第5話 02 
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「おや、友達か?」
「はい。俺今京都に行ってて。そっちで知り合った友人です」
 響基が顔を輝かせ、思った以上の反応に隻は顔を若干引きつらせる。
「一応親友……おいその顔どうにかしろよお前っ」
「分かった!」
「……分かってないだろ」
「ははっ、元気いいなあ。いつもこいつがお世話になって。ありがとうな」
「いえいえこちらこそ」
「おいちょっと待て糸先、響基」
 二人から笑われ、隻は苦い顔で「親の会話じゃないだろ」とぶつくさ呟く。糸川に頭を力強く叩かれ、痛みに呻く隻。
「でかくならなかったなぁ結局。俺よりかはでかいか!」
「せっ、一言余計!! なんだよ会いに来たのに結局それか!」
「ははっ、いいだろ今さら改まるな気色悪い! で? 高校受かった後どうなった?」
「あんたそれでも教師か毎度毎度!! バスケ部入って全国行って大学行ったけど中退して、それでもちゃんと仕事してる!!」
「おお、上等上等! で? 大学入った理由は?」
「……教師なりたかった……いだだだだだだだだだ止めろ頭痛い!!」
 力強く撫でられ、千理の気持ちを今さらながらに体験して思わず叫ぶ。職員室のあちらこちらから吹き出す声が聞こえて顔が真っ赤になる。
 公開処刑……!
「そっかそっか。お前がなぁ……でもお前の学力で何の先生になる気だったんだ?」
「国語以外出来が悪いのに今さら聞くかっ」
「そっかそっか。そうだよなぁ。くそうこの教師泣かせの色男になりやがって!」
「だから痛いって何度も言わせんな! いだっ! つぅっ……!」
 軽快に笑いながら背中を叩かれ、思わず蹲る隻。近くにいたらしい男性教師が「先生やりすぎですよ」と苦笑いして止めてくれたものの、糸川は笑いながら「あっはっはやりすぎちゃいましたね」と悪びれる気配がない。響基が隣で笑いを堪え損ねて何度か息を盛大に吹き出している。
 こいつら……っ!
「あれからどうだ? 元気にやれてるか?」
「そりゃ元気だよ……いってぇ……京都でこいつ以外にも親友増えたし、こいつらのおかげで隼との喧嘩も一応終わったし――わっ!?」
 いきなり頭をぐしゃぐしゃと撫でられ、そのまま抱き締められて驚く。
「そっか……よかったなぁ……」
「……糸先加齢臭くせえ。いだだだだだ止めろ!」
「ははっ、加齢臭は余計だ、四十過ぎたらお前も出るんだ諦めろ!」
 笑って頭をまた強引に撫でられ、やっと放されてげっそりとする隻。ポジティブすぎる恩師は嬉しそうな笑みを見せてきて、段々と気恥ずかしくなってそっぽを向く。
「とりあえず先生も元気そうでよかったよ」
「おう、未だに独り身なおかげで食生活は偏ってるけどな。カップラーメン制覇したぞ」
「惣菜食えよ自炊しろよ! どうせまだ部屋汚い理論実行してるんだろあんた!」
「おおー、よく分かったなぁ」
「分かるよ嫌ってぐらいに覚えたよ! ダチに本気で当てはまる奴いて嘆いたよ随分前!!」
「ああ、千理のアパート……」
 響基が遠い顔で呟き、隻も渋面を作って頷いた。
 本気で酷かった。通路以外はうず高く積み上げられた、部屋の中にゴミで作られたまさしく雪の壁状態は。
 そういえば片付けは進んでいるのだろうか。考えたくもないから、どうなっていようが気にしないでいよう。
「それで、こっちにはどのぐらいいる気だ?」
「一週間ぐらい。盆が終わる手前ぐらいに京都に帰るよ。一人体弱い奴がいるから、新幹線で押し競饅頭は危ないと思ってさ」
「そうだなぁ。偉い、よく考えたな。まあこんな口乱暴な奴だが、根は真っ正直だ。仲良くしてやってくれ」
 頭にまた手を置かれ、気恥ずかしさが止まらない隻は「おい」と口先だけで反抗。響基が笑って「はい」と頷いたのを見て、今日はこういう日なのかと諦めが先に走る。
