第10話 02 
[ 25/72 ]

 少年の霊が、絶句して。一度浮遊を止めて地面に足をつけたかと思った次の瞬間。
『てめえ呼び出してんじゃねえよっの馬鹿がああああああああああああああああっ!!』
「おうふっ!?」
 召喚主を、殴り飛ばした。
 綺麗なアッパーを食らい、天井に叩きつけられた千理は無様にも床に叩きつけられた。その後兄と呼んだ霊から蹴られている。存分に蹴られている。
 しばし言葉を失う一同の中、響基が「うわぁ」と痛々しいものを見たように、顔を手で覆っている。
「俺達、黙ってたよね……?」
「あははははだよなー。ゴースト版で『実は生きてました』ーって言うの堪(こら)えてたよなあ、いつからだっけ。俺がレーデン家に来て少しからだよなどういう事だよ俺の努力全部返せよこの愚弟(ぐてい)が」
 話に、ついていけない。
 ついていけないが、その愚弟が実の兄に蹴飛ばされ、髪を掴み上げられ、悲鳴を上げているのは誰も助けないのか。
『大体なんでてめーが知ってやがる――翅! 響基!! てめーら』
「話してないし黙ってたし!! 俺達のほうがビックリだよ!!」
 とうとう翅がぶちんと堪忍袋(かんにんぶくろ)の緒を切った。しかし幽霊――千理達兄弟の長男、海理の霊は『あ?』と不機嫌最高潮な低い声。
『てめー口答えする気か? 何様のつもりだこのタコが』
「タコはどっちだよそっちこそ軽々しく呼び出されやがって!」
『華淋姉がお前らの話聞いてからオレを呼び出しやがってんだよ青慈(せいじ)と一緒に!! 息子一人だけで十分だろ、面倒くせえし逆らったら滅すとか脅してきやがるしよ!! 抵抗しようにも一応あれ師匠なんだよ面倒くせえ!! なんで千理(こいつ)が知ってやがる、分かってたらオレも来る気なかったんだよっそ、やってられっか面倒くせえ!!』
 面倒くさい、三回言った……。
 しばしフリーズ気味だった頭をはっとして小刻みに震わせ、隼が茫然と海理らしい霊を見上げて固まっているのも横目で見て気づき。やっと放置された千理が小さく咳き込んで呻いているのを見て、隻はぼんやりとジャージ少年を見下ろした。
「え……死んでたんじゃ……」
『ああ、死んだぜ。てめー新入りか』
 海理から声をかけられ、思わず固まる隻と隼。海理は意外そうな顔で隼を見やった。
『へえ、片方は霊視能力者か。オレは海理。この馬鹿ジャージの一番上の兄貴だよ。十年前死んでる。本当だったら今年で二十六な。よおいつき、久し振りー。結局でかくなんなかったな愁傷(しゅうしょう)さ――げっ、そこいるの万理か!? 嘘だろあんだけちっさかったじゃねえか……!』
 一人挨拶が忙しい海理は、最後に万理を見咎めて愕然としている。戸惑っている万理は、「あ……え?」と、心の底から動揺しているようで。
 納得した海理が『お前と最後に会ったの、お前が赤ちゃんの時だからな』と、無茶苦茶な事を言って一人頷いている。
 そしてその万理の隣はというと。
 いつきが、見開いたままの目から、ぼろぼろと……
 ぼろぼろ!?
「海理……本当に、海理だよな? 狸じゃないよな?」
『てめー誰が狸だ誰が! っておい!? 罠しかける前から泣いてんじゃねーよ、なんで響基と同じリアクションしやがる!!』
「海理うるさ――っふぅ!?」
 顔を真っ赤にして吠える響基を、いつきが問答無用で肘鉄(ひじてつ)。
 ……南無。
 泣きながらの顔はほっとしたようで、笑っていて。いつきの顔を見て、海理が弱ったような顔をしたではないか。
「……おかえり。そして帰れ。二度と面見せるな」
『いい度胸じゃねーか人が下出に出りゃあつけ上がりやがって』
「はっ、下に出た奴が悪いんだよ。大体お前が下に出たって大差ないだろうが」
『上等じゃねーか締め落とすぞこのドチビ』
「チビじゃねえええええええええええええええっ!!」
 ずどん。
 見事吠えたいつきのおかげで、そこらにいた気配がガタンと勢いよく音を立て、隻は思わず飛び上がる。けれど隼はといえば、茫然としたままで。
「すげえ。今の声で全員逃げたぜ」
「煩かったんだな要するに。おい響基……南無」
「死んでないから!!」
「ってかなんでみんなオレ放置するんすかひでえ! ……つぅ……やばいガチ痛い……!」
 あ、半泣き。
 幽霊に殴られ蹴られ、アッパーで壁に叩きつけられて泣く千理。海理がからからと笑って、弟に『はっ、様(ざま)あ』と容赦のない一言。さすがに隻だけでなく、悟子も退いている。
 口には到底出せないけれど、不良。
『で? 全員総出で下手な結界の札貼ってやがるがなんの遊びだ?』
「オレが書いたの! 下手言うなっつの兄(にい)!!」
『あー道理でミミズみたいなぬたくった陣なわけだ。急いで書いたにしてもひどすぎるだろーが、もう少し丁寧に書け下手くそ』
