第10話 03 
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 鏡と、鬼……。
 確かに想像がつかないけれど、それだけで片付けられるのだろうか。海理がふと気づいたように『千理、結界張り直せ』と支持を送っている。言われた通りに床に陣を描いた千理が、いつきから札をもらってまた結界を作り上げた。海理と秋穗以外全員が中に入り、海理はというと周辺を睨んでいる。
『てめーら、今の時間分かるか?』
「え? もうすぐ三時ぐらいじゃ――」
 時計を見た翅が固まっている。響基も腕時計をみて、顔を引きつらせた。全員で響基の時計や自分の腕時計を覗き込み、隼が「え」と声が上ずっている。
「十一時……五十八分?」
『ヒトが勝手に区切った時間の狭間=Bそれ超えるまで絶対そこから動くなよ』
 座敷童が海理の傍までおずおずと近寄っている。海理が慣れた様子で抱き上げ、あやした。秋穗が嬉しそうに笑っている。
「おにいちゃ、たかぁい」
『おー、お前随分と人の姿保ててんのな。身体強化しないと抱え上げれねえだろ』
 身体強化――生前が幻術使いであるからこそ使えるのだろう。海理は懐かしそうに笑って、万理が不思議そうにそれを見ている。
 千理が弟を見上げて、少し笑った。
「万理もしてもらってたんすよ」
「……兄さんは?」
「そりゃあ高い高いから逆さ吊りまで色々と」
 怨みつらみのほうが先に出ていないだろうかと、千理を見やった先。たまたま目に入った三年の教室の時計が、十二時ぴったりになった。
 しんと静まり返る廊下。にぃっと笑う海理のその笑みは、本当に千理とそっくりだ。
『さあて、骨のある奴は来やがれよ』
 カタン
 小さな音にびくりと体を震わせる秋穗。海理があやすように何度か揺すってやり、片手を空けると長い刀剣を呼び出す。
 千理がほんの少しだけ青ざめ、「ぅっぷ」と口を押さえた。
『今日何回呪術使ったよてめー。ちっと耐えろよ、片付けてやる』
「鬼畜……! 了解」
 沈黙を落とす廊下に、響基がすぐに反応した。いつきが符を出そうとしたが、海理が『手出すな』と鋭く牽制する。
 ひたひた
 ひた
 ひたひたひた
 ひたひたひたひたひたひたひたひた
 ふっと、海理の姿が消えた気がした。次の瞬間、結界の周囲で白い炎が爆ぜているではないか。舐めるように燃え盛るその炎に、千理がぽっかり口を開けている。
『オレがただの剣馬鹿に見えるってか? ターコ』
 結界を取り囲むように立って、結界を破ろうとしていた何かが、悲鳴と共に闇色の糸となって消えていく。
 カラン、カラン
 下駄を鳴らすような音が、廊下に響いた。海理が舌打ちし、音を見送る。
『オレ相手に戦う気はねえってか。そーかい』
 白い炎が、星の光のように美しい色のままどんどんと周囲に広がる。
 千理の顔がさらに青くなり、海理がつまらなさそうに炎を消した。途端に勢いよく空気を吸い込む千理は、本気で気持ち悪そうだ。
『幻術維持にそこまで体力使うかよ』
「だっ……! 兄含めて、五つ、目……! 死ぬ!!」
 幻術使い一同から、本気で感動の拍手が送られた千理。海理はそうだっけととぼけた顔をしていて、改めて次の簡易結界の符をもらった隻は符を貼り変え、結界の外に出る。
 早く出てやらなければ、結界維持だけで千理が干からびてしまいそうだ。
「もういいんだろ。結李羽達、どこに行ったんだよ」
『さすがにそこまではな。学校中の鏡っていう鏡、探すか? 想耀も鏡の世界までは探せねーだろうしな……これ以上千理の負担増やすと後が面倒くせえし』
 ゴーストが出す幻術も、呼び出した幻術使いの負担になるのは、今の千理を見て分かったものの。それなら剣を消してやれと冷めた目になってしまう。
 結界からそれぞれ出た中で、いつきが符を貼り換える際に顔を青くしたり、逆に悟子は貼り換えるとまた吐き気が強まるからと渋っていたり、様々で。
 そろりと、悟子が符を貼り換えないで保留にして結界を出た次の瞬間、辺りの空気がまたひんやりとして全員がぞっとした。
「悟子戻れ!」
「なんでぼくだけ!」
 即座に結界に入って難を逃れたものの、結界の中で泣く泣く新しい符を自分に貼って吐きかけている悟子には同情する。万理が心配そうに「背負おうか?」と声をかけ、悟子が目を潤ませているではないか。
