第17話 04
[ 37/39 ]

 頭の中で、いくつも、いくつも――
「ぁ……っ」
「けどまあ、よぉく分かったぜ。君達の事もな」
 突き付けられた指が、自分と、弘輝を指す。
「俺が魅せる幻は二種類ある。一つは俺自身が望んで作り出した、俺に都合のいい幻」
 もう一つは。
 二つ立てられた指が、男の目を挟むように立てられて。
「俺が幻を見せたい相手が望んだ幻だ。楽しかったかい、Lady?」
 膝が、落ちた。
 顔から血の気が退き切った少女へと、男が優しく笑んで――彩歌の手を取り、口づけをする。弘輝の周辺で燃える火が勢いを大きく増した。
「離れろっち言っとろうが――!」
 雷が落ちる。
 目を丸くする男と弘輝。雷が落ちた真下に、まだあどけない男の子の引きつった顔。
「あ……あ……ああ……ぁ……っ……ぁあ……!」
「――Whew. What a surprise! I never dreamed, I come across that, now(驚いたな。まさか今出くわすなんて)」
「――! あや逃げりい、危なか!」
「――――――――――――――――――――――――!」
 ドンッ
 一瞬にして落ちた雷の音は、バリバリという酷い音ではなく、地響きが一瞬で起こったかのような重たい衝撃だった。
 とっさに避けようと走った弘輝にも当たったのか、目を瞬かせ、目が慣れてくると同時に彩歌はひゅっと息を呑む。
「弘輝さん!」
「おっと、近づかないほうがいいのは同感だ。こいつはかなりのBig monster……近づいてもいい事はないぜ」
 弘輝は――いた。息を切らし、顔を真っ青に男の子を睨んでいる。先ほど弘輝がいたはずの、かなり離れた場所に落ちた雷に、男の子は気が動転しているようだ。
「きさんなんば――」
「こ、弘輝さん待って! この子――」
 ドンッ
 太鼓を力強く打ち抜くような音が、体を揺さぶる。男の子に落ちた雷に、彩歌は目を見開いた。
 雷が落ちても落ちても、男の子は震えながら自分達を見てくるだけだ。
 弘輝が炎を作り出した。彩歌の手が震える。
「あやには手出させんぞ……さっさとここから出ていかんか!」


 あっち行け、どうせ田舎だって馬鹿にしてんだろ!

 あやちゃんもあいつの味方なんだろどうせ! あっち行け! あっちで遊ぼうぜー

 でーてーけ、でーてーけ!


 雷の司子か? ……そうやんなあ。けどちっと分かるかも
 オレも怖くて逃げてきたけん


「――!」
 唇が、きゅっと結ばれる。
 男の子が顔を真っ青に俯く中、彩歌は青年の手を払いのけた。
「何する気だ? Lady! そいつ危険だぜ!」
「どこが? 何が!?」
 周りも、霞んでよく見えない。
 振り返って言い返した彩歌は、青年の顔もよく見えなかった。瞬きして、目をこすって、やっと弘輝の顔が見えて――
 恐怖に引きつる男の子の顔も、しっかりと見える。
 駆け寄ろうとして、堪えて。ゆっくり歩み寄る彩歌に、男の子はびくりと体を震わせて後ずさる。
「大丈夫だよ。何もしないよ」
「あや! 離れりい!」
「だめ! この子だって弘輝さん達と同じだよ!?」
 目を見開く弘輝。彩歌は弘輝をしっかりと見やって、罪悪感が胸を締め付ける。

