049
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 ぼくの言った言葉に、ヴォルトは反論しなかった。
 ただ、じっとぼくを茶色の瞳で睨むように見つめた後、
「それでいいんだな」
 そう、最後に一言言っただけで。
 ぼくは、頷いた。
 すると、ヴォルトはぐっと両手をあげ、うーんと唸って体を伸ばす。
「ひと暴れと行きますか」
 ヴォルトはそう言って、ぼくにニヤリと笑いかける。
 ぼくらは立ち上がり、互いに手を差し出した。
 ヴォルトの瞳が、まだ「それでいいんだな」とぼくに確認しているような気がする。
 ぼくはもう一度頷き、ヴォルトと握手した。
「じゃあな」
 ヴォルトはそう言って、ぼくの胸を軽くこぶしで叩いた。
 これもまた見かけより強烈で、ぼくは思わずうっと声を出す。

 じゃあな。

 ヴォルトの言った言葉が、ぼくの中で何重にも響いていた。








 走れ。

 急げ。

 急げ。


 地下三階への道を、ぼくは必死に走った。時間が勝負だ。
 きっと、ヴォルトにとっても思ったより早めの決断だったろう。だけど、ヴォルトは反対しなかった。
 ヴォルトが公司たちを集めている間に、ぼくは皆を公司の目の届かないところまで案内しなくてはならない。
 待てよ、どこに逃がせばいいんだろう? ぼくはあまり外の世界を知らないんだった。
 あぁ、そういえばヴォルトはマルシェさんたちに詳しい脱獄の計画を教えてくれているのかな?
 ぼくって、なんて軽率でばかなんだろう。一時の自分の気持ちに任せて、もの凄い決断を簡単にしてしまった。
 とりあえず、ヴォルトが動き出した今、行くしかない。
「みんな! 皆! 起きて!」
 ぼくは地下三階へ駆け込み、一つ一つ牢屋を揺らした。
「なんだい、もう夕食の時間かい?」
 ランスさんが目を擦り、明かりに目をくらませながら、眠たそうな声で言った。
 ぼくは首を横に振り、まじめな顔で眠そうなランスさんを見つめる。
「ここから出します。脱獄しましょう」
 ぼくがそう言うと、皆飛び跳ねるように立ち上がって、牢の前のほうへ駆け寄ってきた。
「そんなことができるのか!」
 いつも無口なボルドアさんまでも、輝くような笑顔でぼくに言ってくる。
 希望に満ちたその表情に、ぼくはしっかりと頷いた。
 ぼくは早口でぼくらの考えた脱獄計画を話し、ヴォルトが大きな音をたてたら、ぼくがすべての牢を壊して外に逃がすことを教えた。
「なんて計画だ!」
 ランスさんはそう言いながらも、顔を輝かせていた。
 しかしぼくが皆を見渡すと、黙ったまま次々にコックリと頷いてくれた。
「OK、やろう」
 ぼくも頷き返して、「成功を祈る」とランスさんと握手した後、マルシェさんのもとへ向かった。
 一番奥の牢獄にいるマルシェさんには、今の話は聞こえただろうか?
「マルシェさん!」
 ぼくは地下三階の牢獄へ滑り込むように駆け込み、マルシェさんの牢を揺らした。
 奥の影の塊から、マルシェさんの唸り声がする。
「なんだよ」
 眠たそうな声だ。
 ぼくはぐっとこぶしを握り、ヴォルトに言われた通りの言葉を、言った。
「ここから出ましょう」
「なんだって?」
 案の定、マルシェさんは顔を顰めてぼくを見る。
 いやだとか、無理だと言われたら、どうしよう……。
「……ここから出ましょう」
 ぼくは再び口を開き、同じことを言った。
 しかし今度は、自信がなさそうな声になってしまった。マルシェさんがぼくを見つめながら、ゆっくりと這って来る。
「あぁ、実行するのか」
 マルシェさんはぼく見上げるなり、楽しそうにニヤッと笑った。
「え?」
 思わず今度は、ぼくが聞き返す。
「茶色い小僧に聞いたぜ。あいつ、ここのところずっと俺と話していた」
 マルシェさんが牢に掴まり、立ち上がる。
 話していた? ……そうか、ヴォルトがしきりに目を赤く染めていたのは、マルシェさんと交信していたからなんだ。
 そうだ、マルシェさんほどの能力者ならば、ぼくらとの交信も可能なんだ。
 普通の能力者ならば、テレパシーを使えない人も居るし、長時間ぼくらのような機械と話しをすることは、疲労が酷くてできないはずなんだ。
 でも、そうか、マルシェさんなら……。
 その時、まるで世界全体が揺れたかのような、大きな音が轟いた。
 ついに、ヴォルトが動き出した。
「じゃあマルシェさんは知っているんですね!!」
 ぼくは騒音に負けないように、大声で言う。
「ああ!」
 マルシェさんが同じように叫ぶ。
 また、ドォン、と何かが爆破されたような轟音が響く。
 石壁ががちがちと鳴り、天井から、壁のくずが落ちてき始めた。
 ヴォルト、やりすぎだよ!
 建物が全部崩れそうな揺れの中、ぼくは右手をさすり、手を包み込むように氷塊を作り上げた。腕の丈ほどもある長さにまで伸ばして、先を尖らせる。
「み、皆逃げて!」
 鋭く尖った先端は、なんでも斬れるし、岩だって砕ける。
 ランスさんとボルドアさんが、それを見てヒュウッと口笛を吹いたのがわかった。
「奥へ!」
 ぼくは皆が牢の奥のほうへ行ったのを確認して、腕を振りかざした。
 パキン! と鉄の折れる音がする。ちょうど良く、ヴォルトが柵の壊れて落ちる音をかき消してくれた。
 ガランガランと鉄が鳴る中、皆が歓声をあげて牢から飛び出してくる。
 抱き合って喜んでいる暇はない。ヴォルトはどれだけ時間を稼いでくれるだろう。
 ぼくは全神経を集中させ、公司たちとヴォルトの居る位置を確かめた。
 公司館――四階、階段の上のすぐ横の広間だ。
 最近、公司たちが集まって会議をするところ。そうか、あそこにならば、公司館中の公司が集まれる。
 大丈夫だ、四階なら、すべての公司が駆け上がれば隙ができる。
 行ける!
「走って!」
 ぼくは皆を後ろから押し、走らせた。
 ランスさんが、暗がりで小石の角で足を切ったと悲痛の声をあげる。
 赤い絨毯が見えてきたところで、ぼくは皆の前に飛び出し、一旦動きを止めた。
 若い公司が二人、急いで階段を上がっていくのが見える。
 今だ!
 ぼくは皆に合図をして、再び絨毯の上を駆け出した。
 よし、この調子だ。公司の後ろからついていこう。



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