第8話「隼、語る」01 
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「――そっかあ。隻さんお疲れー」
「俺しばらくあの人に会いたくない……なんなんだよもうあれ反則だろ……!」
「まあ、そういう存在だからね?」
 翅に生温かい顔をされ、響基にはフォローにもならない慰めを受け。男の性(さが)とでも言うべきだろうか。結局魅了されてばかりだった隻はがっくり膝をついたまま立ち上がれない。
 千理が凛からもらった石を手にとってしげしげと眺めている。石というより、丸薬に近いものらしいというのはいつきが見抜いてくれた。
「しかしよくこんなもの、あいつが手に入れられたな」
「いざという時飲ませて逃げるため、とか考えられますけど」
 それで自分が見えなくなるなら儲けもの。ついでに言うなら、一般人と同じ視界――はっきり言うなら幻術使いとしての力を一時的に失うのだ。飲まされた相手は間違いなく弱体化するだろう。願ったり叶ったりの状態なら、間違いなく凛――エキドナにとっては携帯する理由になるはずだ。
 千理が瓶を小さく振り、「じゃあ誰が飲みます?」と既に飲む事を前提にしている。響基と悟子がぎょっとして固まり、いつきはそっと視線を逸らした。
「遠慮する」
「だよなー。俺は……どっちでもいいや」
「謹んで遠慮します」
「響基……ぼくも、昔から見慣れてる世界が変わるのは……妖精達も困りますし。あと……ぼくの場合はどうなるか、ちょっと」
「あー、ですよね。悟子はさすがに外す気ではいましたけど。じゃあオレか隻さん? あ、隼さんも飲めませんよ。霊視能力には多分効かないと思いますんで」
「え、俺は!?」
「だってアヤカリ困るっしょ。オレあれ出せる自信ないっすよ」
 さらりと言った次の瞬間、翅が思い出したように固まった。そして慌てて「じゃあ千理が飲んだら戦力欠ける!!」と叫んでいるではないか。ご尤もと頷くいつきと響基。隻はジト目で一同を睨んだ。
「結局、俺以外の誰が飲めるって?」
「……ごめんなさい」
 千理と隼以外が見事に視線を逸らした。三人から聞こえる呟きに、隻は重たい溜息。
「いいよ。自分で言い出した事ぐらい責任持つ。どうせ千理は腕の件もあるしまずいだろ。一番弱い奴が飲んだほうが無難だし」
「いや弱くない弱くない。バスケットボール本気で怖い」
「それはお前らだけだろ。ほらよこせ。試すなら早いうちがいいんだろ。上行くぞ」
 さっさと千理から奪い返し、一同が戸惑っているうちに階段へと足を伸ばす。ぎしっと重く響く音の刹那、耳元で何か音が聞こえた気がして目を見開いた。

 いいか――

 それでもすぐ、階段を上る。
 見えなくなる。――違う。元の視界に戻るだけだ。
 別にそれそのものは怖くない。けれど何故だろう。まだいけない°Cがする。
 なんとなくだけれど、止められているような――
「……あ、隻さんちょい待ち。そういえばあの白鴉、隻さんのお使いで出てるんでしょ?」
 隻はぴたりと止まった。
「……あ」
「見えなくなったらまずくないっすか? 代理でオレらが聞いても平気?」
「……あー」
 翅達も生温かい声。隼がふっと笑う。
「後にするか!」
「……忘れてた……」
 次に白尾ノ鴉が帰ってきた時、お詫びをするべきかもしれないと、隻は苦い顔になった。


