039
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「きゃああああ!!!!」
 ぼくの後ろで、テイルが一際大きな悲鳴をあげた。
 ぼくのからっぽの頭の中で、それが何度も響いている。
 ぼくは大きく穴の開いた壁を見つめながら、力なくその場に腰を下ろした。
 細い硝煙をあげていたぼくの手首は、何事もなかったかのように塞がって。
 跡形もなく、皮膚がくっついた。
 ぼくの目の前には、もう普段の色が広がっていた。
 ぽっかりと壁に開いた穴から吹く風と、ぼろぼろになったカーテンが、ぼくの心を取り戻させる。
 ぼくは黙って立ち上がり、ゼルダが落ちていった場所へ、よろよろと足を進めた。
 破壊の衝撃に巻き込まれた家々の屋根が、くもった音をたてて崩れ落ちていく。
 後ろから軽い足音がして、ぼくの肩に小さな手が置かれた。
「アラン」
 ティーマの声だ。
「ゼルダ、ゼ、ル、ダ。いなくなっちゃった」
「……うん」
 ぼくは、小さく声を出した。
「どこに、いったの? ティーマ、さびしい」
「……うん、ぼくも、なんだかさびしいよ……」
 ぼくがそう呟いた後、すぐに廊下を慌ただしく駆けてくる足音が聞こえた。
「何事だ!」
 公司が数人、血相を変えてぐちゃぐちゃの部屋へ駆け込んでくる。
 ぼくははっと顔を上げ、振り返った。
「何事だ!?」
 公司が辺りを見回し、もう一度叫んだ。
 テイルは口をぱくぱくさせて、まだ人差し指を握って震えている。
 公司のひとりが、ぼろぼろのぼくに目をつけた。ぼくはその視線を見つめ返し、背筋を伸ばして、真っ直ぐに歩み寄る。
「GX.No,5、ゼルダです。No,5の残り物、アランを消去いたしました」
 ぼくは、ゼルダのように眉をつり上げ、はっきりと声をあげた。
 公司たちはガラスの壁に開いた穴を見つめ、そして怪訝そうにぼくを見回した。
「残り物のアラン?」
「ぼくの作り出してしまった、要らないデータです。アランはラボ5のぼくの本体から何者かの手を借り、偽物の体を造らせたようです。先ほど襲撃されたため、ぼくが排除いたしました」
 ぼくはそう言って、公司の背後に居るヴォルトをちらっと見る。
 腕を組み、怒ったように顔を顰めたヴォルトは、必死に心配そうな表情を隠しているように見えた。
 公司たちは顔を寄せ、小声で何かを話し合っていたが、最終的にはぼくの言ったことに納得したようだった。
 破壊された部屋の中をそれぞれがぐるりと見回り、そして公司の一人が、部屋の隅にある受話器を取る。
「公司長」
 呼びかけると、すぐに返事が返ってきた。
『なんだ』
 受話器からではなく、壊れかけたスピーカーからだ。天井についていたものが、今では落っこちて、壊れたキッチン台の上に転がっている。
「公司長、ただいまの爆発音の原因のご報告ですが……」
 公司は今ぼくが説明したことを、コピーしたようにすらすらと報告し始めた。
 穴のあいた体を立たせているのは今のぼくには相当堪えたが、ぼくはその場にしっかりと立ち、腹に開いた穴を手で隠す。
 テイルは挙動不審。ヴォルトは顔をそらしたままだし、ティーマはぼくの後ろに隠れている。
 右足が軋み、ふらりと揺れたら、ティーマが後ろからシャツを引っ張ってくれた。
 ぼくはもう一度背筋をぴんと伸ばす。大丈夫、胸を張って、自信たっぷりの顔をして、たった今憎い相手を吹っ飛ばしたゼルダのふりをしているんだ。ばれやしない。それにこれが終わったら、ぼくは……――
 公司の報告が終わった。公司は軽く頭を下げ、受話器を置いた。
『そうか、よくやったぞ。ゼルダ』
 お父様の猫撫で声が、スピーカーから聞こえる。
「はい」
 ぼくはスピーカーに向かって、にっこりと微笑んだ。
『全て削除したと思っていたのだがな、いや、私の見落としがあったようだ。すまなかったね』
 お父様の太い猫撫で声が、スピーカーから真っ直ぐに届く。
「いいえ」
 実はその声がぼくのむき出しの体の中を震わせて気分が悪かった。だけどぼくはまたにっこりして、首を横に振った。
『しかし、我々に刃向かう者が、内部に居るとは予想外だ。GXを一から造り出せるほどの腕を持つ者……裏切り者とは……一体、誰だね。ゼルダ』
「公司かと思われます。アランは、自分の設計図をプリントアウトし、黒服の公司に渡したと言っていました」
 ぼくはヴォルトを見ないようにしながら、そう答えた。
 あ、しまった。持っていることを言ってしまった。ヴォルトに殴られる。
『そうか……』
 なんとか誤魔化しがきいたのか、お父様は、酷くがっかりしたように、落胆したため息をついた。
『まあ、良い。それは私たちの問題だ。お前はよくやった。ご苦労だったね、ゼルダ』
「いいえ。ぼくこそ、お部屋をこんなにして、ごめんなさい」
『いいや、いいのだよ。今に直させるから、少しの間隣の部屋を使っておくれ』
 お父様は最後に猫撫で声で『私の可愛い娘、息子や、いい子だね』と付け加え、通信を切った。
「では、失礼しました」
 いつの間にか出口に集まっていた公司たちは、ぼくたちに深く礼をして、部屋から駆け出ていった。
 自分たちの中から、得体の知れない裏切り者を探すために――ぼくも軽く頭を下げ、その姿を見送る。
 ぼくの頬には、さっきゼルダに浴びせられた、水滴が伝った。



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