第14話 02
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「は? そげんオレ変かったん?」
「変も変だろ、なんであんな平和ボケ入った顔だったんだよ」
「そげんぼけっとはしとらんばい!? あー、ばってんテストの話は聞いてて懐かしかったなあ」
「そんなに昔じゃないだろおい……」
「昔ばい。もう三、四年も前になるっちゃけん」
「そんな事言われたらおっちゃん泣けてくるよ。俺から見たら大昔レベルだろ……」
「うーわー納得」
「……お前さんら飯作らんぞーもう」
 城条が突っ伏して泣いた。弘輝とトルストが笑う中、啓司は呆れた顔で笑うばかりだ。
 彩歌は理真里と共にカウンター席で、その光景を眺めながら思わず微笑んでしまう。理真里がダージリンティーを注文する中、自分はといえばミルクティーを。
 テュシアの紅茶は、本当に美味しい。
 ほっと一息つく中、理真里はパソコン画面を開いて唸ったではないか。彩歌は理真里の顔を覗きこむ。
「どうしたの?」
「リアルタイムで見てるのよ。乾湿計と温度計。あと不快度指数と――各注意報、その他諸々ね」
「なんでまた?」
「司子よ」
 理真里が人差し指を立てて伝えてくる。にわかに表情を変える弘輝達に、彩歌ははっとした。
 うっかり忘れていたなんて口が裂けても言えない。
「まだ司子はいるんでしょう。なら、世界の現象に作用を及ぼせる能力者であるなら、気象の変動にも訴えられるはずよ。天気予報とあからさまに違いすぎる予測結果が、この地域周辺の気象台に観測されてみなさい。一発じゃない」
「なるほどな。あえて公開されている情報で足跡を追うわけか……」
「ええ。公開されていない情報を用いて足跡を追うにはリスキーだし、そもそも司子がネット上の情報にどこまで引っかかるかは未知数。確実性が低すぎるわ。でも次には備えておかないと……今この場では抗争を避けられていても、次に来る司子が非好戦的とはいいがたいもの……おじ様、電源切ったほうがいいわよ」
 唸るような雷鳴が僅かに聞こえてきた。彩歌がぎくりとする中、城条が苦笑いしつつ頷いて、各コンセントを確認しに行っている。
 弘輝もあちこちに目を走らせ、特段コンセントを抜く必要があるものが見当たらず、外看板のほうへと向かっていったではないか。啓司が生温かい顔になっている。
「もう慣れ切ってるんだな、あいつ……」
 板に付きすぎたバイト店員の姿は、あまりにも活き活きとしているような。充電していた電源を使っているのか、理真里はワイヤレスのネット接続に切り替えている。エクセルを開いた彼女は、即座に画面の細かい数字を睨み始めた。テュシアが目を細めている。
「魔術暗号……?」
「魔術なんてないわよ。さっきの気象予報と気象結果のデータを拝借して、数値化しているの。プログラム組むの大変だったんだから」
「どこにそんな知識あるんだよ……」
「おう、作るんと楽しかったばい」
「お前か!!」
 理真里がしれっとした顔で「私が面倒な事すると思ったの?」と開き直ったではないか。弘輝がカウンターに戻って本を一冊取り出し、理真里が買ってきたのだと教えて啓司が脱力している。
「結束すんのかよ……っ」
「けー坊、妬いても無駄だろう。どうせ二人はそうならんのだからな」
「なんでそっちに走るんだよ親父は!!」
 柔道部の拳が繰り出される。城条が笑いながら避けるも、弘輝は固まったまま背景に吹雪を吹かせているではないか。
「……なんでオレとりんなん。りん怖かとに」
「あら光栄だこと。根性ない人はお断りだから」
「こ、弘輝さん根性ないわけじゃないよ! な、何?」
 慌ててフォローすれば、理真里が心底呆れたように睨んできているではないか。固まる彩歌はしかし、弘輝がそっぽを向いたその耳の赤さにぽかんとする。
「あ、あれ?」
「あ・ん・た・はあああああああああああああああああああああっ!!」
「り、りんちゃん待って怖い、怖いよおおおおおおおおっ!?」
 ピシャンッ
 すぐ近くに落ちたように、音と光が重なり合いながら轟いた。驚く一同の中、理真里はすぐインターネット画面へと戻っている。
「夕立の時間には早いわ。……早速お出ましだなんて勘弁してほしいわよ」
「いるわ。すぐ近くに」
 テュシアがエプロンを外す。可愛らしいレースのブラウスと、膝丈をやや超えた長めの青のスカートに、彩歌は目を丸くする。
「あっ、それもしかして! 一緒に買いに行った服だよね?」
「えっ? いつの間に行ったのよ――あ」
 テュシアが何も言わず外へと歩いていった。慌てて後を追おうとした彩歌を、弘輝が止める。
「どう転んでも危なかぞ。雷が落ちたらどげんすっとか」
「で、でもテュシアさん……」
「No problem. Pure water don’t live a current」
 トルストが笑顔で伝えてきたではないか。すぐにテュシアの後を追うように扉を開ける彼は、彩歌に手を振って――思わず彩歌は目を見開く。
「ルト君!」
「大丈夫、です。殺す事、考えていません」
「違うの、それもなんだけど、そうじゃなくて――気をつけてね!」
 驚いた顔をしたトルストは、くすぐったそうに笑ったではないか。
「Sure. Thank you very much! See you later」
 手を振って、笑顔で。
 友達の家に遊びに行ってくるような雰囲気で、少年は走っていったではないか。
 弘輝も外に出る気なのだろう。扉に向かおうとしたその時、城条が咳払いをしたではないか。
「今行くのは関心せんぞー」
「じゃ、じゃあなんであの二人には行かせたん!?」
「俺が思うにな。あの二人が先に行ったのは、お前さんにここを任せるためじゃないのか?」
 ぐっと黙る弘輝。ちらりと外を見やる彼は悔しそうだ。城条は苦笑している。
「今こー坊まで出たら、ここの守りはどうなるんだろうな。おっちゃんじゃあさすがに守れんぞ」
「そ、そうばってん……」
「呆れた。だから根性がないって言ってるのよ」
 理真里の刺すような言葉に、ついに弘輝の口が閉じられた。啓司がそっぽを向いている。
「中途半端に揺らぐぐらいなら一貫しなさい。そんな覚悟もないなら従いなさい。どうせ正しい事なんて世の中ないのよ。ないのに自分の主義しっかりさせなくてどうするの? 何を守りたくてあんたはここにいるのって話なのよ」
 目を見開く弘輝は、暫く黙り込んで。
 頷いた彼は手に紙を数枚、テーブルの上に置いて座った。
「分かった。すまん」
「従うだけの人に謝られたって迷惑」
「り、りんちゃん」
「従うだけじゃなか」
 城条が驚いた顔をしたではないか。理真里を見据える弘輝の目は、かつての鋭さを戻していて。
「りんが言う通り守り通すだけやけん。おっちゃんの意見が正しいっち自分で思ったけん、自分の意思で残る」
「そう。じゃあ精々ぶれないように一貫してちょうだい。じゃないと迷惑なのよ」
 黙って頷いた弘輝に。
 彩歌はただ、戸惑って見上げるしかできなかった。

 見ず知らずの女の子すら守り通せんかったんに

 オレ、守り通したい約束があるっちゃん

 何を守りたくてあんたはここにいるのって話なのよ

 弘輝さんが守りたいものって……
 なんなんだろう。

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