 あんたが今やってるのは、相手の優しさにつけこんで一緒にいるだけの、偽善者なの

 りんちゃんが正しいって、分かるよ。
 でも――やっぱり……
 男の子へと、しゃがみこんで目線を合わせる。
 距離は、ちっとも変わってくれない。
「怖かったよね。急に雷が、いっぱい鳴っちゃって。勝手にいっぱい落ちちゃうし、皆から怖がられて、怖かったよね」
 弘輝がはっとした。男の子は怯えた顔のまま、彩歌から目を離せていない。
「一人ぼっちで、皆から逃げて、怖かったよね」
 男の子の強張った顔が、固まった。
「辛かったよね。『あの子危ない』って、皆に遠ざけられて。きつかったよね」
 揺らぐ目が、だんだんと潤いを増していく。
 ゆっくり、ゆっくりと。手を伸ばす。怖がって下がろうとする手を、優しく包み込んで――
 静電気が彩歌と男の子の間を、駆け抜けた。
 痛みに顔を強張らせかけて、なんとか耐えた彩歌を、男の子は恐怖で見開いた目で見下ろしてくる。彩歌はへにゃりと笑って見せた。
「大丈夫」
 引きつりきった、顔へと。
「ね。もう大丈夫だよ。ほら」
 優しく、男の子の手を持ち上げて。
 男の子の腕が強張りきっているその震えを、優しく撫でて、解すように。
「触れてるよ。怖くない」
 瞳が、大きく見開かれる。
「キミも、あたしも、弘輝さんも。あの人も。違いなんてないんだよ。みんな一緒だよ」
 人と違うなんて、きっとそれは当たり前で。皆違っているのなら、その違いを取り除けば皆、一緒だ。
 大きさは違う。けれど誰にでも、恐怖はある。
 過去は違う。けれど皆必ず、人との違いに悩む日がある。
 なら、一緒だ。
 彩歌は男の子にゆっくりと手を回して、抱き締めた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
 男の子の体が、震えだした。
 震えて、震えて。しゃくり上げて――
 彩歌の肩に、幾つもの涙が温かさと冷たさを、もたらした。
 その雫が、心の中の怯えを溶かしてくれるように、抱き締めて。
「whew……大したもんだぜ」
 口笛を吹き鳴らす青年。弘輝はいつの間にか火が消えた手の平を見つめ、ゆっくりと下ろした。そんな彼へと、蒼い目が向けられる。
「だからかい? 君達が彼女を守ってたのは」
「……守っとったんじゃなか」
「What?」
 聞き返されても、弘輝は静かに吐息を溢すだけ。
 手の平に残った熱を払うように振って、彩歌の隣にしゃがみこむ。
 男の子が、彩歌の腕の中で怯えた姿に、顔が少しだけくしゃりと歪んだ。
 そっと、彩歌ほどではないけれど、男の子の頭に乗せて髪を乱すように撫でるしか、できなくて。


 ……オレの力、見たっちゃろ。これな、高校入った頃急にできるようになったっちゃん。それまで普通に暮らしとったばってん、近所のおいちゃんに見られてそのまま逃げて来た

 なんで?

 バケモン。そう言われた


「辛かったっちゃんな。お前も」
 彩歌がふわりと微笑んでくれた。男の子の顔が、髪よりもぐしゃぐしゃになっていても。
 気に留める様子もなく彩歌に抱きつく男の子に、弘輝は声が出なくなる。


 犯罪者だったら、怖いけど……人怖がる必要なんて、ないよ?


 守っていたんじゃない。改めて、思うものがある。
 彩歌の頭も撫でて、思わず笑みがこぼれてしまう弘輝は、僅かに目を落としてしまっていた。
「叶わんなあ」
「え? 何が?」
「なんでもなか。ほら風邪引くぞ、一回おっちゃんとこ戻りい。あと、きさんも来い」
「What!? 何言っ、俺もか!?」
「当たり前やろうが、下手に逃げようっちするとやったらくらすぞ」
 横暴だと英語で呟かれた。弘輝は「脱獄犯がなんば言いよっとか」と返すと、青年はそれっきり黙ってしまう。
 彩歌が男の子の手を引いていて、空いた手に、思わず手を伸ばそうとして――手を下ろす。
 けれど彼女は、きょとんとして自分の手を握って、笑ってくれた。
 顔が、勝手に笑ってしまう。


 ひ、ひっどーい! あたし鈍くないよ、痛い時ちゃんと分かるよ!?

 い、いいんだよ! 完璧なんてロボットでもできないんだもん、だから完璧じゃなくていいんだよ!

 ……その、帰るの、怖くないのかな、って


「――あや」
「ふえ? あ」
 頭を撫でる。空いた手で、まだ少し、熱が残った手で。
「ありがとな」
 きょとんとした顔に、思わず、笑みが零れてしまう。
 嬉しそうに笑う顔に、心に温かさが、流れ込んでくる。
 守っとったんじゃなか
 ――守られとったとは、オレのほうっちゃけん。


[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -