を』
『このバスケ好きが狙われない理由だよ。分からねーなら最近失踪した連中の共通点、吐け』
「下手にしらばっくれると痛い目見るぞ」
 実感も脅しも篭った声音の主は悪魔の笑み。いつきの台詞に地縛霊らしい、隻達の恐らく先輩の霊は悲鳴を上げかけている。
 今改めて思う。どうして千理があそこまで楽観的かつ無茶な性格なのか。
 ……兄達の背を見ればこうもなるか。
『よ、よくは知らないけど……最近居座ってる怪談達、どいつもこいつも最近戻ってきた人間の仕業だよ。昔はここまでなかったのに……殺された連中の魂を怪談の連中に食わせて、従わせてる。喰われてく人間を匿いたいけど、そんな事したら俺、喰われそうで……さ、さっきの女の人たちは自力で外に出たんだっ、今二年の教室に』
 ダンッ
 翅と勢いよく廊下を蹴り、階段を一気に駆け上がった。問答無用で三階の教室を廊下越しに手当たり次第に確かめ、痺れを切らした翅がアヤカリを呼び出して南京錠を開けさせる。
「未來! 結李羽さんいるか!?」
 ガタタッ。
 飛びこんだ一組ではなく、別の教室からした動く気配。二人揃って廊下へと戻り、全ての教室から小さな音が聞こえて一瞬固まる。
 どこだよ――

 このお守りね、誰かとはぐれた時に、その人の顔を思い描きながら歩くと、自然とその人のいる場所に向かえるよ。今はあたしと千理君しか標(しるし)ついてないから――

 目を見開き、ポケットから伏見稲荷神社で結李羽からもらったお守りを引っ張り出した。
 握ると同時に、錯覚かもしれないけれど結李羽の声が聞こえたような気がする。
「ユリ! どこだ!!」
 一組は違う。二組も――いない。
 三組、四組――違う気がする。奥は……
「六組か!」
「了解!」
 アヤカリが先行し、二人で追従する。ロック身の扉の鍵が開き、翅が勢いよく開け放った。
 ほんのりと、青い光。
 一瞬だけ、髪をサイドテールにしている女性の周囲に、青い術が見えた気がした。
 息を切らし、隻達を見つけて動きが止まる結李羽は、ぐったりしている未來を抱き締めたまま目を潤ませている。
「せ……っ、つばさ、くん……!」
「大丈夫か、有川さんは!?」
「未來!?」
 未來を抱えた翅は青ざめつつも息を確認し、死んでいない事にほっとしている。隻にしがみついてきた結李羽が、泣きながら「あたしを庇ってくれて……」と伝えてきた。
「鏡の中に、捕まっちゃって……未來ちゃんが出る方法知ってて……出た先が、ここで、別の怪談、に、不意打ち、受けちゃって……!」
 その後、ずっと一人で守っていたのか。
 結李羽を抱き締め、落ち着かせようと頭を撫でてやる。途端に本格的に泣き始める結李羽に、隻は「ごめんな」と声をかけて、目を伏せた。
 いくらなんでも、急いで探せていなかったのは自分達のせいだ。慎重に行かなければいけないとはいえ、注意力に欠けていた。
 翅は未來を抱え、結李羽へと「ありがとな」と、ただ礼を言った。
 千理達も上がってきて、合流して、無事を確かめ合って。
 ほっと一息ついた一同の中で、海理といつきが少々話し込んでいた。いつきはひとつ頷くと、床に陣を描き始める。千理が描いていたものより、雑さが抜けた陣だ。
「お前ら、一度こっちに入れ。有川と結李羽を念のため休ませろ。呪いがかかっていたらまずいだろ」
「あ、そ、それは大丈夫。呪いはかかってないよ。未來ちゃん、ゆっくり休ませてあげて」
 結李羽が慌てて手を振り、涙を拭いている。海理が眉を潜めた。
『なんでだ、遠慮すんな。ここの怪談連中のすなら相当疲れてるだろ。――入れない理由でもあるってか』
 一段階低い声音。海理を見てぽかんとする結李羽に、千理が「オレの兄貴――あ」と、ピンと来た顔。すぐに海理に、腕でバツ印を作っている。
「ダメダメ、兄。結李羽さん隻さんの腕の中のほうが安心でき」
「リア充爆破!!」
「俺何も言ってねえだろ!!」
 結局被害を被ったのは、誰だったのか。
 万理の呆れ果てた溜息に、声を荒げていた隻ははっとした。
「いい加減、今何時だと思ってるんですか」
 ……ごめんなさい。

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