 ……。
 …………帰ってこない。
 縁側で虫に刺されても待っているというのに、やはり一日二日で情報を掴めるほど、世の中は甘くないという事だろうか。こちらはこちらで調べたい事が山ほどあるし、さっさと終わらせたい事が山積みだというのに。枕投げもついに三日目に突入したが、威力は全く衰えない。千理と響基が翅を相手に応戦し、悟子は被害を食らわないように角のほうで宿題に勤しんでいる。そして枕が飛んで被害に遭って、投げ返して参戦。
 隼も腹を抱えて笑い、たまにばれないように枕を誰かしらに投げては人のせいにして、よくもまあ上手い事逃げおおせているものだ。被害に遭わないよう、蚊取り線香の最前線にて休んでいるいつきは白けた顔。
「こういう時だけ歳の差感じるってどうなんだ……」
「歳の差なんて関係ないだろ、被害食らったら。――悟子、勉強してたのにな」
 全くだと言いたげにいつきが頷いてくれている。緑の丸薬をポケットから取り出し、何気なく手の平で瓶ごと転がした。ころころと、ビー玉を床に転がすような音が響く。
 ふとその音を止めるように、小瓶を軽く包むように指を曲げた。枕投げ戦争の悲鳴は相変わらずなのに、無関係なほど不思議な気持ちになる。
「――驚いた。じじい、俺や親父にも遺してたものあったんだな」
 いつきは少しだけ沈黙し、「そういうもんだろ」と返してきた。
「俺も当主になった時、散々嫌味しか言ってこなかった親父が蔵書全部譲ってきた事があった」
「全部って……うわあ……」
 それはもう、凄いを通り越して唖然とするしかできない。千理達のほうを見やるいつきは、感慨深いような目でそのはしゃぎっぷりを見守っている。
「天理の奴、帰って来てるそうだな」
「――千理だろ、言ったの」
 頷かれた。隻はなんとも言えず、溜息もつき辛い状態で苦い顔になった。
 翅の友人だから、いいのかもしれないが。もしかしたら、天理といつきも知り合いなのかもしれないけれど……内密にしていた多生達の努力が一気に泡になったような気分だ。
「あいつ、ちゃんと生きてるよな?」
「ああ。ただ、魂を半分、体から抜き取られてた反動と……あと、十年間ずっと隔離されてたから、表情とかはまだ、な。――けど、天理に言われたんだ」
 いつきが驚いたようにこちらを見てきた。苦笑いしかできないし、言うのも複雑な話だけれど、隻は肩を竦めた。
「『俺に魂を預かっててもらっててよかった』ってさ」
「お前っ、あいつの魂を宿してたのか!?」
「俺も驚いた。知ったのつい最近だぞ。伏見稲荷神社で一騒動あった時、偶然だけど俺の体に入れられたらしいんだよ。その後から色々と幻術の威力上がったり、雷駆呼び出せたりしたから、納得はいった。おかげで今は雷駆を呼び出そうとしても拒否食らってるけどな」
 いつきが笑い飛ばしてくれる。隻も苛立ちがないわけではないけれど、にやりと笑った。
 逆に安心したのだ。学力低いままのほうが、自分らしいとも思えたし。
「確かに天理が言う通り、お前が預かっててよかったよ。……これならいつでも安心して死ねる」
「それ、千理達の前で下手に言うなよ。いくらいつきでも殴るぞ」
「知ってるからここで言えるんだろ」
 目を見開く隻。いつきはいつもなら見せないほど、穏やかに笑っていて。
 ――ちょっと待った。
 まるでもう、死期が近いみたいに……
 ……千理が我儘を言ったのも、まさか。
「お前には言っておく。――俺はこれから先、いつ死ぬか分からない」
「……余命は」
「とうに過ぎてる。そうだな……丁度山だったのがエキドナと戦ってた時期か」
 言葉が、出てこなかった。
 それはつまり、三年前――
 三年も、余命を超えているなんて。普通はありえない。そんな病気……病気? 誰がそんな言葉を言った?
 隻は一度だけ目を落とし、直ぐに上げた。
「明日、星見に行くぞ。好きなんだろ」
 目を丸くするいつき。根負けしたように笑われ、隻は憮然とした。
「道理で、お前からの礼の品が写真集だったわけだ」
「千理に言えよ、教えたのあいつだぞ」
「お前らは本当に呆れるほど優しいよな」
 どこがだ。どっちが。
 言いかけた言葉を飲み込んで、隻は思わず笑った。
「俺じゃないだろ、それは。――本当に優しいのは、翅達だよ。馬鹿すぎるぐらいなのは千理だけどな」
「ははっ、言えてるな。あいつは正真正銘の馬鹿だ」
 ぎゃあああああああああああああああああああっ。
 枕投げで見事、翅と響基の猛攻撃を、男にとって最高級に痛い場所に投げつけられて悶絶している千理は、布団の上で何度も回転して痛みに泣いている。やってしまった主犯の翅はさっと顔を背けたではないか。
「やっべ、まさか当たるなんて……」
 白々しい。
 思わず笑いが出てきた。いつきの冷めた目は、翅に向けられている。
「……俺が部屋で寝ていた時、千理と天理と、一番上の海理の三人が押しかけてきたんだ」
「煩かっただろ」
「ああ。煩いを通り越してうざかった」
 予想、大的中。
「あの頃にはもう、既に体がこんなんだったからな。完全に荒れてた時期だったんだが……思えばあの三人に会ってなきゃここまで来れなかったよ」
 海理が言ってきたという。あまりにも無礼三昧だったといういつきが、言いかけた言葉を咳に遮られた時。
 大抵の人間はそれを見て心配するか同情するか、嘲笑うかするのに。海理だけは、「言う気があるならいくらでも付き合う」と。
「あの家じゃ、あの時の俺はただの足手纏いだとか役立たずだとか、当主の息子なのかって散々言われた挙句――見下された優しさしかもらってなかった。なのに海理も天理も、正面から言ってきてくれたんだよ」
 家を抜け出したいと言ったいつきに、「じゃあ出て、大人を出し抜いてやればいい」と、天理は煽ったそうだ。
 「こんな生活が嫌なのに、続けて意味がないって思うなら、籠の鳥を辞めればいい」と。
 そして千理は。

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