第15話 02
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 異口同音気味に遮られ、ぴったり動かなくなった青年。その後の強張った笑みのまま、パスポートをひらひら振っている。
「Oh…信用ないな」
「自分から手の内を明かす時点で愚か者よ」
「……中々手厳しいLadyだよ」
「現実の厳しさに比べれば、まだまだ軽いわ。それとあなた、アメリカ国民ね。偽装パスポートならすぐに調べがつくわ。アメリカ大使館にお連れしてあげるわよ」
「それは困るね。何せ他の前科がいっぱい――」
「無銭飲食とか?」
「偽装紙幣での支払いとか」
「窃盗もありそうやんな」
「ええ、そもそも彼、刑務所に放り込まれたって自力で脱出していても不思議じゃないわ」
 青年、ついに明後日の方角を向いてしまったではないか。
「明日の朝日は見れないな」
「さては、全部前科だったんだな」
「予想だけでComplete。敵わないな」
「まさか学歴偽装までやっとらんかろうな」
 鋭い目の弘輝に、青年はぎょっとして後ずさった。
「待てよ、確かにやったけど!」
「堂々やった言うこっちゃなかろうが!! どげん根性と口で飄々抜かせれるんか言ってみい!!」
 掴みかからんばかりの声音に、慌てた青年が「Wait, Please wait!」と必死に叫んでいる始末。彩歌、冷めた目でコーラを探す啓司へと視線をやった。
「弘輝さんとりんちゃん、珍しいね」
「学歴命だしな、どっちも」
 開封済みのペットボトルが、飲み干されたと同時にぐしゃりと潰された。彩歌は身震いして弘輝達へと目を戻す。
 ……確かに、学業に関してだけは同じ考えのようだけれど。
「どげんだっちゃ不法入国に無銭飲食までしとうとやったらサツに突き出さずにどこに出すんか! 大概にせえ!」
「け、けど不法入国なんて司子はみんなやってるぜ!? ――まさか、君はやってないっていうのか?」
 ひくっ。
 目を剥く青年に、弘輝の頬がついに動いた。
「なして日本人が日本に不法入国せんといかんとか言うてみい―――――――!!」
 特に示し合わせたわけでもないはずなのに。
 城条と啓司が、弘輝から怯える青年をかばう羽目になっていたのだった。


「Ah…それで、その人、どうなった、ですか?」
 生暖かい声のトルストに、理真里が真顔でパスタをフォークに巻きつけながら肩を竦めた。
「煩かったから交番に届けたわよ。実際近くの店で無銭飲食済みだったらしいから」
「そんなにうるさい人、だったのですか?」
「何言ってるのよ、彼に決まってるじゃないの」
 理真里の冷めた視線が射抜く先は、やはり弘輝で。彩歌は力なく笑いつつ、そそくさとジュースを飲んだ。
 弘輝は未だにおかんむりなままだ。
 トルストとテュシアの話によれば、雷の司子の姿は一瞬しか目撃できなかったという。パニックを起こしたように泣き喚き、司子であるトルスト達を見るなり悲鳴を上げて逃げていったのだとか。
 その際、あちこちの送電線に雷が落ちたようにも見えたというテュシアの報告に肝を冷やしたのは弘輝で。けれど理真里が確認したところ、停電に至るような落雷にはなっていなかったという。
 改めて日本の技術に脱帽した。
 テュシアは冷めた目で理真里の紅茶を注ぎつつ、弘輝へはコーヒーを渡しているではないか。
「すまん」
「別に。あなた馬鹿ね」
「あ!?」
「不法入国なら私達もそうでしょう。突き出すのが彼だけだなんて、おかしい話と思わないの」
 もう湯は沸点から遠ざかっているはずなのに、コーヒーがぼこぼこと気泡を上げているではないか。啓司が彼の頭をどつき、むっとした弘輝は渋々力を使うのを止めた。
「……事情があるとは仕方なかとは思っとう。やけん水想と風唄の時はそげん思わんかったっちゃん。ばってんあいつ……」
 それっきり黙ってしまう九州男児。完全にご機嫌斜めで、彩歌はこっそり視線を向けた。
 なんだか、悔しそうにも映る。城条が彼の頭を軽く叩いて宥めつつ苦笑している。
「司子が違法な事するの、当然みたいに言ってたからなあ。こー坊はそれが許せなかったんだろうさ」
 城条の手が乗ったまま俯いた弘輝は、やがてわずかにだけ頷いていた。トルストは肩を竦めているけれど。
「ですが、それは仕方ない、です。司子、違う人も、違法します」
「……ばってん、それで司子がしてよかとは誰も決めとらん」
「――やっぱりあなた変だわ」
 理真里から紅茶の礼を言われたテュシアの一言に、一瞬弘輝の目つきが変わりかけた。しかし彼はすぐにそっぽを向いたではないか。
「やっぱり変」
「挑発しとるんか」
「事実を述べたまでよ。いつからそこまで抑制が効くようになったの」
 一瞬耳を疑うように固まった弘輝は、すぐにテュシアへと目を向けているではないか。
「なん……そうと?」
「気づいていなかったの。あなた、随分と私達の言葉に左右されなくなっている」
 目を見開く弘輝。トルストがはっとし、シチューを口に運ぶ手を休めた。
「Yes…yes! 言われてみれば、そうです! アヤカの言葉以外、反応過剰じゃない、です!」
「かっ、風唄なんば言い出すとか!!」
「……Sorry. アヤカに関する事、以外、でした」
 やれやれと肩を竦める男の子。途端に拳骨を食らい、舌も噛んだのだろう。頭と口両方を押さえて泣いている。
 目をぱちくりさせ、彩歌は戸惑うばかりだ。
「ど、どうしてあたし……?」
 啓司、今まで何も言わなかったのに、箸を置いてわざわざ弘輝の傍に寄った。
 情けをかけるような叩かれ方にショックを受けたのは弘輝ただ一人である。
「元気出せ」
「……なっ……! そ、そげんとじゃなか……おっちゃん!」
 城条が苦笑しながら、彩歌用のグラタンを作りつつ生暖かい目を向ける。
「いい加減自覚しろーこー坊。苦労するぞ」
「おっちゃん!?」
「周りがこれっだけ分かってるのに、分かってないのは当事者(あんたたち)だけ」
 理真里のさっくりと刺すとどめに、ついに弘輝の心が砕かれた。
 ――ように見える、空腹でグラタン待ちの彩歌である。

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