048『仲間なんかじゃないんだ。』
ゼルダの表示したたった一言が、ぼくを貫いた。
冷たい空気が、渦を巻き……――
ぼくはただ目を見開いたまま、大きなぼくらの本体を見上げることしか、できなかった。
緑色の文字の奥で、ゼルダの冷たい視線を感じる。
――残りもののアラン。
ぼくは、ただの残りもの?
言い返さなきゃ
無理にでも、何か言わないと
押しつぶされてしまう……――
ぼくは弱かった。
ぼくは言い返すことができず、そのままラボから飛び出した。
ゼルダが、背後でいらいらとキーボードを鳴らしている。
ぼくには振り返って表示された文字を見る余裕なんて、なかった。
ぼくは いらないもの?
「よぉ、どうした。名残惜しい別れはすんだのか?」
ヴォルトがいつものようにニヤッと笑って、白い部屋でぼくを迎えた。
変わらないヴォルトの態度に、ぼくは少し、ほっとした。
唸っていた体中の部品を落ち着かせ、ぼくはヴォルトの向かい側の席に座る。
「ゼルダと話していたんだ。本体を使って」
「へぇ、まともに話せたか?」
「まぁね、口が悪いよ、あいつ」
ふと見たいつもの白いテーブルの中心には、そこら辺によく生えている草花が、小さなコップの中に挿されていた。
前にも、こんなことがあったな。きっとまた、ティーマだろう。
「今更わかったか」
ヴォルトがニヤリとする。
ぼくは苦笑いしながら、頷いておいた。
「みんなは?」
ぼくは、お約束の質問をする。
すると、ヴォルトは黙って肩をすくめた。「わからない」ということだろう。
どこに……そうだな、きっとマーシアのところだろう。
マーシアは、あれからずいぶんティーマを気に入ってしまったらしい。
でも、あの二人が一緒に居るところには、あまり遭遇したくないな……。
だって、どちらも騒がしいから。女の子って、集まるとどうしてああも騒ぐんだろう。
その後、ぼくらは念入りに脱獄計画について話し合った。
騒ぎの起こし方、どうやって誘導するか、マルシェさんの意見を聞くべきか、もしも公司にばれたらどうするか、他のGXたちのこと、など。
ただし、失敗した場合どうするかは、どちらも口に出さなかった。
ある程度話がまとまったところで、ヴォルトは長いため息をついた。
そして背もたれに寄りかかり、やれやれと首を横に振る。
「まぁ、こんなとこだろうな」
ヴォルトが作戦の数を数えた指を挙げ、頷く。
「いつ実行するの?」
ぼくはなんとなく眉を顰め、小声で問いかけた。
目の前にあるコップの中の小さな花が、くるりと一回転する。
ヴォルトは反り返って、うーん、と唸った後に、
「お前が決めろ」
一言そう言って、机に片ひじを着いて頭を支えた。
これは、ヴォルトの集中しているときの証だ。
これから、ある程度のことをイメージして、頭の中でプログラムを実行してみるんだろう。
ぼくは瞳を赤く染めるヴォルトを見つめながら、ぼんやりと今までのすべてのことを思い出していた。
いろいろなことがあった。
ぼくが造られた。
お父様に会った。
初めて仲間を見た。
テイルには何度も笑われた。
マーシアには何度も叩かれた。
シオンは……大体無言で、ぼくを見つめていたっけ。
ヴォルトが造られて、ぼくを初めて見たときには、「弱そうな奴だな」なんて睨まれたっけ。今思うと、一番ヴォルトらしい。
ティーマは、一番すぐにぼくに慣れた。
初めて皆のところに現れたとき、扉を開けてすぐ、飛びつかれたのはぼくだった。
見た目よりはるかに強烈な衝撃に、喉の部品が飛び出たのは、初めてだったなぁ。
それでも皆、「よろしく」と笑って、ぼくと握手をしてくれた。
あの頃のぼくらは、仲間だった。
今、その仲間は別れを迎えようとしている。
ぼくとヴォルトが脱獄を手助けし、そして自分たちも消えてしまったら、きっと、お父様はすぐにぼくらを消しにかかる。
きっと、ぼくらは敵になる。
もしも、ティーマやテイル、シオン、マーシアがぼくらを襲撃してきた時、ぼくは本気で立ち向かえるだろうか?
いつもながら、女々しい自分に腹が立つ。
前々から何度も何度も自分のこの性格を悔やんできた。
テイルに言わせれば、ぼくは「優しい」
マーシアに言わせれば、ぼくは「女々しい」
長所と短所が同じということなのだろうか。
ぼくが一言、「実行しよう」と言えば、外に出られるんだ。
仲間と別れ、自分の道を行く。
仲間と……――。
ゼルダの言葉が、再びぼくを襲った。
耳の奥で、何かが鳴っている。甲高い、まるで警告音のようだ。
それ以上、考えるなと。
ぼくが壊れてしまうから。
「ヴォルト」
ぼくはテーブルの中心にある小さな白い花を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「なんだよ」
ヴォルトが顔を上げ、瞳を茶色に戻す。
ぼくはすうっと空気を吸い込み、言った。
「計画を、実行しよう」
next|
prev