第9話 02 
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 想耀に憑依し、扉の下の隙間から中に入っていく千理。次の瞬間中から少女のような絶叫が響き渡り、全員がびくりと体を硬直させた。
 ぐしゃりと、酷い音。
 想耀が中から這い出してきた。憑依を解き、広がった闇の衣の前を開けて、姿を出す千理は涼しい顔。
「しゅうりょー。どうしたんすか皆揃って」
「……鬼……」
「宣戦理、納得いったよ」
「えっ、ひど!?」
 誰が名付けたのかは知らないが、本当にいいネーミングセンスだ。隻は目を逸らし、千理がむっとした顔で「放送室の悪霊滅しただけでしょ」と不満を溢してくる。悟子が苦い顔になった。
「夜中に聞こえる放送室の放送を聞いたら、っていうあれですか」
「そうそう。場合によっては場所限定されてますけど、今オレ達がその放送聞いて殺されたら目も当てられないっしょ。それにまさに今、それやろうとしてたっぽいですし。種は残らず取っておかないと、対アンデッド部隊じゃやってけませんよ」
 仕事とはいえ、抜かりない性格になったのはそういうところからなのだろうか。 ……序盤は抜かっているけれど。
 いつきが微妙そうな顔をしている。
「お前元々は対幻獣・聖獣のイリュジオンだろ。なんで担当を変えたんだ」
「一番はやっぱり、天兄探すのに効率いいからでしたけど。天兄連れ去るにしては、幻獣だの聖獣だのじゃほぼ間違いなくしそうにないでしょ。やるほどの力持ってるならそっちかなって。あと呪いの関係とか色々と探れるし、アンデッドの召喚や使役の方法とかも教われるんで、タメになるかなって思ったんすよ」
 呼び出してどうする。なんになる。タメどころか呪われるとしか思えないのにと、隻は半歩退いた。
 本当にこいつの考えはどこか、人から離れているというか、なんというか。
 千理は想耀に礼を言って還し、廊下をぐるりと見渡して苦い顔になった。
「けどやっぱりオレだけじゃまずかったかな……本当は学校の怪談系、アンデッド――ディモナモルス以外にも、もう一つ別の部隊から人ほしいんすよね。対悪魔・魔獣系のロキヤ。こっくりさんとか、本格的に呪いを中心に対処できるのってあっちなんで」
「ならなんでそっちにいかなかったんだよ」
「確かめられないっしょ。天兄が万が一死んでたら」
 ああと納得した隻は、思わず視線が逸れた。
 以前千理から教わった話だけれど、死んだ人物がゴースト――幽霊の幻生生物として復活する事があるのだ。それを考えて、対アンデッドの部隊に所属したのだろう。
 千理は苦い顔で指を折っている。
「翅達宵のメンバー。響基は元対幻獣・聖獣。悟子は前だと……妖精・精霊のほうでしたよね。呪いっていうか、いたずらされたら悲しくなる部隊」
「悲しくなるっていうか……ぼくの場合は虚しいんですけど」
「それが人生なんすよきっと。諦めて。で、いつき兄は最初から宵で、今五神でしたっけ。名家の当主、大抵五神所属でしょ?」
「ああ」
 面倒くさいと顔に出しているいつき。はたと、響基が隻を指している。
「あれ、じゃあ隻は?」
「まだ実力ないから無所属だよ……」
 生温かい空気が、辺りを包んだ。一人悔しくなって拳を震わせるも、耐える隻。
 隼が渋面を作って手を上げてきた。
「なあ、部隊がどうのっていうのはともかく、要するに学校の怪談と戦える人員が極端に少ないって事でいいんだよな? まずくねえ?」
「まずいっていうか、出られるかなーって感じなんすけど」
「はい!?」
「だって鏡」
 廊下の向こう、職員室近くの壁に備え付けられている、等身大の鏡を指す千理。夜中とはいえ、外の明かりでぼんやり光る姿見に、翅がはっとした顔で青ざめた。
「等身大の鏡って、吸い込まれなかったっけ!?」
「うん、そういう怪談あるんすよ。あとね、それ鏡だけが限定じゃないんすよね。鏡になれる奴≠ネらなんでも、そういう存在≠ノなれるんで」
「……はーい納得。ようはガラス、水、金属。そういう事だな!?」
 隼が強張った声で締め括ってくれた。うんと頷く千理は、木目が懐かしい廊下を足で軽く突くように蹴っている。
「唯一の幸いは、床が石造りでワックスピカピカじゃなかった事っすよね。そうなってたら間違いなく」
「鏡ですね」
「うん」
「うんじゃねええええええええええええええっ!!」
 叫んだ。隼がいくつか怪談を数え始めて青ざめている。
「か、鏡に関する怪談ってかなりなかったか?」
「東京ですからねー。地方の怪談までえらい具合に集まってそうですし、相当でしょ。ってわけでみんな姿見避けましょっか。あと水回り。水場に関する怪談とトイレの怪談と、特定の教室の怪談は面倒なのがいるんで」
「ちょっと待ったどうやって外に出るんだよ!? 帰りは!?」
 よくよく考えれば生徒用玄関に戻る前に、この廊下だけで相当な窓ガラスがある。出るまでの間に引きずり込まれたら洒落にならない気がするのだ。悟子は顔が真っ青になっており、今までなんとか平常心に近かったはずの響基やいつきまで表情が固い。
 千理は弱ったように頭を掻いて――困り顔で見上げてきた。
「どうしましょっか」
