第8話 02 
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 物心ついて少し経ったぐらいという事もあるからか、元々天性の残念な学習能力のせいか。あまりにも純粋無垢に、いつきへといつも手を伸ばしていたという。
「千理も、何も知らないガキのくせして、俺に初めて頑張ってる≠チて言ってくれたしな」
 ――あいつらしいというか、なんというか。
 きっと、兄の言葉を適当に覚えて、当てずっぽうに言っていたのかもしれない。
 けれどもしかしたら。
 隻は思わず笑いが漏れてきた。
「あいつ何者だよ。人の足りないもの必要なもの、全部見透かしやがって」
「ある意味天才なんだろ。頭は残念だけど」
「ははっ、言えてる。――俺も言われた。隼の事、つい最近まで嫌ってた時にな。俺、中学時代激しく荒れてたんだけど、その原因が母親と隼だったんだよ」
 こんな事を、あっさり話せる日が来るなんて。
 あんなに嫌っていた過去を、笑って話せる日が、こんなにも早く来るなんて。
「学校でも先生はほとんど全員、隼の味方だったんだ。一人だけ除いてさ。みんな俺の事、『問題児』扱いしてたよ。――実際家族を保護する話が出た時、俺が拒否して飛び出しても、千理言いやがったんだ」

 オレも翅も――ってか、皆? 隻さんが問題児≠フレッテル貼られてるの見た事ないんすよ。皆知ってるんですよ。隻さんみたいな兄ちゃん≠ェどれだけ優しくて、人の事足蹴にしたり自分からは滅多に謝ろうとしなくったって、一生懸命オレらと向き合ってくれてるの、皆知ってるんすよ

 なのにさ。兄ちゃん≠ェそんな目に遭ってたって知らなくて、翅ものっそ悔しかったんすよ。説教だけじゃだめだねって思ったから、一人でも家に行くって張ったんすよ。それだけあいつにとっては家族一番だし、兄弟第一なんすよね。隻さんが未来で万が一にでも後悔するような種、残したくないんすよ

「――一番嫌いな言葉だったんだよ。俺にとって、兄貴って言葉。一番嫌いだったんだ」
 けど、あの時言ってくれた千理の言葉は。
 悔しいぐらい、聞こうとしていて。
 恥ずかしいぐらい、嬉しくて。
「……馬鹿の戯言なんて≠チて、きっと昔だったら……鼻で笑ってたと思うけど。なんか、馬鹿すぎて逆に、なんか……な」
 いつきが笑んでいるのが、分かった。
 枕投げの大戦がまだ終焉を迎えていないドタバタ劇を見やりつつ、隼がついに影でこそこそ投げていた事がばれて前線に引っ張り上げられた事に生温かい顔もしつつ。
「……千理のせいで気づかされた。意固地になりすぎてたのは俺のほうだったよ。隼はとっくに気づいて、辞めてたんだ。――家に帰って、あいつが俺の埃被ってたトロフィー全部磨いてたの見て、悔しかった」
 本当に馬鹿だったのは、自分だった。
 本当に子供だったのは、変われなかったのは。自分独りだけだったのだと、気づかされた。
 気づかせてくれたのだ。
「最初は事故に巻き込まれただけだったけど――今じゃ俺にとってはみんな、大事なダチだよ」
「……そうか。なら、ダチだと言ってもらえた分まで生きるかな」
「当たり前だろ。生きてもらわなきゃ困る」
「そりゃあ困るだろうな。言っとくけど、俺は最初からタダで死ぬ気はない。精々この阿苑いつき様のダチだって事誇りに思ってろ」
 いつきはにやりと笑った。隻は完全に呆れたが、すぐに肩を竦めて笑う。
「はいはい、様々ね、様々」
「お前な……って、おい翅! ケータイ構えてこっち見るな!! 撮る気か!?」
「バスケボール」
「ごめんなさい!!」
「え、撮ったらダメなんすか?」
 ……。
 全員、ピシリと固まる。
 そういえば昨日も今日も、一番乗りで起きていたのは千理だったような……。
「……お前まさか、撮った?」
「撮った」
「まさか、送った?」
「送った」
「誰に!?」
「え、おじさんとじーちゃんと天兄に未來ちゃんに華淋姉にまい――……へぶっ!!」
 総員一斉攻撃。
 枕とバスケットボールと、それから鉢植え、筆記用具。
 家のダメージを緩和する耐圧用結界がまたも貼り直しする羽目になったのは、言うまでもない。
『皆様随分と賑やかですな』
「っ、鴉!?」
 鴉が隻の肩の上に停まり、『遅れて申し訳ございません』と帰還の挨拶。片翼を上げ、『怪談の噂、我々の間にも広まっておりましたぞ』と報告してきた。全員目の色が変わる。
『噂によればその怪談、どうにも数年を経て移動しているようですな。去年は文京区で、二年ほど前は埼玉南部。五年ほど前は品川区辺りだったそうでございます』
「埼玉!? え、何それピンポイント!」
「は?」
「俺一応埼玉出身で中学が東京だったの!」
 うわ、面倒くさい。
 露骨に顔に出してしまったのか、翅が落ち込んでいる。響基が宥めつつ、白尾ノ鴉に困惑した顔を向ける。
「数年単位で移動してるにしては、段々移動するスピードが上がってないか?」
『私めも、恐れ多くも同じ意見ですな。怪談の類は多くが贄を求める、乞食(こじき)紛いの連中が起こすものがほとんどにございます。少なくとも餌を求める事が中心で、多くは一つの土地で流行り、早くても三年、四年。関わりの深い子供達の世代が一つ丸ごと入れ替わる時期頃に、別の学校などで流行るというのを繰り返し、その存在を保つ型が典型なのです。いい例が、こっくりさんや十三階段、赤いちゃんちゃんこですな』
 ファッションなどの流行の波が、世代で変化するような感覚なのだろうか。翅がそわそわとしているのはさておいて、確かにそれを考えると些か、怪談の流行期間と学校の移行期間が短いようにも見える。
 隼が唸っているではないか。
「そういえばおれらの代にも聞いた覚えあるな……今回のとは別のだけど、プールうんたらっていうのは。あと、おれらの中学の屋上に行く階段。あそこで警備員には会ったらいけないとかっていうのがあったぜ」
「なんだよそれ」
「お前その時間には部活終わって帰ってたもんなー。不良がよく夜に溜まってたろ。先生に見つからないように。それを追い返すための口実だと思ってたんだよ。けど実際、別の学校じゃその手の怪談を利用して、行方不明事件起きてるって言う話も聞いた。高校入ってからだけどな」
 翅の顔がさぁぁ、と青ざめている。幽霊恐怖症の耳を響基が耳栓で塞ぎ、頭を撫でている。
 いつきが眉根を寄せているではないか。
「翅は今回本気で期待できないな……にしても、今回のは一味違うとして……怪談を媒体に正体不明の何者が何を目的にしてるのか、さっぱり見当つかないな」
「ただの喰(しょく)目当てにしては、意図的な部分と愉快犯的な部分が多すぎますね」
 悟子の呟きに、響基も頷いている。
「隼さんの知ってる怪談話、それ行方不明事件って言うより、間違いなくこっち側≠フ連中がやってる事件だと思う。既にこの辺りの怪談が危険だって分かった以上、やっぱり一度外に出たほうがいいかもな」
 出るなら――いつがいいだろう。一度頭の中を整理して、出る答えはというと。
 隻は諦めたように溜息をついた。
「今が一番、丁度いいよな」
「今なーんじ!」
「十時っ。お前ら騒ぎすぎ!!」
 明日は睡眠不足に、直接おもてなしを受けそうだ。


