第9話「怪談、蔓延(はびこ)る」01 
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 門は閉まっていた。けれどその門を潜り抜けるなど造作もない事で、隼は自力で門を軽々乗り越える始末(「お前何回やってた?」、「そりゃあ両手がいくつあっても足りない数?」)。
 砂利を踏みしめる音が響く中、響基が全員に立ち止まるよう頼んで耳を済ませている。
「――今のところは変な音はしないな」
「そりゃあ、大抵の怪談は校舎の中だろ」
 翅が固い声で笑っている。悟子が退き、いつきは周辺を見渡しつつ視線を鋭くした。着物の懐に手を入れ、札を確かめているようだ。
「気配はするな」
「いますね。確実に。校舎よりも先に中確かめたほうがいいか……」
 見事裏切ったような現状であるにもかかわらず、誰も萌に対して申し訳ない思いなど微塵も抱いていない有様である。
 千理がざっと見渡し、校舎の中へとじっと目を向けた。隼が「中に入るか?」と親指で指したのを見て、千理がほんの少し渋る。
「……確認取るの忘れてましたね。えっと、今回プールと……警備員? それから七時半以降に入るな、でしょ。七時半以降っていうのは多分ガセとは思いますけど……絶対あの八占兄妹、毎回入って幻生倒してるっぽいですし」
 隻も隼も、響基もなんとも言えずに夜空を見上げた。
 うん、やってそう。
「それで考えるなら、多分ですけど七時半以降入るなっていうのは警告でしょ。怪談じゃなくて。幻術使いが意図的に流した、夜学校に近づくなっていうものじゃないんすかね」
 同じ意見なのだろういつきも頷いている。悟子は周辺を見やり、苦い顔になった。
「あまり夜の学校は……妖精達の姿がありませんね」
「――そうだな。まあ学校って」
「戦場跡とか城跡とか、とりあえず土地が安かったり広かったりする場所に建てられるんだろ」
 隻が真顔で言ったせいか、翅がうんと元気よく頷いて視線を逸らしている。
 門のほうに。
「ねえやっぱりあいつらに押し付けない? ダメ? 押し付けない?」
「ダメ」
「ですよねー!」
「けどどうしますかね。どこから当たります?プール方面に行ったら多分兄妹と鉢合わせしそうですし。……あと十二時前でしょ。確認するにしたってどう転んでも危険」
 一同、思わず沈黙した。
 十二時のプール……うん、不吉。なんか不吉。
「夏場だし星が移り込むぐらいに綺麗なんだろうけどね」
「知ってます? 星が映り込む水面って、鏡みたいになるでしょ。黄泉に通じるって噂もあるんすよ。昔の話ですけど」
 ぴたりと、皆固まった。
「まあ実際は夏場のプールや川は自殺者が多いっていうのと、水遊びしてそのまま溺れて帰ってこない人達が多いからっていうのが定説ですけどね」
 全員、沈黙した。
「……プール、後回しにするか。な?」
「そのほうがいいかもしれませんよ。どう転んだってプールで戦闘して水の中に引きずり込まれたら洒落になりませんしね。あとアヤカリ、下手したら暴走するでしょ」
「え? なんで?」
 翅自身が聞き返している。悟子がああと、遠い顔。
「アヤカリ、設定的にアンデッド系ですよね。海水の体の亡霊みたいなものですから。水が大量にあって、死の関係に近い場所で、怪談が豊富で……多分、怪談に惹かれて暴走するかも」
「アヤカリばかあああああああああああああああっ!!」
「創ったの翅」
 総員突っ込み攻撃。とりあえずそれなら警備員関連を調べてみるかと、一同学生用の下駄箱へと向かった。
 しんと静まり返った学校に明かりはない。警備員が移動する気配もなく、職員室にもそれらしいものはない。
 大体この時間だと見回りはないと、隼が昔つるんでいた同級生の情報を記憶から引っ張り出して教えてくれた。
 主に見回りが入るのは、九時、十一時、やや飛んで二時、そして五時。
 それぞれ零時を境に、二人ずつ、計四人ぐらいで見回りをしているという細かい情報に、隻達は苦い顔になった。
「……警備員、出ないといいな」
「多分噂したら出てきますよ」
「なんでそんな事言うんだよ千理!!」
「だってオレそういう系専門だもん。所属、対アンデッドのディモナモルスですよ。怪談系ビビってらんないし」
 飄々と言ってのける千理に、翅が笑顔で「あはは殴り飛ばしてえー」と自棄気味だ。悟子がうつらうつらとしながら、下駄箱から校舎を見やってはっと顔を引きつらせている。
 響基がどうしたのかと見下ろし、悟子が手を掴んできた様子で思わず笑顔で固まっている。
「う、うん、そっか!」
「は? どうし――」
「……さ、先に校庭、確かめませんか?」
「え?」
 隼が奥へと目を向け、コイン顔負けにまん丸に見開いた。隻もつられて見やる。
 ガラスの中。
 誰かの長い髪が、廊下のガラスの中を緩やかに駆けていった。
 千理がほんの少し溜息をつき、「あれは大丈夫っすよ」と声をかけてくれる。
「ただの自縛霊型のゴースト。刺激しなきゃ問題ないっすね。ラップ音起こしたりポルターガイスト現象起こす連中は、場合によっちゃ危険ですけど」
「校舎後にしない!?」
「じゃあどこ行くんすか。体育館? プール? 校庭? どこにでも怪談あるんすよ学校。諦めて」
「うわおれやばいかもトイレ行き忘れた」
「今止めとけよートイレは止めとけよー」
