第16話「変わる日々」01
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「See you! 明日も、来てください!」
「うん、またねルト君! おじちゃんもテュシアさんも風邪引いちゃダメだよーっ」
「ははっ、はいはい。気をつけてな」
 理真里と啓司が先に帰ってしまっていた。彩歌は自転車を引きながら手を振り、弘輝にぐらつきかけた自転車を慌てて支えられ、謝る。
 こんな日常だって、つい笑みがこぼれてしまうけれど。
 笑い疲れたはずの弘輝ですら、こんな些細な事でまた笑ってしまうくらい、今日は栓が抜けたようだ。それでもすぐ、困ったような笑いになってしまっている。
「あー……ったく、風唄もりんも……そげんつもりじゃなかとばってん」
「なんの話?」
「……なんでもなか。そうやん。あや達いつから三人一緒におると?」
 言われてみれば、弘輝にはまだ話していなかったような。彩歌はしばし夜空を見上げ、一つ頷いた。
「うんとね、けーじとは多分十三年?」
「じゅっ!? そげんちっさい時からなん!?」
「うん。家が割と近所なの。うちを建てる時に……けーじのおとーさんの事務所にお世話になったって、おかーさん達から聞いたよ。おとーさんとけーじのおとーさんが仲よかったの」
「へ、へえ……じゃありんは?」
「りんちゃんはね――幼稚園の年長さんになる前だったかな? 埼玉から引っ越してきて……あ、そうだ! その時にね、三人で遊んでて、かくれんぼして、財布なくしておじちゃんに見つけてもらったんだ!」
 それまで驚いた様子で聞いていた弘輝が、段々と生暖かい顔になっていった。
「……そっか。おっちゃんそげん昔からあやに泣かされてきとうっちゃな」
「ええっ!? ご、ごめんなさい……」
「よかっちゃなか? 本人が気にしとらんっぽいけん」
 笑う声が、なんだかくすぐったい。
「でもね、一回だけけーじとは仲悪かった事あったよ?」
「そうと? ずっと三人仲よかごた見えるっちゃけど」
 彩歌はふと、弘輝の困ったような笑みが写っている事に気付いてしまった。
 ――言ってもいいかなとは、思うけれど。
「あたしは全然覚えてないし……気にしてもなかったんだけど、あたしとりんちゃん、いじめられてたらしくて」
 ぴたりと、弘輝の足が止まった。
 慌てて振り返り、「けーじじゃないよ?」とは付け足した。はっとして追い付いてくる弘輝は瞳を揺らしつつも頷いてくる。
「す、すまん」
「ううん、あたしが勝手に話しちゃってるんだし。ただ、けーじがあたしの事でりんちゃんの代わりにつきあってくれてるの、そういう事なんだろうって、おじちゃんが言ってたんだ。――けーじ、あたし達をいじめてたっていう子達と仲よかったから」
 「よく分からないんだけどね」と困ったように笑うも、弘輝はやるせなさそうに俯いている。
「でも、おじちゃんがけーじ怒ってから――あ、けーじのおとーさんね? それからはずっと仲いいんだよ? あたし達はもう気にしてないの。ただ……」
 なんだか、申し訳ない。
 苦笑する彩歌に、弘輝は複雑そうだ。
「けーじは気にしてるのかなあ。あたしのわがままに付き合ってくれてるのも、前の事が引っかかってるみたいで」
「――そげんとだけじゃなかごた見えたっちゃけど、なあ」
 複雑そうなその笑みに、彩歌はきょとんとした。そんな彼女の頭に乗せられる弘輝の手は、やはり大きい。
「ばってんよかったな。仲直りできてから」
「うん! けーじとりんちゃん早くカップルにならないかなあ――」
 また弘輝の足が止まった。
 不思議そうに振り返った彩歌は、彼が見事に荷物を落としているのを見てぽかんとする。
「あれ、気づいてなかったの?」
「気づいとったに決まっとろうもん! そうじゃなっ、なんであやが気づいとるん!?」
「ええっ!? なんで気づいてちゃダメなの!?」
「鈍かろうもんが元が!!」
「ひ、ひっどーい! あたし鈍くないよ、痛い時ちゃんと分かるよ!?」
