071
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 その後ぼくらは、人工星空の下を、またマルシェさんの指示通り道を進んだ。
 ぼくはこの数時間で歩けるようにまで回復したマルシェさんの後を歩きながら、公司に反抗できるほどの人がたくさん集まれる所なんて、どんな所だろうといろいろな想像を膨らませていた。
 公司館みたいに、立派なところだろうか。いや、あまり大きいと、公司たちにすぐ見つかってしまうだろう。
 もしかしたら、隠れ家みたいに、普通の家なのかもしれない。一見普通の集落に見えても、どこかでつながっていて、中にはものすごい武器やコンピューターが置いてあるんだ。うん、これはあるかもしれない。
 もしかしたら、ぼくなんかよりずっと大きな、秘蔵巨大ロボットとかもあるかもしれない……なんて考えていた時、マルシェさんがふと足を止めた。
 ぼくも想像の世界からはっと我にかえり、足を止め、辺りを見回す。
 何の変哲もない――ただの街外れ。先ほどより廃墟が多いだけで、特に、何もない。本当に何も。
 ふとマルシェさんのほうを見ると、マルシェさんは腰に手を当て、「困ったな」と呟いていた。
 くしゃくしゃと髪を掻くその仕草に、嫌な予感がする。まさか……。
「すまない、迷った」
 マルシェさんが、顔を歪めてきっぱりと言った。
 ぼくは言葉もなく、ただぱくぱくと口を上下させた。なんと言っていいか、もう、この人は!
 マルシェさんは唸りながら、周りの埃をかぶった廃屋に触れる。
「おかしいな……確か、俺が牢獄に入れられる前は、この辺りが入り口だったんだ。あの頃はまだここにも人が住んでいたしな」
「入り口? 大きな建物なんですか?」
 ぼくはそう問いかけながら、辺りを見回す。
 ただ扉や窓のないコンクリートの家が並ぶばかりで、そんな建物は、まったく見当たらない。
 マルシェさんは無精ひげを撫で、眉を寄せてもう一度辺りを見回しながら答える。
「いや……地下だ」
「地下!?」
 思わず大声を出したら、マルシェさんの肘鉄をくらった。
 ぼくはうっ、と小さく声を出し、きしんだ腹部をさする。
「地下に仲間がいるんですか?」
 今度は小声で聞くと、マルシェさんは寂れた建物の壁を触りながら、何度か頷いた。
 そうか……考えてもいなかったけど、確かに地下なら、たくさんの人たちが公司に隠れて生活できる。
 地下の地下か……一体、どんな世界なのだろう。
「地下の地下だって? 本当にそんな所に人が住めるのか」
 ヴォルトがぼくの口を借りて割り込んできた。
 一瞬、ぼくと違う話し方にマルシェさんが顔を顰めたが、ぼくが慌てて今のはヴォルトだと説明すると、マルシェさんは頷いた。
「ああ、地下に人が住めたのなら、その地下にも住めるだろう。ただ、創る時には少し苦労したがな……キヨハルが」
 ふと出てきた名前に、ぼくはすぐに反応した。マルシェさんの親友で、マルシェさんが牢獄に入れられた理由、そして、あいつが消してしまった……その人の名前だ。
 思えば、このマルシェさんがそこまで信頼している人なのに、今までその人についてほとんど聞いたことがない。
 ぼくは、これをいい機会だと思い、思い切って聞いてみることにした。
「あの……その、キヨハルさんという人は、どんな……どんな人だったんですか?」
 なんとなく緊張しつつ、ぼくはマルシェさんに問いかける。
 予期せぬ質問だったのだろうか。マルシェさんは振り向き、きょとんとぼくを見つめる。
 しまった。しないほうがいい質問だったのかな。
 亡くなった友人のことを話すのは、辛い事だろうし……。
 ぼくはいつものように頭を下げ、「すいません」と言おうとしたら、マルシェさんがニヤッと笑んだ。
「キヨハルは……そうだな。俺の……一番恐れる人間だ」
 遮られた言葉と予想外の答えに、今度はぼくがぽかんとした。
「でも、マルシェさんの友人だったんじゃないんですか?」
「ああ、そうさ。友人の中でもあいつは特別だ。まあ……親友ってやつだな」
 マルシェさんは肩をすくめ、少し照れくさそうに目線を上げた。
 テイルの星空がマルシェさんの見えない瞳に映る。少し間をおいて、マルシェさんは目線をぼくに戻した。
「そうだな、お前、聞きたいか?」
 そう言ったマルシェさんの顔は、まるで自慢をする子供のようで、ぼくは、少し微笑んで頷いた。
 マルシェさんも応えるように頷き、その場に腰を下ろした。そして、呟くように語り始める。
「そうだな……どこから話そうか」
 とても、懐かしそうな口調だ。
 少し長くなりそうなので、ぼくも廃墟の壁に背をつき、楽な体勢を取った。
 たくさん走ったから、ぼくの膝の部品も休息を訴えていたところだ。
 マルシェさんは映し出された星空を見上げ、自分の中の記憶の奥底まで思い出すように、ゆっくりと目を伏せた。
「あの頃の俺は、少しだが、まだ視力があった。俺たちの仲間は、……真剣に数えたことはなかったが……かなりの数に膨れ上がっていた。そうだな、ざっと、五千人弱か」
 予想外のその数に、ぼくはぎょっとする。
「そ、そんなに?」
「ああ、そうさ」
 間抜けな声を出したぼくに、マルシェさんはにやりと笑う。
「それを知った公司たちは、俺たちを潰しにかかった。仲間を集めて、公司館を潰そうとしているとでも思ったんだろうな」
 マルシェさんはそう言った後、「もちろん、そんな気はなかった」と付け加えた。
 そして少し考え込むような仕草を見せ、また夜空を見上げる。
 黒い瞳に星空を映し、マルシェさんは話し始めた。

 かつての友人で、偉大なる故人、キヨハルさんのことを。



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