 夜の学校ほど不気味なものはない。よく聞く言葉だが、その学校への聞き道のほうがよほど大変だ。
 翅が無表情なのである。
 真顔ではない。無表情だ。
 歩みだけはスムーズなのに声は固い。深夜近い中コンビニを過ぎ、飲み物を買うかで一度だけ留まった面々の中、足の震え方が一人だけ半端ではない彼に、一同――というより主に悟子が呆れ果てている。
 隻も呆れなかったわけではない。ただ気持ちが分からなくもないだけに、根性無しと言えないのだ。
 隻も翅も、昔は幻術の世界など全く無縁の生活を送っていて、幽霊の話などまったく信じていなかったし、その手の連中をビビり屋扱いしていたのだから。
 だからこそ、改めて思う。
 大変失礼いたしました……!
「しっかしまさか、こんな理由で学校行く事になるなんてな」
「ある意味常套句だろ。学校の怪談を確かめるんだから」
「うへぇ……寄りたくねぇって……黒歴史塗れの学び舎だぜ?」
 隼の苦いものを呑んだような言葉に、翅は視線を逸らしている。どうしたのかと深く問う前に、校門を確かめようと前を見やった傍。響基が目を丸くしている。
「あ、あれ? あの声……ちょ、学校の前に人がいる!」
「あー、まずいっすね。普通の警備員さんだったらアウトっしょ」
「隼いるもんな」
 ただの霊視能力者であって、幻術使いのように衣で姿を隠せない隼はむっとしている。悟子が困ったような顔で目を擦りつつ、響基に頭を撫でられている。
「響基、人数は?」
「三人。二人は男。で、その二人が喧嘩してるというか……片方、隻さ……隻の後輩の伊原さん」
「はあ!? なんでピンポイントに!?」
 沙谷見兄弟が異口同音に叫び、いつきが苛立った声で「煩い」と一言。響基はなんとも言えない顔をしているものだから、思わず隻と隼は走って――
「お前後からでいいだろ!」
「はあ? 後輩のピンチに出て行かないような奴かよおれは!」
「あーあー言ってろチャラ男の又かけ! 散々先公にけしかけてピンチに持ってったのはどっちだ!」
「それとこれとは別、お先!!」
「っざけんなすっこんでろ!!」
 ぎゅん。
 互いに譲らぬスタートダッシュのせいか、後ろの空気が生暖かい様子でゆっくりついてきた。やっと聞こえてきた喧騒は見事にどちらも聞き覚えがあり、夜中でも分かる片方の特徴的な髪型に隻も隼も、同時に緩やかに失速して――
 歩き始めた。
「懲りないなあいつら……」
「馬鹿みてぇ……」
 自分達が。
 伊原の未だにスポーツマン真っ盛りな髪型はともかく、言い争う声のもう片方はと言えば、隻や隼に似たような髪形のようで、前髪の中央辺りが見事に爆発したように跳ね上がっている。見覚えがありすぎて、隼が先に行くと言ったその言葉に任せ、隻は伊原のほうへと歩いていく。

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