第14話「彼の決意」01
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「あんたが変なのはいつもの事だけど……どういう事よ、これ」
「ひ、ひどいぃぃぃぃぃ……」
 さめざめ泣き崩れたい。けれど現状はしょんぼり止まりが精一杯である。
 テスト初日からずっと、テストの解答を模写しておいた問題用紙を理真里に見せ続けていた彩歌は、始終絶句されっぱなしだったのだ。
 理科、社会の点数が格段に伸びた。数学はびびたるものだが、伸びた。
 英語、国語。
 唯一の得意科目とも呼べる文系が、一気に点数が落ちたのだ。
 相変わらず点数の伸びが悪い啓司は平然とした顔で自分の中間テストの結果を眺めつつ、彩歌のそれを覗き込んで苦い顔。
 桜井彩歌、合計点二三八。
「お前、前の実力の合計点いくつだったんだ?」
「確か二三八点……」
「あんたの点数って上限が決まった振り分け制なの? 毎回同じ台詞聞いてるわよ私」
「そんな事言われたってぇ……」
 机に突っ伏す姿に、啓司も理真里も何も言えなくなった。ただ、二人が一つ言える事は。
「……これ、絶対弘輝には見せらんねえな」
「そうね。あれだけ私以上に時間割いて教えてくれたっていうのに……唯一の慰めは点数が落ちないこの子の技量かしらね」
「微妙に五十点割れしてばっかりって状態でか?」
「しょうがないじゃない、欠点がなくなるまで努力させるしかないわよ。じゃないと追試受けてる間に」
「いやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「……受けてる間に、あの人達の負担が増えるのは目に見えてるわ」
 勉強の面倒を見るという名の。
 外国人が身近にいる現状で、点数が落ちるとはどういう事だと怒られたのも昨日の話だ。
 だからこそ尚更、これはないというのが啓司と理真里の見解だった。啓司は伸びるどころか勉強をサボりすぎて赤点祭り手前だというのは、こっそり隠していたのが彩歌から見えたけれど。
 理真里が仕方なさそうに溜息をついた。
「生活の知恵も身につかないものね、あんた」
「料理できるもん、掃除だってちゃんとやれるよ、洗濯だってぇ……」
「誰が花嫁修業を身につけなさいなんて言ったのよお馬鹿。彼を見習いなさいって話よ」
「彼……? そういえばりんちゃん、なんで弘輝さんの事名前で呼ばないの?」
「嫌いだもの」
 フリーズする彩歌。伊川は呆れたように溜息をつき、彼女の額を軽く叩いている。
「分かりきった事聞くなよ、アホ」
「な、なんで……?」
「お前そんなんだから山野が怒るって気づけ?」
「だ、だからなんで? あうっ」
 理真里に叩かれた。啓司は至極呆れ顔だ。
 荷物を纏める中でも刺さる、クラスの女子の視線が痛い。
「それで? 今日も行くんでしょ。いい加減バイト手伝ったらどうなの」
「手伝うよ? 手伝おうってするんだけど、みんなから止められるの……」
「バレたか」
「何も隠してなんてないよ!?」
「不器用なのがバレたんでしょ」
「不器用じゃないよ、アクセサリー作れるもん!」
 幼馴染二人から生温かい顔を向けられた瞬間である。
「もうどうでもいいからその点数だけはバレるなよ」
「頑張ったのにぃぃぃぃぃ……」
 もう何も言うまい。
 そんな雰囲気がクラス全体に広まった、五月下旬の二年A組である。


 今日は部活をサボるという理真里と啓司と共に帰りつつ、彩歌は落ち込んだままだ。前で自転車を押す啓司は、歩きの理真里に後ろに乗ればと促し、綺麗に断られている。
 これで付き合っていないと二人は突っ撥ねるのだから、彩歌自身は勿体無いと思うのに。
 二人が互いを好いているのは知っているのだ。幼馴染の延長線上という意味ではなくて、もっと根本的なもので。
 まだ、あの事が尾を引いているのだろうか。
 髪がボサボサの男の子が怯えながら走っていった。程なくして無邪気な子供達が、笑いながら追いかけるように過ぎ去っていった。
 思い出した傍からこんな風景を見るのも、複雑だ。
「じゃあ、荷物だけ置かせてちょうだい」
「お好きにどうぞ。うおっ!? 何入れてんだよそん中!」
「教科書、ノート、ファイル、筆箱、電卓に辞書。それ以外に何を入れるのよ」
「電卓と辞書は必要なくねえ……?」
「だから英語の点数が伸び悩んでるんじゃないの? 分からない単語や成句は意味を調べなきゃ分からないままよ。漢字みたいに丁寧に教えてもらえる時期は終わったでしょ」
「勉強の鬼だな本当……」
「それなら勉強の虫のほうがしっくり来るわよ」
 どちらでもいい気がする。理真里の英単語暗記本を借りて睨む目を休め、思わず零れるのは嘆息ばかりだ。
