第6話 03 
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 隻と隼、思わず声が被る。いつもなら互いにいやな顔をしてしまうのに、冷や汗が流れてそれどころではない。
「俺達、互いに互いがじいさん(じじい)から話聞いてるって、ずっと思いこんでたのか?」
 沈黙が流れる。
 綺麗に被った声は一つの単語だけが違ったのに、ぴたりと重なって、サラウンドではなくステレオ音声を聞いているかのようだった。
 翅がああと納得し、遠い顔になる。
「兄弟のあるあるパターンか……じゃあどっちも、お祖父さんの形見とかについてはほとんど知らないのか?」
「隼は?」
「いやだからな? 知ってたらお前らを天井裏に行かせるような事言わな――おっと」
「やっぱりそれが目当てかよ!!」
 うっかりしていたとばかりに口に手を当てる隼に怒鳴れば、いつきが視線をそらした。隼が耳に手をやって聞き流した後、すぐに切り替えてノートを指している。
「じゃあこのノートどうするんだ?」
「何か分からない以上、保留だな。変な呪い関係はなさそうだったし、害はないだろ」
「……ヨシ子さんならなぁ……」
 ぼやく翅に、いつきがもの凄く苦い顔。隻はぽかんとして「あの鯛焼き屋の?」と思わず聞き返す。隼がもの凄く胡散臭いと言いたげな顔をしたのを見て呆れてしまった。
「ラーメン屋台で鯛焼き売り歩いてる人だよ。全国回ってる。その人も俺らの側の人間なんだってさ」
「……なんか胡散臭さマックスだな……ラーメン屋台と鯛焼き、どこに関係あるんだ?」
 今初めて、隼が一般人に見えた。同じ思いは確かに二年ほど前の冬、レーデン家に下手を通り越して壊滅的なチャルメラを吹いてやってきた鯛焼き屋のヨシ子に抱きはしたものの、突っ込まなかった自分の気持ちを今さら代弁されるとは。
 話戻すぞと、いつきが疲れた顔で訂正してくる。
「この手の秘密≠ネら、確かに佐藤なら専門だろうな。あいつは雀だ」
 雀……ああ、工作班の。
 幻生生物に関する情報が一般世間に知られないようにするために、情報を隠蔽したり、逆に逸早く収集したり、場合によっては目撃した一般人らの記憶を操作するなどの、裏社会の代名詞に近い事をしている、幻術使いの組織の一つだ。たまにうっかり漏れてしまった目撃情報のおかげでネッシーだのイエティだのが報道されるが、人数的に仕方のないことだというのは確か……千理から教わったような。
 その工作班の俗語、警察でいう犯人候補の事を黒と呼ぶような感じでつけられたあだ名が雀。どこにでもいるからこそいざという時に知らせられるという意味だったというのは……これも千理から教わったような。
 意外と千理から聞いている範囲が多いことを改めて気づかされ、なんだか微妙な顔になる隻は、ちんぷんかんぷんな顔をしている隼に肩を竦めて「とりあえず専門家だよ」と返しておいた。
 ……ここまで深く教えていいのだろうか。こいつに。
 響基と悟子が降りてきて、見上げた隻はぽかんとした。
「千理は?」
「もの凄く一心不乱に遺品を勝手に漁ってます」
「……あ、そう」
 突っ込む気も失せた悟子の気持ちが痛いほど分かった。翅といつきに至っては「まあそうだろうな」とぼやいている。
「一応あいつもその辺は詳しいだろうし……おーい千理、呪いの関係あった!?」
 のろ!?
「ううんーなさ気ー。アンデッドに関わる呪い系は見当たらないっすよ、普通に誰かが覗いたって呪われるような品は今のところないっすねー」
「っぁ、そうだあいつ対アンデッドか!!」
「うん。元々組織の中じゃそっちが本職だから」
 死してもなお動く者達、アンデッド。それを主に討伐するのが、千理がいるディモナモルスだという事をうっかり忘れていた隻は、いつきの憮然とした「呪いなら俺が先に気づく」という拗ねたような声音に苦笑いしかできない。
 いつきは確か、浄香と同じ五神――統率組織ヴェルタシアの人間だったような。中国の風水で中央を司るとされる神の名をとってあるその中央組織は、有力な家の当主や重要な人物、戦歴を重ねた実力者達で構成されていると聞いた覚えはあるけれど。
 ……確か、千理から前聞いた話では、響基もかつてはそこにいたとかどうとか……改めていつきを見ると、響基が同じ場所にいたなど思えない。
 まだ実力がないだけに、隻自身はまだ組織に加入されてはいないものの、どうしようか未だに悩んでいた事を思い出して苦い顔になった。
 組織関係は冗談抜きで苦手だ。
「ちょーい、隻さんか隼さん来てほしいんすけど!」
「千理煩い壊音波!!」
「えっ、ちょ、ひび兄そこ!? いやもういいや全員でもいいですからとりあえず上がってきてくださいよ面倒なんで!!」
 あいつっ……!
 苛立つ隻に気づかず、少し楽しそうに階段へと走っていく一番乗りの悟子。その様子を見ると、中学生らしいと思わず微笑んでいる翅につられてしまいそうになる。いつきと響基ものんびり向かい(「千理少しは落ち着けばいいのになぁ」、「煩くないあいつがいたら気持ち悪いだろ」、「あ、同感」)、隼と顔を見合わせた隻は、苦い顔のまま上がった。
 全員が着いたと同時、千理が床に広げた布を見て、隻は独り目を丸くする。

