第8話 03 
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 すたすた、すたすたすた。
 言い争う青年二人は気にした様子がない。むしろその隣にてそっぽを向いて退屈を表していた、ショートヘアの二十歳成り立て頃の女性が、驚いたように自分達を見てきた。
 隼が笑顔で手を上げ、それを合図に双子の加速が始まる。
「何近所迷惑かましてんだ手前ら!!」
「ぉうっふ!?」
 どふぅっ
 背中と、腹。青年達それぞれにめり込んだ拳のせいで、どちらも道路に悶絶した。
 女性が呆れた顔で淡々と「あーあ」と漏らしている。隼が脱力し、女性へと手を軽く上げて挨拶した。
「久(ひさ)ー、士(つかさ)。兄貴相変わらずだな」
「お久し振りでーすセンパイ。先輩達のほうはどうしたの? 二人揃って来るなんて、七年前じゃ絶対なかったじゃない」
 そういう士も、変わったよな。
 昔は割と活発な性格だったと思うけれど、随分とまあ淡々とした口調になったというか。隼が頷いて笑い、「一応仲直りミッション達成」と報告している。士が目を丸くし、自分達双子を交互に見てきた。
「へえ……ええー、本当に? うわあ、それはおめでとうございます。あー、さっきの写メっておけばよかったかな、勿体無い」
「お前な。そういえば大学行ったのか?」
「んー、家業で忙しいから行ってない――ん? あれ、ねえ、あの集団……」
 後ろの面々を指差され、振り返る隻。ああと頷き、士へと顔を戻した。
 士の兄と、伊原が腹と背中をそれぞれ押さえてよろよろと起き上がってきた。
「俺のダチ。今全員でじじいの家に泊まってるんだよ。あそこ空き家になってたから」
「いいなー贅沢。あたしもまざりたい」
「女いないんだぞ冗談でも止めろ!」
「そうですよ女性が来る所じゃありません!!」
 聞こえたのか。
 悟子の眠たそうにしながらも全力の力説に、士が目を丸くしている。
「チビちゃんまでいるの? うわーダメでしょ深夜にうろつかせたら」
「チッ……!?」
 反応したのは二人。一人だけ体を疼かせただけで済んだが、この二人だけは頬までビシッと引きつっている。言わずもがな、悟子といつき。
 響基が生温かい顔で隻の隣まで来て、疲れたような溜息なのか笑いなのか、それすらも判別できない息を漏らしている。
「やっぱり……」
「あ、そういえば言ってなかったよな。こっちの前髪から反抗期な奴、俺達のバスケの後輩で、伊原の同学年な。八占萌(やうら きざし)と、一つ下の妹の士(つかさ)。士は中学の時は陸上だったよな」
「そうでーす」
 確認しようと士に振り返れば、見事にそっぽを向いている。普段人の目を見て話すはずなのにと意外に思った傍、翅がうんと頷いている。
「久し振りー八占兄妹」
 隻と隼、そして伊原が固まった。
 萌が苛立たしげに翅を見上げ、支えようと手を出した響基に舌を出している。
「なんでお前ら戻ってきてるんだアーホ!」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 翅の表情筋が、口に綺麗な弧を描いたまま固まった。
「なんでだろうな、久々過ぎて笑えるよーその喧嘩の売り方」
 いつきがふっと視線を逸らしている。身に覚えがあると自分で公言してどうすると言いたくなるほど、いいタイミングで。
 萌は苛立たしげに翅を見やり、隻にも睨んで頭だけは下げる。隼には表情を戻して「お久しぶりです」と、中学の頃と変わらない対応に隻はすまし顔。反対に隼は苦笑い。
「お久。お前らそんなんだからバスケのレギュラーでも喧嘩するんだろ……」
「うっ、うるさいですってそれ禁句ですよ! どうせレギュラーじゃなくて控えメンバーで終わりましたよくそう」
「オレちゃんと高校でレギュラーやったーさやせ先輩と」
「てめえの話ゃ聞いてねえ」
 伊原と萌、見事に火花を散らしている。隻が疲れた顔で溜息をついた。
「抑えないとぶっ飛ばすぞてめえら。それで何やってるんだよ、こんな時間に」
「俺らは見回りです。最近物騒なんで、自警団代わりに家業のほうから手伝わされてるんです」
 冷めた声を聞き、翅がにわかに苛立った顔をしている。気にするなと肩を竦めたも、響基やいつきまで表情が苛立っているのは、うろたえてしまいそうだ。
「じゃあ伊原は?」
「オレはその……弟が一昨日から家出してて」
「はあ!?」
「で、連絡つかないから、手当たり次第周辺探してるんですよ。友人連中当たっても引っかかんねえし。あ、家出の原因は親父なんですけど」
 仲悪いもんな、お前の所。
 それ言っちゃダメ先輩。
 中学からの付き合いであるせいか、見事にアイコンタクトで通じ合えるこの不思議。
 萌は憮然とした顔のまま翅達を睨んでいて、さすがに隻は苦い顔で萌に目を向けた。
「あまり刺々しくする必要ないだろ、知り合いなら。とりあえず伊原、弟見かけたら連絡入れる。無理するなよ」