「こんぷらいあんとは不平で……」
「発音はしっかりやる。じゃないと伝わらないわよ。あの子と英語で喋りたいんじゃなかったの」
「そうなんだけど、暗記するだけで泣きそうなのぉ……」
 啓司、暗記のほうが得意なだけに苦い顔である。
「お前勉強する頭からないんじゃねえ……?」
「そうかもしれないけど言わないでぇぇぇぇぇ……あ」
 城条の店が見えてきた。外に出てテーブルを拭いているのは弘輝ではないか。途端に申し訳なくなる彩歌は、そろそろと英単語の本を理真里に返していた。
 テーブルを拭き上げて一心地ついたのだろう。やりきった顔で伸びをした彼は、店内に戻ろうとしてこちらに気づき、立ち止まって手を振っているではないか。
 啓司が応えるように手を上げ、理真里はつんとした態度を貫くまま。彩歌はなんとか笑顔を浮かべるも、弘輝が怪訝そうな顔をした瞬間冷や汗が出た。
 まずい。
 誤魔化せる自信がない。
「学校でなんかあったと? 顔色おかしかばい」
「あー特には? いつも通り俺と山野でど突きまくっただけ」
「……けーじも加減ば考えんといかんっちゃなかとか?」
「俺だけかよ!」
「女の付き合い方ば知らんっちゃん。しゃあなかやん」
「しょうがなくねえよ知らないのは俺も一緒!」
 理真里が冷めた目で男二人を見やっている中、彩歌は噴き出して笑っていた。店内に城条だけでなく、いつも通りテュシアの姿と、トルストの姿も。美紀は――来た様子がなかった。
「美紀さんは?」
「あ? おー、この辺のどっかで茶道ば教えようらしいばってん。最近茶道の先生の助手って形で入ったらしいっちゃん」
「え、そうなの!?」
 こっくり頷く弘輝。トルストがドアを開けて目を輝かせ、「おかえり、です!」と嬉しそうな声だ。駆けてきた少年は満面の笑み。
「アヤカ、Lady、ずっと来ません、でした。嬉しいです」
「ただいま。ごめんね、今週ずっとテストだったからあたぅっ!?」
 素早く頭を叩かれた。弘輝が思い出したように啓司へと笑っている。
「そうやん、お前らテストやったっちゃろ。結果どげんやったん?」
「うっせーよ聞くな!」
「そげん言うとやったら普段も頑張りい。なしてけーじは勉強せんと?」
「頭動かすほうに脳味噌作ってねえよ!」
「ははっ、なんなんそれ。そげん言うとやったら今からでも作らんね」
 笑われた事が悔しいのだろう。啓司がジト目で見下ろしているではないか。
 けれど弘輝は気にせず、理真里と彩歌に目をやって――苦笑している。
「りんは言わんでもやんな……」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるのよ。今回も合計四八六点よ」
「うげっ、もう次元から違わん? 頭よすぎばい。あやは?」
 理真里と啓司が驚いた顔をしたけれど、彩歌は視線が逸れるだけ。
 途端に、弘輝の生温かい視線が来る。
「そ、そか……よ、よかばい? 言いたくないとやったら言わんでっちゃ」
「ち、違うの、社会と理科伸びたの! 英語と国語落ちて合計点一緒だったの!!」
 口をあんぐりと開ける弘輝。暫く開いた口が塞がらない中、思い出したように口をつぐんだ彼は次の瞬間、頬が膨らんで爆発したように笑い飛ばしたではないか。彩歌の顔が赤くなる中、予想とは違う反応だったのか、理真里と啓司が唖然としている。
「お、怒らないの?」
「ははっ、おかしかやんどこに怒るん! 伸びたとに合計点一緒っち……! はははっ、あや器用やんなあっ!」
「う、嬉しくないー!」
 叫んだのに笑い飛ばされる。むっとして俯けば、弘輝がしかたなさそうに傍に寄ってきて、笑いを収め損ねた笑顔で頭を撫でてくる。
「でも凄かやん。実力と点数一緒っちゃろ? 落ちた分ちゃんと取り戻しとうっちゃけん、上等たい」
「でも毎回一緒……」
「よかったい。前より今のテストのほうが難しかっちゃけん。それでも点数落とさんかったっちゃろ? 上等ばい」
 彩歌がぽかんとしているその間にも、笑いながら頭を撫でてくる彼の表情はほっとしたようで。
 手が離れて、三人に「中入りい」と勧める弘輝は、どこか何かが取れたような表情だ。
 ――何かあったのだろうか。自分が来なかった、この一週間で。
 弘輝が店の手伝いをするべく、先に中に戻ったのを見計らって。理真里が恐る恐る彩歌に近づく。
「……彼、どうしちゃったの?」
「褒めてくれた……」
「そうだけど……ああもう、あんたもあんたで花咲かせないのっ!」
 花なんて咲いていないのに。
 額を叩かれ、小さく口を尖らせる彩歌は困ったように笑った。
 何はともかく、落ち込ませなくてよかった。

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