 玄関まで見送ってくれた糸川に、自転車を押しながら、隻は振り返って笑った。
「先生、本当にありがとな。頑張ってくる」
「――おお。俺こそありがとう。後でメアドでも渡すから覚悟してろ」
「それ普通今だろ!? ああもう響基自転車頼む! 糸先赤外線出せ、今出せほら!!」
 急いで戻る隻に、響基も糸川も盛大に笑った。
 中学生達からは、白い目で見られたけれど。


「耳がぁぁぁぁぁぁぁ」
「降ろすか」
「ごめんなさい! でも痛い、マジでキイイイイイイイイイイイインって、ブレーキ音が酷いよ!? 手入れしてないんだろ隼さん!!」
「あいつずぼらだからな。うわ、マジで煩いなこれ」
 キィィィィィィィッ、ギギ。
 二人乗りしているせいもあるのだろうが、それにしたって音が酷い。暑い中自転車をこぐのも一苦労で、途中で自販機で飲み物を買って、後ろで響基が飲んでふと笑っている。
「本当にいい先生だなぁ」
 聞いた隻は目を丸くし、ふと笑んだ。
「すっごい馬鹿みたいな理論の持ち主だけどな」
「それでも、その理論で今の隻さんがあるなら凄くいい事だよ」
 途端に黙る隻に、響基が笑った。再び扱ぎ始めて、角を勢いよく曲がって響基が悲鳴を上げ、笑い飛ばす。
「途中ケーキ屋寄るか!」
「え!? ――ああ、うん。チョコケーキワンホール?」
「当たり! 糸先には写真だけ送ってやろうぜ」
「ははっ、鬼だー!」
 笑いながら道を走り、パトカーに発見されて注意を受け、素直に一度はちゃんと降りた隻達。あまりにも急ブレーキを連発しすぎたのか、響基は足を押さえてついてくる。
 ふと入道雲を見上げ、隻は乾いた笑いが出た。
「千理に連絡するか。あいつ傘持ってってないだろ」
「まだ雨降りそうな音はしてないけどなぁ……夕飯どうする? 隻さん」
「そうだな……って、もう自炊俺担当だし……悟子はハンバーグ好きだろ? 響基はこんにゃくで……千理はもずくだのかぼすだの酸っぱい系で、翅は野菜だっけか。……いつきは?」
「あー、特にこだわりなかったと思うけど。なんせ好き嫌い言える体じゃないし」
 確かにと思いつつ、それならと考え――ふと思い至るもの。
「焼肉するか」
「お、行く?」
「ああ。驕る」
「ご馳走様でーす!」
 笑いながらの声に、「それと」と隻も笑いながら付け足す。
「もうさん付けしなくていいよ。翅達にも言う気だけど――なんか落ち着かないんだよな」
 響基がまたも、目をきらきらと輝かせている。
 ……俺、もしかして脱水症状起こしてるか?
「じゃあお言葉に甘えてそうする。隻さんで慣れちゃったから暫くはどうにもならないかもしれないけど。だからバスケットボールは勘弁して」
「っち」
「あれやる気満々!?」
 言葉の割に嬉しそうなままの顔に、思わずつられて笑ってしまう。
 ――これてよかった。本当に。
 こんなにも嬉しい事が続いて、わいわいと気楽に騒げて。
 まだこんな夏が一週間も続くと思うと疲れが心配だけれど、この際気にしてなるものか。
「今日は焼肉で――明日の朝はパンにするか。絶対皆腹重たいだろ」
「うんうん。昼は冷やし中華?」
「だなぁ。暑いし……流しそうめんって手もあるけど」
「え、あるの!?」
「昔あの狭い庭で隼と取り合ったぐらいには」
「ははっ、翅と千理と隼さんで三つ巴できそうだ」
 隻は思わず吹き出し、笑い飛ばした。
 確かに三人で箸をぶつけて騒いでいる姿が、一瞬で想像できてしまった。
 ついでにあと十日ほど早い翅の誕生日祝いのケーキの分割でもめる図も、綺麗にできてしまった気がする隻であった。

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