第15話「春風吹く泉」01
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「まあじっとしててもあれだ。少しぐらい会話してもいいんじゃないか?」
「なんであんな気色悪く笑ってたんだ」
「けっ!? そげん気色悪かったとか!?」
 まあまあ?
 あっさり返す啓司に、ついに弘輝が項垂れた。理真里も生温かい顔で頷いている。
「まっさかあそこまでデレデレに鼻の下伸ばしてくるなんてね」
「誰がそげん顔するか!! 捏造されすぎやろうもんそこまで来とったら!!」
「はっは、そこまでする度胸はこー坊にはないだろう」
「おっちゃん!!」
 ピシャン
 タイミングよく響いた雷に、最初に体を震わせたのは彩歌だった。呆れた視線が二つほど彼女に届く中、弘輝はといえばわざわざ彩歌の隣まで戻ってきて頭を優しく叩いてくる。
 最早扱いがペットを慰めるかのように見えた。城条は啓司へと目を向けて笑っている。
「ついさっきな、昼の番組で特集やっていたんだよ。福岡のな」
「おっちゃん……!」
「あー、なる。そりゃ機嫌よくなるはずだな」
 むっと黙る弘輝の力が強くなった。思わず呻く彩歌に、理真里が素早く弘輝の手を叩いてどけさせる。
「女の子がはげたらどうしてくれるのよ」
「りんちゃん!?」
「す、すまん……へ? 女子ってはげるん?」
「こー坊そこは聞くなー」
 理真里の冷めた目が、福岡出身の九州男児に向けられた。弘輝は声を詰まらせ、結局手はというと彩歌の頭を叩いている。
 彩歌、思わず俯いた。
「あたし子供じゃないもん……」
 自分でも予想していた以上に切ない声が出た。それでも笑って頭をもう一度撫でた弘輝は、ちらりと店の外を見やっている。一瞬だけ寄せられた眉根に、城条が苦笑した。
「大丈夫だろうさ。お前さんでも分かるんだろう?」
「……強いとは分かっとうとばってん……な。ルトまだガキやん」
「本人に言ったら、後頭部がザビエルになるんじゃないの」
「うげっ、まだ禿げになりたくなか!」
 また空が光った。城条がふと顔を上げ、弘輝も何に気づいたのか雲を見上げている。
 理真里が苛立たしげに「ああもう」と呟いた。
「だめね、雷のせいか分からないけど無線が不安定。おじ様、念のためにブレーカーに気をつけてね」
「いや、その心配はなさそうだぞ」
「どうしてそう言えるのよ?」
「あー、いや、雷がな……」
「――うん、おじちゃん合ってるよ。音がもう遠くなってるって言ってる!」
 遅れて届いた雷鳴に、城条が目を丸くした後苦笑いしている。弘輝はしばらく黙り、首を捻ったではないか。
「あれ……自然の雷やなか? 今までの雷と違うごた気がするっちゃけど」
「は? そんな事まで分かるもんなのか? 司子って」
 指摘され、弘輝はぽかんとしている。考え込む彼の代わりに、理真里は「ありえるわね」と冷静に返す。
「同じ司子なんだもの。自然じゃない現象には敏感でもおかしくないわよ」
「なるほどなあ――どうした? こー坊」
 外を鋭く睨み、ガラスに近づいた弘輝へと、城条が声をかける。彩歌もついていったが、外を覗き込もうとする前に遮られた。
「……水想と風唄、逃がしとうばい」
「えっ? どういう」
「こっちに来よる。雷の奴かは分からんばってん」
 理真里が気象データと照らし合わせているではないか。すぐ二十面を作り、口を覆うように手を当てている。
「おかしいわね、雷の発生状況は見る限り……もう治まってるわよ」
「じゃあなんなん? 雷以外にも司子が来とうとか?」
「氷雪のお嬢さんは?」
「――だったら気温に訴えてくるはずよ。そうなったらこの程度じゃ済まないでしょ。あの人が本気を出したら」
 城条が唸る。弘輝は苦い顔で空を見上げているではないか。
「……気象やなかごた気がするばい……こん司子は違う」
「どういう事よ、気象以外に司子なんてあったかしら――あ……!」
「分からんばってん……あ、いらっしゃ――」
 寛いでいた店へと入ってくる、一人の青年。
 金髪碧眼で彫が深い顔。そして何より、白人系外国人ではないか。
 弘輝が目を丸くしてまで驚いている中、青年はラフに着崩したカジュアルな服のポケットに手を突っ込み、「Hey」と笑顔で手を上げている。
 彩歌ははっとして弘輝に目を向けた。
 戸惑ったまま、油断なく青年を見据えているではないか。城条がすっと視線を逃がした。
「すまん、おっちゃん英語は無理だ。頼んだぞーこー坊」
「おっちゃん……! May I help you?(いらっしゃい、何かご用ですか?)」
「No. Thanks, boy. Even so, I wonder how you can take things so easy. Isn’t it?(いやいいよ、ありがとう。それにしたってよく悠長に構えてられるよ。違うかい?)」
 弘輝の目が鋭くなった。笑顔のままの青年に、弘輝は少しだけ前に出る。その途端、笑い声が青年から漏れたではないか。
「……っぷ、ははっ、ははは! Sorry, sorry. いいのか、背中なんて見せて」
「! 日本語喋れるんか……!」
「質問の答えになっちゃいないぜ、Boy。普通のガキ≠烽「るのに、よく背中なんて見せられるな、Ignis(火の司子)?」
「――きさん、なんの司子なんか」
 やっと笑いを静める青年は、にっと笑いながらも胸に手を当て、もう片方の手で台の上に手を置くような仕草をして見せたではないか。
「Alcorce of Animus. Example…ah…Yes! It's the Illusion!f。理真里がパソコン画面を睨みながら唸る。
「幻……幻覚の司子っち事か……!?」
「実在しているわね。アルカース・オブ・アニマス……幻に奏でると書いて、幻奏(げんそう)の視子(みこ)」
「じゃ、じゃあ、この人も不法入国者!?」
「No. Lady、それは違うよ」
 青年は両手を振って遮ってきた。
「オレはちゃんと入国手続きを踏んだんだ。ほら、パスポートもこのとお――」
「幻で偽装パスポートば造って見せたっちゃろ」
「幻で偽装パスポートを造れば一発じゃないの」

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