「……お前ら、そんなに怯えてなんになるんだ」
「学校の怪談真面目に聞いた事あったらビビるよ分かんないだろいつき!!」
「分からないな。で?」
「何お前超ムカつく!!」
 そんな力いっぱい叫ばずとも。隻は溜息をつきつつ、足をもぞもぞと擦り合わせる。
 ……背筋が、寒い。
 とりあえず実在するのとガセがまざっているのが学校の怪談なんだろうと納得はしている。しているけれど背筋が寒い。足がもぞもぞする。
「校庭、プール、体育館は一通り八占に任せましょうか。多分あの様子だと調べつくされてる感じはありますけど、校舎の怪談は二人だけじゃ手に終えないっしょ。この人数ならある程度は校舎側も対応できますし――行きたくねぇー」
「おい!!」
 盛大に突っ込んで。下駄箱に靴を入れようとした隻は、暫く悩んだ。
 上履き、ないよな。ついでに言うなら下駄箱、もう俺の場所ないし……。
 悩んだ末、結局履き直す。卒業生は部外者という方程式が虚しく響いた。
「あれ、隻さん知ってるんすか?」
「何を? ってか、走る事になったら靴下でも素足でも危ないだろって……」
「ああー、うん。そうですよねー。上履き持ってないし」
 とか言いつつ、千理。なんで靴箱に手を勢いよく突っ込んだ。
 しかもぐしゃりと酷い音が聞こえたの、気のせいか。
「さあ行きましょっか。あ、翅。今回はできるだけ金属以外の鈍器使ってくださいね。神木でできた木刀とか」
「うんそうする!! レッツそうする!!」
 滝汗。
 翅の状態を見て、響基が痛々しい顔で校舎を見上げていた。
 隻も無言で見上げる。
 校庭で響く盛大な大声が、何故か反響して校舎から自分達に威嚇してきていた。

 一階は下駄箱から順に給食室、放送室、職員準備室、職員室、校長室。さらに事務室、職員更衣室、家庭科室。芸術棟のほうには今回行かないと前提で決まったが、千理は微妙そうな顔だった。
「芸術棟の怪談潰したほうが手っ取り早いんすけど」
 それ、お前だけ。
 二階は配置が変わっていないなら、三年の教室とパソコン室があったはず。三階は二年の教室と、学習室が三つほど。四階は図書室と一年の教室。美術室や音楽室、技術室や理科室は纏めて芸術棟のほうにあったはずだ。
 学校内を靴で歩く事に罪悪感を覚えた悟子のため、全員靴底の泥をきちんとマットで落として中に入った。千理だけやたら遊ぶように蹴飛ばしながら靴底を拭いていて、悟子が「行儀悪い!」と吠えたりもしたけれど。
 ただ、最後にそうやって靴を拭いた千理が、扉でできた死角の向こうで、何かを殴り飛ばしたのは、隻も隼も見抜いていた。
 もう、いるんだとしか思えない。
 最前線を響基と隻が。最後衛は千理が。中堅は残りで構成したものの、千理のやたらとオーバーすぎる行動が、後ろでラップ音以上に迷惑なほど響き渡る。隼がそれで生温かい顔をし、悟子は苛々として注意したそうにしている。翅はというと、隼のすぐ後ろをぴったりとついて歩いている始末。翅のほうが身長高いはずなのに。
 角の給食室を懐かしいと思って、扉だけ見やった隻はすぐに前へと視線を向け、首を捻った。響基もぽかんとしている。
「さっきの、いないな」
「ああ……そのほうが嬉しいけど」
 何が楽しくて、この暑い中窓も開けられない蒸し暑い廊下で肝試しをする羽目になっているのだろう。
 カツ、カツ……
 足音は全て、自分達のものだけ。そう信じたいのに、どうしても数を数えてしまう。
 意識するなと自分に言い聞かせれば言い聞かせるほど、冗談にならないぐらい冷や汗が背中を湿らせてきた。
「……なあ、誰かジュース買ってきた?」
「忘れてた」
「だよな」
 ……会話が続かない。
 響基が苦い顔で「学校の怪談って何があったっけ」と呟き、隻と隼が遠い顔。
「花子さんだろ、太郎さんだろ。てけてけさんとか、レイコさんとか……体育館で勝手に跳ねるボールとか、校庭百週回ったら肩を叩かれるとか、十三階段とか、夜勝手に動き出す石膏像に人体模型に、勝手に鳴るピアノとか、肖像画の目が動くとか……」
「俺さ、思ったんだ。皆笑って?」
「なんだ」
 いつきが親切にも聞き返している。翅がうんと頷いた。
「その体育館で勝手に跳ねるボール、衣着た隻さんがやってたって思ったら凄く納得できるんだよ」
「確かに!!」
「おい!!」
 同意されて思わず突っ込む隻に、隼がぶっと噴出して笑っている。千理が「あー、隼さん大声控えてくださいね」と笑いながら声をかけ、彼がきちんと頷いて了承しているのも見えて。なんだか納得がいかない。
 確かにやりたい。久々に中学の感覚でバスケを一人で思いっきり堪能したい。したいがそんな怪談に載せられるような真似、自分からしてたまるか。
 廊下中央の正面玄関付近に向かう途中、放送室近くで千理がふと立ち止まった。
 その後、衣を確かめ、想耀を呼び出している。
「どうした?」
「うん、響基ー、翅ー。二人とも耳と目、塞いでおいて」
 言われた通りにした千理の兄貴分達。はっと気づいた隼が、顔を引きつらせる。
「ははっ……おい嘘だろちょっと待てって!!」
「レッツ!」
「ブロードバ○ド回線!!」
「違う!!」

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