第6話 02 
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『坊ちゃんのご勇決、この鴉確かに拝聴賜りましたぞ。喜んでお力添えをさせていただきます』
「……ど、どうも……なあ、だから坊ちゃん呼び止めろよ、呼び捨てでいいから……な?」
『いえいえ、相次郎様の大切なお孫様に呼び捨てなど恐れ多い。それでは行って参ります。皆様、よい夢をご覧くださいませ』
「あ、行ってらーっす?」
 微妙そうな顔をする隻は、鴉の頭を撫でて――飛び去る姿を見送った。
 ……なんだか、妙に嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「隻さんまた幻生に気に入られたよなぁ」
「元からみたいだけどな。鴉、おれと隻の事はやたらと世話焼いてくれてたし」
 ……。どこから突っ込もうか、色々と悩んだけれど。
 蚊に刺されている場所を無意識に掻いて、蚊取り線香が思った以上に効かなかった事に苦い顔をしたまま、蚊帳に入った。
「あっ、なんか今蚊の音したんすけど! ちょっと待って隻さん今入れた!? 入れました!?」
「人のせいにするな叩け!!」
「さーいえっさー!!」
「あの、僕の鳥出せば叩かなくてもいいと思いますけど……」
「分かってないな悟子。それじゃ青春じゃないロマンじゃない!!」
「蚊を叩くどこにロマンがあるの!? ちょっと待った翅落ち着け、暑さにやられてるだろ!?」
「レッツゴー蝿叩き!!」
「……蚊、蝿叩きぐらいすり抜けるだろ。誰か電気つけろよ……」
 暗闇での戦いは、熾烈(しれつ)を極めたのだった。


「いつきー、ちょっとちょっと」
「今度はなんだ鬱陶しい」
「いいからちょっとちょっと」
 仕方がないと、隻と一緒にテレビを見ていたいつきが腰を上げる。ここに来てからというもの、大きく体調を崩す気配がないいつきにほっとしつつ、隻は翅がいる台所の方をひょいと覗き込んで固まった。
 天袋に繋がる階段が、降りている。
 ついでに天井、なんだか綺麗になっている。
「開けてみました」
「お前何やってる」
「だから開けたんだって――あ、やっほー隻さん。隼さんから許可はもらった」
「……馬鹿ハヤブサどこだ!!」
 姿はない。正真正銘逃げ足の速さと鳥の名前をかけられた、隻に命名されたその称号の持ち主は、見事煙もなければ影も形も見当たらないではないか。
 わなわなと震えつつ、ふと気づく。
 悟子、いない。
 響基も、いない。
 よくよく見渡す。千理もいない。
「隼さんさっき、東京タワーとスカイツリーの足元見せてやるって連れてったからなぁ」
「……あいつ……!」
 道理で静かで楽だと思ったら!!
 この無駄に暑い時に苛々させられるのはもううんざりだ。機嫌よく上に上がっていく翅に、いつきが躊躇って……上った。
「アヤカリサンキュー。埃どのぐらいある?」
 アヤカリ掃除機にするなよお前。
『んっとねー。待って、今元の姿戻って表面に押し出すからー。うわ、気持ち悪いくらいあるよ翅!!』
 そりゃそうだよじじいが死んでから十年以上掃除してないからそこ。カビだの埃だの古びた空気だの腐海の森だろそこ。
「よし、明かりよろしくいつき!」
「ったく。光の精霊(ウィル・オ・ウィスプ)」
 いつき、そこまで気になってたのか。その前にお前上がったら倒れるなよ。頼むから。責任取れないから。
 けれど隻もぎしぎしと上で音を立てられるだけというのももどかしい上、気になるわけで。ちらりとテレビに視線を戻し、昼頃の暇をしている主婦向けの番組のつまらなさに、目が据わった。
 ギシ、ギシィ……
『それでですねー、最近流行ってる服買ってみたんですけど。街中で着たらスイカみたいって笑われちゃって』
『どんな服やねん! ストライプが赤と緑か暑苦しいな!?』
 笑い声が、テレビから響いた。番組スタジオに来ている観客からの、お決まりの笑い声が。
 ギシギシ、ギギィ……
『では、次は十分でできるアレンジそうめんのレシピを紹介しまーす! そうめんって美味しいですけど、毎年食べてると飽きが来ちゃいますよねぇ。さっぱりと美味しく、レモンをかけた香ばしいお菓子に大変身! CMの後ご紹介します!』
 番組のイメージソングだろう曲が、流れてきてCMに変わった。
 ギシ……ギィィ……
「……おい、なんか見つかったか? ……おい、翅ー」
「うん! 見つかった!」
「……何が?」
「来たら分かるよ!」
 ……。
 ……ギシ、ギシィ……。
「……具体的には!?」
「来たら分かるよ!」
 ……。ギシィ、ギシッ。
 のそのそと、扇風機を切った。
 途端に咽返るような暑さが襲ってくる。
 苦い顔で天井を見上げた。
 ギシギシ、ギシ……。
「……負けてない。うん、俺負けてないよな。うん」
 足を階段に向けつつ、軋む天井を見上げて立ち止まる。
 ……ギィ……。
 負けてない。
 うん、負けてない。別に見たいとかそんな……思ってはいるけど行ったら負けな気がする。
「隻さん来ないの? 怖いとかそんな」
「あるわけねえだろお前じゃないんだから!!」
 ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ。
 階段を上りきって、薄暗い中に完全に入り込んで。いつきが出した光の圏内が見えてきて、隻ははっと固まった。
「負けた……」
「何が?」
「なんでもねえよ!! で、何があった!? ――あ」
 見渡して、気づいた。
 棚の中には沢山の資料が。その前にはかける刀をなくした刀架(刀を横にかけ、飾りおいた道具)が。奥にはささくれが目立つ竹刀が置かれていたり、ずっと誰も座らなかった机の上には資料らしい本が山積みにされている。
 本棚に雑然と置かれていた貯金箱は、振ると中から欠片ほどの音が乾いて響いた。
「……ここ、じじいの書斎だ」
「覚えてるのか?」
「……一回だけ……来た事ある気がする」
 暗くて見えない天井裏で、祖父は平然とページを捲っていた。文字を読んでは、その机のノートに書き留めていた。
 隼、上がってきたのかい
 苦笑する声が、古びた床の音のように耳に響く。
「……じじい、ここでなんか難しい図形書いてたんだよな……それ、そのノート」
 丁度翅が手を置いていた傍にあったノートを指し、取ってもらってぱらぱらと捲ってみる。捲って、がっくりと項垂れた。
 違うノートだったのだろうか。見事に真っ白だ。……紙そのものは年月の影響で黄ばんでいるから、真っ白とは言いがたいけれど。
 筆跡のないノートを机の開いた場所に置き、他のノートを開いてみる。
 日記、幻生生物の特徴を綴ったもの。子供への手紙。封筒。中には結界を呼び出すための手間を省くために幻術使いが用いる符が、翅といつきが目を丸くするほどに精巧な造りで保管されていた。
「……隻さんのお祖父さん何者?」
「俺が聞きたい……なんなんだ、じじいって……」
 祖母と出会う以前の事は、ほとんど語らなかったという祖父。血の繋がらない曾祖母と曽祖父から、隻達双子の父幸明へと、いくつか話が伝わっているぐらいだという。
 そして隼は、その父以上に、直接祖父からその過去を教わったとも。
 ……どうして。
「……少なくとも、ただの霊視能力者≠カゃなかったんだろうな」
 黙考を経たいつきの見解に、隻は疲れた顔で頷いた。そうでなければ隻自身、ここまで知らなくていいはずの世界に深く関わる必要はなかっただろうから。
「隼が帰ってきたら色々聞いてみるか……あいつならじじいが遺したもの、いくつか知ってるだろ」
 刀の無い刀架も気にはなるけれど。
 印籠といいこの符やノートといい、どうにも奇妙な感覚が拭えなかった。


