第6話「悟子、叫ぶ」01 
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「――ああ、そうそう。隻さん気づいてなかったみたいだけど、学校でなんか噂流れてたみたいだな」
 はたと、焼肉の争いで醜く暑苦しい状態だった一同がピタリと止まる。焼ける音だけで響基が悶えるのすら諦めた中での発言に、片づけが無事に終わって帰ってきていた千理が肉を大量に獲得しつつぽかんとしている。
「え、噂って? 隻さんこの辺でそんな悪さしてたんすか?」
「中学時代はまあ……隼ほどじゃないけど。先生とタイマン張ったり授業抜け出して学校帰ったりしょっちゅう」
「うん俺には無縁の話だな」
「そっか誰も聞いてないからなー翅」
 じゅうぅぅぅぅぅ。
 翅、突っ伏す。隼はご機嫌な様子で肉を取った。
 翅、顔を上げて悲痛な表情をした。しかし誰も構う事はなかった。
「それで噂って? うぁっちち、いい焼き加減あっつ、火傷!」
「焼きたて食うなら覚悟しろよ。それで噂って?」
「……えっと、ね。怪談?」
 じゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。
 翅がテーブルの下にいそいそと潜り込み始めて悟子に蹴られた。
「行儀悪い!!」
「いやお前もな?」
「あ、す、すみません! ――そ、それで怪談って?」
 下で声にならない悲鳴が上がった。隼が笑いながら肘置きにしている翅から。
「……翅大丈夫? うん生きてるか。なんか学校で、七時半以降に入ったらまずいって言うのが女子から聞こえてきてた」
「肉没収変態」
「ちょっと待って止めて!? ってかなんでこれで変態!?」
「そっか、お前女子の会話を盗み聞くために音に敏感になったんだなぁ」
「違うよ不可抗力だよ!? って、待った、これ男子も会話に混じってたからな!?」
「愛の巣を盗み聞いたのか」
「隼さん食事中です!!」
 いそいそ、いそいそ。
 じゅぅぅぅぅぅぅ、じゅっ、じゅわぁぁぁぁぁぁ。
 隼は黙々と食べている。火傷しながら。
「……話戻していい? 俺健全だけど変態じゃないからね? 学校のプールに云々って言ってたんだけど、どうにも話的に俺達の仕事に関わりそうだなって思ってさ。玄関で靴脱ぐのにもたつきながら聞いてたんだ」
 誰もそこまで言えとは言っていない。
 肉を一通り焼きながら、隻もやっと自分の食にありつきつつ、ふうんと相槌。
「夏の怪談ぐらい普通じゃないのか?」
「……夏に怪談が流行るから俺達忙しくなるんだって……」
 ああ、噂で実態を持つからか。
 千理が苦い顔で頷きつつ、「久々にあったチビらが言ってたんすけどね」と、まるで近所の中年女性が語るかのような前振り。
「最近東京、誘拐事件≠セの性行為犯罪≠セので、パトカー多くなってるらしいんすよ。それで外で長く遊べないって、チビらがオレに遊べってしつこくて」
「お前何してたの」
「片づけしてた」
 全員から白々しいと目で訴えられ、千理はそれでも肉を食う。野菜は、やっとテーブルの下から出てきた翅が一通り取りつつ、響基に振り向く。
「なあ響基。隻さんの先生どうだった?」
「話折るな馬鹿」
「ごめんなさい! いやでもね、怖くないんだけどね!? いや話たんま待ってあげて!?」
「ごめんな翅。それで」
「響基!? うぐっ」
「食事中煩い!!」
 また怒られた。
 響基は固まり、出番を取られたとやや落ち込みつつ。「それで」と続きを言っている。
「昔、深夜の十二時ぴったりに、女子がプールで自殺した事があるんだって。隻さんの中学校」
「――そんなの聞いた事ないぞ」
 隻と隼の声が被った。怪談だからねと頷く響基は、渋面を作っている。
「で、その幽霊が夏になると、適当に誰かをプールに誘い込んで喰らってるって噂があるんだってさ。あともう一つ気になったのが、千理が言っていたのと関係ある気がする。宵の時間、太陽が完全に沈む前ぐらい? ――えっと、太陽が地平線に触れて、完全に入り込むまでの間、雲に隠されてると、隣にいた友達が消えているかもしれないっていう怪談があるんだって」
「……確かに。ちょっと普通の怪談じゃないですね。語られ方が微妙におかしい」
 肉と野菜を挟んで取ったいつきも頷いている。皿に確保した後、腕組みをしているではないか。
「大雑把に見せてるけど、やたらと条件が細かい場所がある。怪談って特徴以外は伝わっていくうちに、省略されすぎて形がほとんど、四角から丸になるものだからな。それに喰われるって単語は具体的すぎるだろ。そう言われたら嘘か本当か、試した時に分かりやすすぎる」
「もう一つおかしい点もありますしね」
 千理も頷いている。肉を大量に口に入れて、租借して飲み込んだ後首を傾げている。
「隣にいた友達が消えているって、後ろの怪談のほう。『どこそこにいたら』っていう残りやすい条件≠ェ、なんで語られてないんすかね。プールの十二時ぴったりっていう表現だって、どこにいたら≠チていう条件が語られてないでしょ。意図的に隠されたか、意図的に作られて広められている愉快犯的犯行が強いと思いますよ」
 ……あれ、万理じゃないよな。
 確かに目の前にいるのは千理なのに、こういう推測は弟顔負けの勢いで鋭く視点を突く千理に、隻は固まった。悟子が同意するように頷き、翅は……またテーブルの下で唸っている。
「プールと宵……気にはなるけど……休暇中だし面倒だなぁ」
「お前な……そういえばエキドナは?」
「うんさっき来て帰った。隻さんがいないうちに」
「は!? 茶出したのかよ!?」
「うんそりゃあね? で、明日また来るって。面白い話持ってくるって」
 止めて!? ちょっと待て止めて!?