「やけん鈍いっち言いよろうもんが! いやそげんとじゃなくて……あ―――――〜〜〜〜〜……!」
 頭を抱えて唸り始める青年。困惑する彩歌に、やがて弘輝は仕方がなさそうに笑ってくる。
「うん、よか」
「え……? な、何が?」
「こっちの話ばい。気にせんでよか。つか、気にしたところで彩歌分からんけん」
 荷物を手に立ち上がった彼に、彩歌はショックを受けた顔。
 やがて膨らむ頬は、拗ねる目は、さっさと歩き出した青年に向けられて。
「絶対分かるようになるもん! 数学だってちゃんと分かってきたんだからできるよ!」
 ぶはっ
 弘輝の噴き出した背中は、盛大に笑い始めたという。


「結局雷の司子の足取りは追えなかったわ。悔しい……!」
「りんちゃん、それ十回目……」
 理真里が咥えていたストローに、強烈な圧力が加えられた。噛み千切れるのではないかと思うほどぎりぎりと歯を食いしばる理真里に、弘輝はそそくさと逃げを取り、トルストは目を丸くしている始末。
「O…Oh…Lady、怖い、です」
「何か言った?」
「No, Nothing! I didn’t speaking!」
 冷や汗もだらだらに甲高く否定するトルスト。テュシアが呆れたような溜息をついた。
「煩い……」
「テュ、テュシア、さん?」
 彩歌、恐る恐る声をかける。テュシアは静かに彩歌を一瞥した後、すぐに弘輝へと目を向けたではないか。
「雷鳴の影子(かげのこ)との接触は避けるべきよ」
「……深く聞かんかったばってん、昨日何があったん?」
「I looked emotional instability him」
 トルストが捲くし立て、彩歌の困惑した顔に思い出した顔をする。
「Sorry. ――とっても、とっても不安定、に、見えました。戦う様子、違います。泣いて、叫んで、怯えて、います」
「それただの不安定じゃなかばい。錯乱しとらん……?」
 眉を潜めるのは弘輝だけではない。城条が苦い顔になっているではないか。
「じゃあ昨日の落雷もそれが原因だったのか……しかし、よりにもよって雷の司子とやらが情緒不安定というのは、厄介だなあ」
「どうして?」
「ちょっと考えてみなさい。何かでパニックを起こして落雷を発生させてみなさいよ。雷はただでさえ音が派手でばれやすいでしょ。万が一、人や物に当たったら最悪だわ」
 思わず身震いしてしまう。誰かに被害が行くなんて、考えた事もなかった。
「じゃあ、早く見つけて大丈夫だよって言ってあげないと」
「甘いわね」
 理真里の切り込みに、彩歌はうっと言葉に詰まった。理真里は苦い顔で貧乏揺すりをしている始末。
「錯乱している人間を落ち着かせるなんて、よほど親しい人間でもない限り失敗する確立のほうが高いわ。何が地雷ワードか分かったものじゃないでしょ」
「そこっちゃんなあ……しかも話し合いの場に持ってこうって考えたっちゃ」
「錯乱が続いていれば所構わず雷を打つ雰囲気だったわ」
 やろ? 弘輝が弱った声でテュシアに尋ねるも、彼女は黙り込んでしまっている。
「そうなったらオレら司子(つかさどりご)でもないと抑え切れんやん?」
「But. 彼、僕らが近づく、錯乱、します」
「二進(にっち)も三進(さっち)も行かんなあ」
 城条が腕を組んで唸った。トルストが頷き、テュシアは城条を見やった。
「雷を放たれても、被害を防げる司子が近づいたほうが無難だけれど」
「――って、まさか俺に説得させる気かい?」
「おっちゃん司子じゃなかとに、危なかばい」
「でもあやよりは確実なのよね……」
「りんちゃぁぁぁん……」
 頼りない声が漏れてしまう。城条はといえば暫く沈黙して、やっと頷く。
「俺も無理だな。下手な事しか言える自信がない」
「駄目やんそれ」
「駄目な大人に成長してしまったからなー。言わせるなーこー坊」
 自分で言って自分で沈む四十代。フォローを入れようとしたのか、口を開いたトルストだが、城条が頭を撫でて黙らせてしまった。彩歌はむぅと頬を膨らませる。

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