「あ、ありがとうございます! 先輩達もどこ行くか知りませんけど、きちんと寝てくださいね。オレ学校回って」
「だから学校は止めろっつってんだろうがよ」
「八占に言われる覚えなんか」
「あーあー分かった分かった! じゃあおれ達が見てくるよ、警備員撒きながらでも探せるし!」
 隼が止めに入り、萌がぎょっとして「だめですって!」と叫んでいる。ぽかんとした隻は、翅達がにやりと笑ったのを見て気味悪く見えた。
「大丈夫大丈夫。俺達その辺慣れてるから。なーいつき」
「当たり前だろ。さっさと校内見学して帰る」
「見学する気だったのかよ……伊原、とりあえず手分けするぞ。学校にいなさそうだったらメール入れるよ。お前もちゃんと寝ろよ」
 伊原が嬉しそうに顔を綻ばせ、「ありがとうございます」と頭を下げてきた。翅達へも「悪いな、東京楽しんでけよ」と声をかけて、門を過ぎて角の向こうへと走っていった。
 見送った後、翅達が人目を確かめた後衣を羽織り、一般人から見えなくする。
 ぎょっとした隻だが、苛立った顔をする八占の兄は表情が険しい。
「お前ら……工作班(アルシナ)に突き出されたいか」
 ぴたりと固まったのは、隻と隼で。
 翅といつきが鼻で笑った。
「お前こそどこに目つけてんの? 工作班にも実行班にも届ける必要は元からないんですー」
「……一般人前にして、調子づきやがっててめえ」
「え? 一般人? どこどこ?」
 探す仕草をする翅の見事な挑発の仕方といったら。隼が苦笑いしている。萌が苦々しい顔をした後、隼にどう説明しようか困惑して――隻へと「すみません」などと呟いて、隻の視界を覆うように手を伸ばしてきて、ぎょっとして後ずさる。
 勢いをよくしすぎたのか、ついいつもの癖で咄嗟に衣を出しながら飛び退いてしまった。
 萌どころか、妹の士まで愕然としている。
「なっ……! い、一般人だったんじゃ」
「って事は、お前らも幻術使いだったのか……」
 隼が納得したように、けれど複雑そうに溜息をついている。千理が納得顔でああと相槌を打ってきた。
「そういや隻さんには教えてませんでしたね。八占って、オレらの業界じゃ名家の一つなんすよ。……召喚・操霊、それから独自の幻術形態、時暦(ときよみ)を使う一族なんすよ。占い師として生きてきた、東京の術師じゃ知らない奴はいない名家。萌と士って名前は確か」
「――ああそうだよ。俺らは嫡子だ。本家じゃなくて分家だけどな」
 兄が諦めたように吐露し、士が面倒くさそうな顔。隻は愕然とし、隼は「道理でな」と遠い顔だ。
「お前、おれが霊見えるって言った時、思いっきり信じてくれてたもんな。見えてない隻がおれと仲が悪いって知って、お前まで嫌ってただろ」
「当たり前です。理由も知ろうってしないで、自分は被害者だみたいな言い方しやがって……冗談じゃねえよ、力手に入ってやっと仲直りなんてそんなご都合、今まで苦しんでた隼先輩の事本当に見てなかったくせに!」
「おい、矛盾も大概にしろよ」
 光の衣を纏った萌に、翅が鋭く睨んでいる。
「苦しんでたのがどっちか上か下か知ったこっちゃないけどな、お前の今の発言は同じように苦しんでた隻さんだけ′ゥてないって事だろうが。ご都合? てめえのものさしで物言うならてめえの考え計り違えんな」
「黙ってろ部外者」
 萌が苛立たしげに呟く。さらに苛立って口を広げた翅に、隻は口を塞がせるように手を上げた。
「いいよ。どっちもお互い様だろ。別に萌にご都合に見られようがどうだろうが、それこそ個人の勝手だ。だろ」
「――そうやってすかして……とにかく、今回夜に学校には近づかないでください。隼先輩を連れて行く気ならなおさら承知しない。今年は真面目に、霊能力者は学校に行かないほうがいいんですよ。士」
 士はひとつこくりと頷くと、闇色の衣を纏う。隻達へと「帰り、気をつけてー」とのんびりした口調で伝えてくれ、隻も隼も礼を言った。
 二人揃って、身体強化を使ってあっという間に駆けていく。
 夜の学校に。
「……翅、ありがとな」
「――いや、うん。……時と場合考えて言えばよかった。ごめん」
「気にするなよー。あんまり気にすると隻が気負いするぞ」
「おい隼どこに目つけてやがるっ」
 ほらな照れたと笑う隼に、思わず吹き出して笑う千理と響基。隻はそっぽを向いて溜息をつき、学校を見上げる。
「――で? 隼、このまま帰るか?」
「はっはー冗談冗談。おれの学校で余計な事させるかよ。三人寄れば文殊の知恵、これだけいれば数珠成りだろ」
「強制的に止められてないならこっちの勝手ですしね」
 悟子のぼそりとした言葉に、全員が思わず親指を立ててサムズアップした。
 隼含め皆、心を一つに思い描いた言葉はただ一つ。
 俺達悪い子です。

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