「たーだい……おー、天井裏行ってきたのかお疲れー。どうだった?」
「どうも何も奇妙なもんばっかりで見当もつかなかった。何か知ってるなら教えろ」
 つやつやとした顔で帰ってきた隼一行。目を据わらせながら隻が仁王立ちで問い詰めたにもかかわらず、千理と響基と悟子が天井裏に続く階段が開いているのを見て目を光らせている。隼が目敏く気づいて「上がってこい上がってこい」なんて言うものだから、千理を筆頭に凄まじい勢いで走っていく少年達の姿を拝む羽目になってしまい、苦い顔になる。
 笑う隼は、すぐに肩を竦めて「おれもよくは知らないぜ?」とすっとぼけたではないか。
「一応言っとくけど、じいさん、おれの名前は覚えてても」
「俺とお前を混同してたぐらいは覚えてるよ、俺も。けどお前、何度かじじいにあそこで教わってなかったか?」
 言われて考え込む隼。いつきがやってきて、隻が気にかけていたノートを見せてきた。
「これ、確かに使われた感じはあったぞ。……けど使われてない=v
「はあ? 何だよ、響基の謎かけの続きか?」
 隼が目を白黒させて尋ねてきて、いつきは渋面を作る。
「謎かけなんて知るか。何度も開いて使われた形跡はあるのに、何も書かれてないなんておかしいだろう。しおりを作るためのものにしてはノートが薄すぎる。他の用途もいくつか考えたが、書く必要のない、使い道も少ないノートを何度も開きなおす必要がどこにある? 何かしかけがあるんじゃないのか」
「……しかけ、ねぇ……けどおれも、じーさんの形見関連じゃあさっぱりだぜ? じいさん、おれの事叱ってくるか、『他人が見えていない世界の話はするな』ぐらいしか言ってこなかったんだぞ。おれより隻のほうがよっぽど聞いてるってばっかり……」
「何言ってんだよ、じじいに呼び出しくらってんのはお前のほうが絶対多いだろ。怒られる以外でも――」
 はたと言葉を途切れさせた隻。翅が天井裏から戻ってきて、千理達の歓声を聞いて一度だけ振り仰ぎ、こちらに目を戻してきた。
「何か分かった?」
「……ちょっと待った」

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