 隼が真顔で頷いていた。
「すんげえ綺麗なお姉様だった」
「黙れ色魔」
「で。翅……この手の怪談は多分面倒だとか言ってられない気がするんですけど」
「ですよねーあーしんどい」
 しんどい。面倒の次はしんどい。
 そうかと頷いて、隻は隼に合図した。隼は笑顔で親指を立て、翅の背中に肘を置く。
 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり。
「いぎゃああああああああああああああああああああああ――だっ!!」
「翅煩い!!」
 蹴り出された。


 ただの噂、怪談と思って聞き流していた学生時代を思い出し。隻は苦い顔になる。
 結局天文台は明日行くという形で持ち越されたものの、ケーキの奪い合いは予想通り酷かったし(「二十一歳なんだ二個寄越せ!」、「がめつい!!」)、時折出る怪談の話には翅がケーキを持ったまま部屋の隅に逃げてカタカタと震えながら食べて、悟子に怒られて。
 縁側で涼んでいた隻は、またも勃発している枕投げをみて苦い顔になった。蚊取り線香を近くで炊きつつ、煙が口の中に入って咽る。
『皆様賑やかでございますな。これほど楽しい風景はなんとも久々な事で』
「あ、お帰り。今日いなかったけどどうしたんだ?」
 尾が白い、自称祖父に仕えていた従者の白尾ノ鴉が、隻の近くに寄ってきて蚊取り線香の煙で虫を払っている。頭を下げる白尾ノ鴉は、『神体で休んでおりました』と、神棚の方へと目を向ける。
『私の神体はあの羽根と鴉石でございますからな。鴉石は戦争時、破壊されてしまいましたが、相次郎様が作ってくださったのです』
「……あのじじい、色々やってたんだな」
 『それはもちろん』と頷く白尾ノ鴉。けれどすぐに首を捻り、仏壇を見やった。
『私達化生(けしょう)の者には、特に。けれど人間はほとんどが、相次郎様の力を異質なものとして捉え……悲しい事ですが、奥様にもその事は告げても信じてもらえないまま、お亡くなりになられておりました。本当に信じていなかったかと問われますと、そうではなかったとは思うのですが。奥様もこの家に嫁がれ、風当たりを強くお受けになられておりましたからなぁ』
 体裁的に、そうするしかなかったのだろうか。
 戦後、祖父は職に就く事も少なく、ほぼ遊び人のように見られていたと父から聞いた事があった。確かに引き受ける仕事がなかったわけではないけれど、中々肌に合わず転々としたらしいとも。
 今なら、なんとなく分かる気はする。人と違う世界を見るという事は、それだけ疎外感の中にいるわけだから。
 けれど時代が古ければ考えも古かったその当時では、祖母でさえ味方になる事は難しかったのかもしれない。
 息子の事、家の事。きっと色々考えた結果、不幸な嫁を演じて食べていくしかなかったのだろうとも、考えられるのだ。
 ――というより、そう信じたいだけだけれど。
「……なあ、鴉。あんた、俺達が通ってた中学校知ってるか?」
『ええ、存じ上げておりますとも。毎年坊ちゃん方がお持ちくださっていた通信簿、拝読させていただいておりましたからな』
「おいちょっと待ったなんで!」
『やはや、私めにも孫がおりましたらと、幸せな時間ですぞ。ちょっとぐらいよいではございませんか』
 あの、一と二が羅列された成績表で幸せになられても。
 げっそりする隻に、白尾ノ鴉は頷いてきている。
『先の、紳士が仰られた怪談をお調べになられるので?』
「え? あ、ああ。……一応な。できれば仕事の事は、今は忘れておきたいけど……世話してもらった先生達がまだ、あそこで働いてるんだよ。後輩達がもし危なくなってるなら、見て見ない振りはしたくない」
 白尾ノ鴉が深く頷き、『承知いたしました』と翼を広げている。

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