 隻は弱ったなと海理を見やると、何故か目が合う。
『……お前元一般人か』
「ああ。それが?」
『いや。響基がちょくちょく来て話してくれてたけどよ。お前が隻か。へぇー』
 どこに感心する話があったのか。というより何を話した、響基。
 すっと海理に手を差し出され、戸惑いつつも握り返す。よく分からないけれど響基と翅から恨めしそうな顔をされる意味が色々と……ない。
『弟達が世話になったな』
「は? ――ああ、そういう事か。世話したっていうより、万理には世話されて、天理には助けられたんだけどな」
「あれオレは!?」
「あー……ああ、うん。お前のは世話したか」
「ひっでー超ひで――ぅっぷ」
「吐きそうなら休もうな、ほけんし――ごめんなさいなんでもない」
 悟子から恨めしそうな顔をされ、響基が視線を逸らした。隼が頷き、「夜の保健室は大人な事以外は不吉だからな」と言って響基に殴られている。同意した翅は隻が殴っておき、溜息が三人分。
 海理がしばし考え込み、千理は顔色が悪いまま最後に結界から出てきて、自分で作った陣を消した。途端に顔色が戻るも、どうにも優れた様子がない。
『……しゃあねーな。おい隻、体貸せ。乗っ取る』
「はあ!?」
 思わず叫ぶ隻だけでなく、翅も響基もいつきも、万理までショックを受けた顔。千理に至っては「憑依連身!? マジで楽!!」と叫んで万理から冷めた目を向けられている。
『ゴーストで試した事はねーけどな。ゴーストなら肉体ないから、オレが憑依したっていうほうが正しいんじゃねえかとも思うが、それなら呪力は隻から奪えばいいし』
「誰がカモになるかよ!」
『じゃあこのまま千理に全部負担かけて、こいつが潰れてオレも消えたらどうすんだ? お前ら後六時間耐久レース、勝てるってか?』
 ……沈黙。
 翅がちらりと、青い顔の千理を見やって溜息をついている。
「いつもなら遠慮なく負担かけるのに」
「え!?」
「でもなんで隻限定?」
『いつきに憑依したら余計負担増えるだろ。そこのチビだと、下手したら変な現象起こりそうだし。てめー妖精の子だろ』
「分かるんですか!? っていうかチビってぼく!?」
 衝撃を受けた悟子に、千理がぶっと吹いて蹴飛ばされた。しくしくと泣き崩れる千理は体操座り。
『分かるよ、元の家系は対幻獣・聖獣系だぜ。親類親類。でまあ、翅だと反り合わねーし、はっきり言って想像力だけで持久力ない奴に入っても無駄』
「わーいさっくりー……まあ俺もお断りだけど。今情緒不安定だし」
 千理と揃って面倒くさい。……あ、口癖写った。
 響基がじゃあと、自分を恐る恐る指している。海理が思い出したように相槌を打った。
『てめーはなんか嫌』
「海理!?」
『で、万理はさすがに気が引ける』
「何この扱いの差!!」
「おいならなんで赤の他人の俺はいいんだよ矛盾だろ!!」
 海理はふっと溜息をつき、無駄に優しい兄のような笑みを見せてきた。拳を震わせる隻に一言。
『他人だから利用したって惜しみなくぶっ倒せるだろ』
「失せろてめえ」
『まあ冗談は抜いてだ。お前何度か千理と憑依連身で相方やったんだろ。こいつの動きについてこれる奴のほうがいいって話だよ。おら札剥(は)げ』
 誰が剥ぐかと吠えたかったが、それもそれで千理の札を愛用している感じがして、なんだか自分でも気味が悪い。嫌々札を剥いで苦い顔のまま、海理が額に手を当ててきてぞっとした。ひんやりどころの騒ぎではない。ぞっとした。
 瞬きした瞬間には海理の姿などどこにもなく、慌てて探すと同時、頭の中で海理の声が響く。
『へぇー、お前天理の魂宿してたんだな。隙間空いてて楽いわ』
「いつ入ったんだよ!? 俺の許容量はリビングか!?」
「……隻さんサンキュー……だ、だいぶマシ……」
「千理、大丈夫か……?」
 さすがに響基も心配している。いつきも「一日で十一個以上か」と、改めて今日千理が出した幻術を数えているようで。それだけ出ていたと今さら気づき、隻も言葉に詰まる。
 よくそれだけ出して、吐き気だけで済んだものだ。これが隻や翅なら、生物であっても連続して五体出せていいほうだというのに。……段々千理に頼りすぎている状態が申し訳なく思えてきた。
 海理が唸り、隻はげんなりした。
「今度はなんだよもう」

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