 勢いよく開いた扉の奥
 沢山の術師達の屍が、立ったまま呼吸もせず、ただ延々と言葉を吐き出している
 足元に広がる白いチョークで描かれた円陣は、意味が分からずともただただ不気味に映る。最奥に設置された仏像と、円陣を見守るように立ち並ぶ術師達
 雷駆が嘶き、床に描かれた円陣を踏み抜いた瞬間、倒れていく屍達が――

「なんでそれが……!」
「隻さん知ってるんすか?」
 怪訝な顔で見上げられ、戸惑ったその時。ピンと来たように翅が目を鋭くして布に描かれた円陣を見た。
「なるほどな。隻さんと雷駆が壊した方陣、これと似てるんだな」
「へ? ――あ」
 納得した顔をする千理は、ほんの少し表情を曇らせた。すぐに真顔に戻す彼は、考え込んでいるのか唸っている。
「なら余計納得行きませんよ。なんで清水の一件に出てきた方陣が、ただの霊能力者≠フ家で見つかるんすか」
「……隻さん、隼さん。覚えてる限りでお祖父さんの話、聞かせてくれるか?」
 言われ、隻も隼も戸惑いつつ頷いた。
「俺達が産まれた頃には、じじいは頭ぼけてて、俺の事も隼の事も見分けついてなかったんだよ。あと――俺の名前は一切口にしなかった」
 母から、ではない。
 本当は祖父から、隻の名前は出てきていなかった。


「こんにちは、お養父(とう)さん。ご無沙汰してました」
 夏の暑い時でも、冬のからっ風が辛い時でも。
 あの祖父は自分の孫が双子だけだという事も覚えていないのか、来る度に隼の頭を撫でていた。はしゃぐ姿は、いつも隼だけ。
「おじいちゃん」
「隼、よう来たなぁ。ええっと……」
「親父、またボケが進行してないか? 隻だよ、隻。ほら、お前も挨拶しろ?」
 そっぽを向いていた隻は、母の目を盗み見るようにちらりとだけ見上げ、ぼそぼそと礼を言った。それがいつもの事だった。
 祖父は隻の字から、知らないから。
 ――いや、昔は知っていたという。それで両親に対して激しく激怒し、隻と隼、双子が生まれてからしばらくして、隻の名がボケのせいでぽっかり抜け落ちるまで、ずっと。
「そうそう、関だったな。関所の関」
「いや……親父、玄関先で駄弁ってるのもあれだろ。熱中症起こすぞ?」
「ははっ、まだまだ体は若いぞ。どれ、隼。肩車してやろう」
 言われたのは、隻のほうで。
 隻はびくりと体を震わせ、視線をそらして首を振った。
「お父さんがいい」
「そっちの隼は怖がりさんか? ん? よしよし、お前さん達、アイスでも食うか。みんな上がりなさい」
 不思議と、隼、隼と言ってはいても、あの祖父はどちらが本当の隼なのか、見分けていたようにも見えた。
 それなのにずっと呼ぶ名は、隼だけで。
 両親ですら戸惑っていたという。名前を覚えようとしても、独り暮らしのせいですっかり認知症になっていた祖父は、元々人付き合いが少なかったというのだから、仕方ないのだろうけれど。
 一昨年亡くなった祖母と、ずっと昔に亡くなっている曽祖父母(そうそふぼ)の遺影に手を合わせ、仏壇参りをした後。決まってもらうのは、新鮮な野菜や生菓子だった。
 祖父は、肉をあまり好いてはいなかった。魚の肉ならまだしも、牛肉や豚肉、鶏肉はとんと食べない人だったのを、今でも覚えている。
 いつも祖父に引っ付いて回るのは隼のほうで、隻は大人しく隅っこにいて、母に怒られないようにしながら、祖父に声をかけられないよう立ち回るばかりだった。
 祖父が怖いというより、どこか人じゃないように見えていたのは、今思えば祖父が霊視能力者だったせいもあるからかもしれない。
 屋根裏部屋の書斎に行くのだって、隻はほとんど見た事がなかった。双子の父も母も、書斎にだけは行かないようにしていたし、父のほうは、祖父相次郎が実の父であるにもかかわらず、書斎には一度も目を向けようとはしなかった。
 父親としては尊敬していると、祖父が亡くなった侘しい葬儀の際、聞かされたような気もするけれど。
 祖父は決まって、隻と隼が来る時は出迎え、お菓子をくれた後、双子のどちらかを連れて書斎の中を見せてくれた。けれど隻は祖父に捕まらないよう隅っこにいて、隼は反対に祖父にも母にもべったりと甘えていたから、見事に怪しまれる事もなく、ほとんど隼だけが書斎に連れて行ってもらっていたのだ。 ただ、書斎に引っ込んだ二人の姿がない時に限って、母の失望したような溜息や、隼がした悪戯が後になってばれたとばっちりを受けるのは、全部隻だったけれど。
 一度か二度、本当に数回行ったかどうかの書斎は、薄暗いのに変に湿っぽくなかった覚えはある。
 机と、使われてなさそうな桐箪笥。短刀、長太刀がかけられた刀架(とうか)。本棚には色んな小難しいタイトルの本が並び、綺麗な何かの原石や、丸く磨かれた石ころ。貯金箱に、小さな鳥居。いろんなものが置いてあったような気がする。
 その数少ない記憶の中で、祖父が何か言っていたような気がした。
「――、この手帳はな――」
「どうして……?」
「――だけにしか、――さ」
 虫食いだらけの記憶は。
 それこそ消したくてたまらなかった隻の当時を、鮮明に象っていた。

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