「てっめええええええええええええええええええええええっ!!」
「あ、あんまり騒がないほうがいいっすよ、お客さんって勘違いされて」
「先に言って!?」
「だから石膏像とか人体模型とかが動き出しそうなんすけど……あ、でも今は校庭の八占兄妹に怯えて動かないか。ピアノの音聞こえてきたら泣けますよね、止めにいくにも音楽室」
「俺死亡フラグ!? 悟子も体質的に危ないだろ!?」
 響基が涙目になっている。悟子は心臓を悪くしたように青白い顔で目を擦っているではないか。
 とりあえず眠いのか。
 目の前は正面玄関付近。窓ガラスには下手に近づかなければそうそう厄介な連中に引きずり込まれる事はないという、千理の当てにならない情報を信じていざ全員、そろそろと動き出す。
 けれど隻も隼も動けない。翅と響基が早く来いと手招きしているも、顔が無表情のまま固定されてしまう。
「ごめん、それ以上行きたくない」
「はい!?」
「正面玄関、等身大以上のでかいガラスだらけだろ」
 しばし、翅達が固まった。千理がおもむろに覗き込んで、「ああ」と納得の声を上げたと単に響基に引き戻されている。ジャージの襟首が笑えるほどに伸びた。
「危ないだろ理科の実験でも直接臭い嗅ぐなって言われなかった!?」
「理科始まる頃には不登校だったんすけど。痛い、ひび兄マジ痛い」
 真顔で言うな、真顔で。
 あまりにも怯えている一同の中、平静を装っているいつきはともかくとして、本当に飄々としている千理には全員殴りたい思いだ。最初から言えと言いたくなる話が後から後から顔を出し、ついには悟子が蹲ってしまっている。
「ぼく、鏡の中に引きずり込まれたら即死ですよ……体質的に!」
「うーん……あ、ちょい全員一箇所に固まって」
 即座に、千理の言葉にいぶかしむ暇もなく、全員一塊になった。
 想耀を再び呼び出し、職員室からチョークを持ってきてもらった千理は、想耀に耳打ちされて苦い顔をしている。
 すぐさま床に、白いチョークが音を立てて線を引く。
 カッ、カカッ、カツ、カッ、カー……
 カツッ、カ、ひた、カツカツ、カンッ、ひた、カ、ひたひた、カカッ、ひた、カッ
 カカッ……カッ、ぴちゃっ
「……な、あ。なあ……あの、せ……千理……」
 チョークが床に白いいたずらを始めている中、周辺から聞こえる静かな音の悪戯に、全員千理が描く円陣を睨みつける以外、目を動かせない。
 窓も見れない、廊下の先も見たくない。正面玄関どころか職員室に至るまで以ての外だ。
 隼が青い顔でぼそぼそと呟いている。
「ふ、振り返るなよ……振り返ったら……廊下だけで、知ってるの……十個……!」
 言うなって――!
 カンッ
「いつき兄、札!」
「ああ!!」
 いつきが札を数枚渡し、千理がすぐさま「みんな入って!」と叫んだ。
 勢いよくエレベーターに乗り込むように、押し競饅頭になる一同の中央。千理が札に呪文らしい言葉を呟いている。
 ひたひた、ひたひたひた
 ひた、ひたひたひたひた、ひたひた、ぴちゃんっ
 ひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひたひた
「結べ、現世の糸達よ 抗う者はここにはない」
 札が、円陣の中央でバツ印に貼られた。
 近くで響いてた足音が、絶叫に変わる。
 びくりと怯えた一同の目の前、青白い光が円陣の縁から漏電したようにばっと弾けて漏れ、自分達以外誰もいないはずの廊下に走り去る音が幾重にも木霊した。
 縁に残る青白い光が完全に消え、穏やかな青い光に包まれた刹那。千理が冷や汗を拭っている。
「うーわーびびった……いつき兄、あざっす」
「あ、ああ……今のあれ、怪談の連中か?」
 千理が頷いて立ち上がった。狭い円陣の中、千理一人に注目が集まる。そうしなければ絶対、周りを見渡して泣く羽目になりそうだ。
「怪談も怪談。どんだけこの学校怪談話で盛り上がったんでしょうね、想像以上に面倒くさいのいるみたいっすよ」
「どうして分かるんだよ!?」
 翅の涙声に、千理は苦い顔をしている。
「鏡に注意してたんすよ。大体、廊下のほうはみんなが注意してくれてるから大丈夫と思ってたんで。そうしたら鏡ごしにわんさか視えるのなんの。廊下にいる連中はガラス越しに視る事できないんで、廊下のほうは確かめれないんすけど……姿見に草刈鎌(くさかりがま)引きずった、髪伸び放題の女の子の姿見えたもんで」
 沈黙。
 千理が困り顔で「どうしましょっかねー」などと言って頭を掻いているけれど、笑えない。
 翅が、ただでさえ狭い円陣の中で蹲った。
「帰りたい……!」
「……なあ、千理。万が一だけど、一般人が鏡の中に引きずり込まれたら、どうなるんだ?」
 渋面を作る千理は、ほんの少しだけ呻いた。
「場合によっては助かりますけど……夜が明けたら、日数によってはアウトっすね。霊能力者は怪談を半端に引き寄せちまいますから、まず言って隼さんは夜が一回明けるだけで完全に向こう側に取り込まれちまうと思います。隻さんもまだ怪談そのものに対しては、霊能力者以上に中途半端に惹き付けちまうと思うんで、隼さん並みにアウト」

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