第16話 02
[ 33/39 ]

「どうしたらいいのかなあ……」
「どうするも何も、一先ず言えるのは、あんたは山に近づかない事ね」
「ええっ!? なんで!?」
 彩歌の声に、弘輝が思い出したような顔になったではないか。トルストも手の平に拳を置いている。
「Yes. 人目につかない、山だから、ですか?」
「ええ。どこぞの誰かさん達も覚えがある通りよ」
「そげん言い方せんだっちゃよかろうもん……けど、りんの言う通りやんな」
 啓司も「だな」と頷き、弘輝からしらっとした目で「けーじもりんもぞ」と釘を刺されたではないか。むっとする幼馴染の隣、理真里は全く気にした様子がない。
「当たり前でしょ。わざわざ首を突っ込んでパソコンが壊れたらどうしてくれるのよ」
「そっちかよ!」
「じゃあまあ、その雷の子に関しては保留という形で行くのかい?」
「誰がそう言ったのよおじ様」
「……おっちゃん泣きそうです。だがな、今回ばかりは首を突っ込めそうにないぞ。ヒステリックになってるんだろう、その子は」
 テュシアが頷いた。トルストは不平そうに、英語で何か呟いている。弘輝がやや眉をしかめる中、綾歌はほんの少しだけ俯き、窓の外へと目をやる。
 また雲が近づいている。夕立の時間には早いけれど――。
 理真理が腕時計で時間を確認し、腰を上げたではないか。
「それじゃあ、私は塾があるから。いい、絶対首突っ込んじゃだめよ」
「え、あ……うー……」
 煮え切らない返事であっても、理真里は許してくれそうもなく。
 啓司も家の手伝いを考えたのだろう。席を立って――テラスのほうへと目を眇めたではないか。
「親父、客」
「ん? おお、分かった」
 城条がいそいそとカウンターに戻る。しかしテュシアとトルストはすぐにカウンターテーブルの向こうから戻ってきたではないか。目を丸くする綾歌はしかし、理真里が怪訝な顔で客を見たのにはっとする。
「りんちゃん待って、外危ないんだよきっと!」
「馬鹿、分かってるわよ――」
 バチィッ!
 勢いよくはじける電流の音に、理真里が目を丸くしてパソコンへと目をやった。途端に外にいる少年が顔を引き攣らせたのが、夕闇の中でもくっきりと分かる。城条がすぐにパソコンの前に立った。
「ちょっ、おじさま!?」
「カメラ機能あるんだろうが、今は使うなよ。あやちゃん、けー坊も奥に避難するんだ」
「あ、う、うん――!」
 稲妻が、輝いた。
 目の前の少年に落ちた稲光に、ひゅっと息を飲んでしまう彩歌と理真里。眩しさに啓司が呻く中、弘輝は眩んだ目であってもしっかりと相手を睨みつけている。
「雷鳴……! なしてここが分かったんか」
「We did followed?」
「それはないわ。そもそも逃げたのは彼のほうよ」
 近くでがやがやと人の声がする。雷の音で顔を覗かせたのだろうか。少年がびくりと体を震わせ、逃げ出したのを見て彩歌は目を丸くする。
「ど、どうしちゃったんだろ?」
「――偶然ここを通り過ぎたら、鉢合わせしたのかもしれないな」
 僅かに手を持ち上げていた城条が、ゆっくりと手を下していく。さすがに四十代でも緊張が走ったのだろう。冷汗を拭うように額に手を当て、苦笑している。弘輝が不思議そうな顔をしていたが、啓司がちらりと外に視線をやり、理真里へと振り返った。
「塾、間に合うか?」
「え? あ……いいわよ、今の雷で様子を見てた事にするから」
 じっと、手の湿り気を確認する理真里。彩歌は不安そうに弘輝を見上げ、頭を撫でられた。
 なんだか、弘輝の手が凄く温かかった。
「こー坊、あやちゃんを送ってやれるかい?」
「おう、任しときい。けーじはりんのほう頼むな。あいつと会っても気づかんふりして、遠回りばしてでもやり過ごすんぞ」
 言われずともと言いたげに手を上げる啓司に、理真里がそっぽを向く。
 ほんの少し、悔しげだった。


「おー、見事に人っ子一人おらんなあ」
 毎度の事だけれど、夜街灯が少ないおかげで、この地域はとても閑散としている。
 彩歌は笑って頷きつつ、不安そうに道の奥へと目をやった。
「あの子、すっごい怯えてたね」
「雷の司子か? ……そうやんなあ。けどちっと分かるかも」
「え?」
 苦笑いする彼に、彩歌はぽかんとしてしまう。星空を見上げて、弘輝は目を眇めた。
「オレも怖くて逃げてきたけん」
「あ……」
 故郷の事を、思い出したのだろうか。自転車を押してくれる弘輝の手が、ぎこちなくハンドルを握り直している。
「ばってん、な。もう逃げてばっかじゃおれんっちゃん。あいつもそういう時が来るっちゃろうけど……そういう意味では水想も風唄も大人っちゃろうな」
「えっと……?」
「……自分が力持っとう事も、戦いたいって思いも、オレらは共通しとろう?」
 苦笑する弘輝に、迷いがちに頷くしかできない。
「けど、水想は自分の力ば抑え込んで、追いかけてくる人以外には力ば振るわんかった。風唄は戦い以外には使っとらんかった。……自分の立場ば受け入れてきちんとやれとうとに、オレまだ迷っとうと」
「でも、弘輝さんだって、人に怪我をさせるような使い方しないって、きちんと決めてるよ?」
 目を丸くする弘輝は、やがて前へと視線を戻したではないか。彩歌は不安げに見上げてしまう。
 少しして、こそばゆそうに笑う彼に、逆に彩歌のほうが驚いてしまった。
「そうやんな……完璧やなかばってん」
「い、いいんだよ! 完璧なんてロボットでもできないんだもん、だから完璧じゃなくていいんだよ!」
 途端に、大笑いされてしまった。
 また優しく頭を撫でられ、焦ってしまうのに。弘輝は一人で頷いている。
「うっし決めた。金溜まったら福岡戻る」
「えっ……? か、帰るの?」
「おう。ばってん二日もおらんやろうなあ。すぐ戻ってこんと、店が回らん気するし」
 渋面を作っている従業員。しばし一人で笑った後、不思議そうに彩歌へと目を落としてぽかんとしている。
「どげんしたん、ぼーっとしくさって」
「……えっ、え? だ、大丈夫。えっと……でも、大丈夫?」
「は? なんが?」
「だ、だから……その、帰るの、怖くないのかな、って」
 弘輝が苦笑した。
「怖(こわ)か。けど怖がってばっかりもおれんけん。お土産なんがよか?」
「え、ええ!?」
 お土産の話を振られて驚いた彩歌は、笑い飛ばす弘輝にとんでもない提案をしてしまったという。

[*prev] [next#]
[表紙目次]
back to top
しおりを挟む
しおりを見る
Copyright (c) 2020 *そらふで書店。* all right reserved.

  
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -