070 それから少し歩いた頃、ぼくらは適当な廃屋を見つけて、その中で一旦休憩をとることにした。
街をこんなに歩いて、初めてぼくは、自分の無知さを思い知った。
こんなにも地下の街が広がっていたなんて、全然知らなかった。
ぼくらが“お仕事”以外で外へ出ることを許される機会は、あまりなかったからな。“お仕事”で外へ出る時だって、自由に歩ける範囲は制限されていたし……。
ぼくの中に入っている地図でも、見るのと、実際に歩いてみるのでは、まったく感覚が違う。
この調子だと、ぼくの知らないことがすぐにたくさん出てきそうだ。
もう少し、本体にデータを置いてきて、体を軽くしておいたほうがよかったかな……。
ぼくは部屋の隅に転がっていた埃まみれの椅子へ、ぐったりしているマルシェさんを座らせた。
マルシェさんはしばらく唸りながら塞いだばかりの胸の傷を押さえていたが、唸り声が止んだ頃、寝ているのだとわかった。
やっぱり人間のほうが、ぼくらよりも能力を使った後にうんと体力を失うようだ。
そうか……お父様はそれを避けるために、ぼくらを造ったのだろうか。
「まあ、そうだろうな」
ぼくの頭の中で、ヴォルトが話しかけてきた。
ぼくは、ムッと顔を顰める。
「ヴォルト、ぼくの考えを読むのはやめてくれよ。プライバシーの侵害だ」
「ああ、うるせぇな。俺を中に取り込んだのはお前じゃないか。いちいち話しかけて答えを聞くのは面倒だ。考えを読んだほうがずっと早いだろ」
ヴォルトの言い分も……まぁ、もっともだ。
ぼくは部屋の隅に転がっていた椅子を、もうひとつヒョイと動かし、引き寄せた。
椅子はふわふわと浮きながら、ゆっくりとこっちへ寄り、ぼくの後ろにきちんと着地する。
あれ? 浮遊能力が直っている。
前なら、ドーンともの凄い音をたてて、椅子も壁もぶっ壊すほどだったのに。
「……ヴォルト、ぼくに何かしたね」
「ちょっとな。ゼルダのデータを元に、設定を元に戻した。前のは少し強すぎた」
ヴォルトが、ぼくの頭の中でニヤリとする。
「このほうが、ひ弱なアラン君には似合うと思ってね」
「そうさ、ぼくはヴォルトみたいに大雑把じゃないからね」
「……ああ、わかったよ。認めるよ。あれはちょっとしたミスだった」
ヴォルトが、ぼくの頭の中でようやく自分の失敗を認めたようだ。
珍しく素直なヴォルトに、ぼくは小さく笑い、「いいさ、結構役に立ったしね」と呟く。
すると、ヴォルトがぼくの発言にきょとんとした。かと思えば、突然ニヤッと目を細める。
「何? 何か変なこと言った?」
「いや、お前、変わったなぁ」
ヴォルトの面白そうな声に、今度はぼくがきょとんとした。
「……どこがさ?」
「成長したってことだよ。ずいぶん、大きくなった」
まるで自分が年上のように、ヴォルトはそう言ってぼくを撫で回した。
ヴォルトは、見た目はぼくよりずっと年下だけれど、頭脳はまるで正反対だ。
だって、ヴォルトの言っている意味が、ぼくにはさっぱり理解できない。
「成長なんてするわけじゃないじゃないか。ぼくらは、ロボットなんだから」
ぼくは飛び回るハエを払うように、ぼくを撫で回すヴォルトの手を振う。
すると、ヴォルトは「わかってないな」と呟き、ぼくの中のデータをひとつ叩いた。
ぼくは「イテッ」と声をあげ、ヴォルトに叩かれた所を手で揉む。
「やめてくれよ。ぼくのデータは、誰よりも弱いんだから」
ぼくは、「どうやらティーマよりもね」と呟き、またぶすっとする。
ヴォルトはまたぼくの中で大笑いし、しかも足をばたばたさせて騒ぎ出した。
「もう、うるさいな!」
ぼくがヴォルトにからかわれている間に、マルシェさんはぐっすり眠れたようだ。
ぼくがヴォルトの時々見せるにやり笑いにうんざりしてきた頃、マルシェさんがうーんと唸り声をあげた。
ずっと丸めていた背を伸ばし、そして辺りを見回すと、もう一度唸る。
「ああ、もう暗いな……」
眠たそうな呟きに、ぼくは頷く。
「うん、きっと、マーシアが眠ったんだ」
「マーシア?」
「ぼくらの仲間で、GX.No,2マーシア。この世界の天候を操っているんです」
ぼくは暗くなった空を見上げながら答えた。
さっきまで見事な夕暮れを見せていた空には、見事な星空が広がっていた。マーシアが眠ると、テイルがこうやって時々星空を映し出す。
例えれば、マーシアは太陽。テイルは月だ。
ぼくの答えに、マルシェさんは、「なるほど」と頷いた。
「そういえば、仲間が噂しているのを聞いたことがあるな……・公司館のてっぺんで、気候を操る妖精を見たとか」
その言葉を聞いて、ぼくとヴォルトは同時にブッと吹き出した。
テイルはまだ妖精に見えるかもしれないけれど、マーシアは、どう見ても妖精には見えないだろう。
だって、怒鳴り声をあげて人をど突く妖精が、どこに居る?
ぼくらはしばらく必死に声を堪えて笑ったが、マルシェさんに星空まで飛ばされそうになったので、無理やり口を押さえつけた。
「そろそろ行こう。もう傷も癒えた」
マルシェさんは椅子から立ち上がり、伸びをしながらそう言った。
「まだ癒えるわけないじゃないですか、心臓をひとつ取ってしまったんだから! 朝まで十分に休んでいきましょう」
ぼくは慌ててそう言う。ヴォルトも頷いた。
しかしマルシェさんは軽く足の動きを確かめながら、首を横に振った。
「俺を信じろ」
あっさりとそう返され、ぼくも渋々頷き、立ち上がる。
マルシェさんは、一度言ったら絶対に覆さない人だ。
「どこへ行くんですか?」
「ああ、そうだな……俺の仲間のところへ行こう。とりあえず、体を洗いたい。さすがに着替えも欲しいしな」
マルシェさんはボロボロの服の端を持ち上げ、ちょっと苦笑いして言った。
手錠と足枷をはめられていたマルシェさんは着替えが難しく、着ている服は地下牢に入れられた時のままだった。ただでさえ暴れて汚れっぱなしだったのに、さっきの公司との接戦で、もっとボロボロになっている。
「マルシェさんの仲間?」
その一言に、ぼくはぐっと興味がわいた。
きっと、その仲間というのは、前に話していた反公司勢力のことだろう。
いったい、どんな人たちだろう? この世界で公司に刃向かうなんて、皆、マルシェさんみたいに無茶苦茶で、強い人たちばかりなのかな。
ぼくは自然と湧きあがる期待をどんどん膨らませ、わくわくとティーマのように目を輝かせた。
「ろくな奴が居ないぜ」
そんなぼくを見て、あまり期待するな、とマルシェさんが苦笑いする。
「だから、ぜひ会いたいんです!」
ぼくはそう言って、マルシェさんに道も聞かず、進み出した。
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