 容赦ない。本気で容赦ない。
 歯に着せぬ物言いを通り越して、無礼三昧という言葉も跳び越えた酷い言いように、さすがに隻は苦い顔になった。中学時代の自分の言葉遣いも酷いとは思っていたが、正直ここまではないのに。
 翅と響基が死んだ後の海理を知っていたというのも驚きだけれど、万理が全く知らないまま、今も困惑しているのは本当にかわいそうだ。実の兄の事に一切触れてこようとしなかった過去のせいもあるのだろうけれど、こんな結果で顔を合わせる事になるなんて、誰も想像しなかっただろう。
 いつきがむかっ腹が立ったような顔で涙を拭き上げ、海理は千理を見下ろしている。
『で? 用件さっさと言え面倒くせえ』
「その口癖本気で治したほうがいいんじゃないんすか」
 どっちもどっちだよ三下口調。
「オレらの仲間の子と、未來ちゃんが階段に取り込まれたんすよ。万理が目撃してて、二階の姿見。どういう奴がやったか分かって、上手く助け出せたら万々歳なんすけど……ここロキヤのメンバーいなくって。兄、ロキヤだったでしょ」
 海理が表情を険しくしている。鋭い目をするとますます千理と似ているように見える彼は、『また面倒くせえ』と本日五度目の口癖。
『ここの怪談、随分と意図的な流され方されてるみたいじゃねーか』
「分かるのか?」
『ったりめーだろなめんな。ゴーストになってから、なおさら怪談やアンデッドに関する感覚が鋭くなってんだよ。とりあえずその怪談起こった場所まで行くぞ』
 そう言って一人、するすると上昇して天井をすり抜けていった海理。
 ……。
 …………。
 …………全員顔が青くなった。
「……さ、さっき、千理殴ったのに……!?」
『てめーらさっさと来い!』
「はいい!!」
 天井から顔だけ出されて、本気で青ざめて階段へと走った隻達だった。
 階段を上るうち、隼が怪訝な顔をしている。響基が「どうした?」と声をかけると、隼は気味が悪そうな顔をしているではないか。
「さっきのでかい声でびびったにしては、全部いなくなってないか……? さすがにそこまで全部の怪談がビビリ屋ってわけじゃないだろ?」
「あ、ああ――確かに。変だよな。音がしない」
 そういえばと思い返し、走りながらも耳を済ませた隻は眉を潜めた。
 八占兄妹の声も、運動場の音も。
 夜中だからとはいえ、近所の車なんかの音もしないなんて、変だ。
「――別の怪談が動き始めたとか、そんな事ないよな」
「あっても海理がいたら全部逃げる気がする」
「同感だな……」
 響基に頷き、生温かい顔になる隻。万理が複雑そうな表情で、座敷童の秋穗と一緒についてくる。
「どうして……海理さ――海理兄さん、僕らの前に……何度も墓参りには、顔を出してたのに」
「あー……海理に会った時、俺も聞いたんだけど」
 翅が苦笑している。先頭の千理をちらりと見上げて、すぐに万理に合わせるように速度を落とした翅は、万理へと小さな声で何か伝えたようだ。
 その後、悔しそうに俯いた万理はまるで、みんなから突然、誕生日のサプライズを受けた子供のような顔をしていて。
「馬鹿すぎる……僕の兄さん達って、なんでこんなのばっかり……」
「愚兄?」
「愚兄ですよ。馬鹿中の馬鹿ばっかりです」
 小さくなっていく声に、隻は苦笑した。
 そういう兄がいたから、千理もああなったのだろう。
 廊下に到着すると同時、海理が苛立たしげに鏡を睨みつけている。到着した男衆を見て、海理が目を据わらせているではないか。
『おせーぞ』
「すり抜け使った海理に言われたくないでーす」
『身体強化使えるだろ。やわな結界程度で完全に使えなくなるぐらい精神力たるんでるんじゃねえだろうな』
 悟子がぐさりと来た顔で俯いたではないか。蹲(うずく)りかけた悟子の背中をさすって慰め、隻は海理に呆れた目しか向けられない。
「あんた、容赦なさ過ぎだろ……」
『レーデン分家の長男張ってたんだぞ、これぐらいやれてなかったら周りの大人も黙らせられねえんだよ。それで話戻すが、もうお前らの仲間はこの中にいないな。別の鏡に移動してるか、脱出できたか……鬼の気配がやたら強く残ってやがるが、鏡の怪談連中の気配がしねえ』
「鬼? なんで学校に鬼?」
「学校にはいないもんなのか?」
 翅が怪訝な顔で尋ね、逆に驚いて尋ね返す隻。いつきも渋面を作っている。
「鏡と鬼じゃあんまり関連性がないだろ、それに学校の怪談に鬼が出る話は中々ない。外に出れば別の話だけどな」

[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
back to main
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -