038 なんで……――?
再起動は、お父様にしか出来ないはず……。
だけどシオンのように、お父様に許しを貰い、記憶を消す力や、お父様にしか出来ないことを授かることは、今までだって例外ではない。
いつの間に……テイルは、それを許されていたというのか……――?
目の焦点が合わなくなる。物が二重に見える目の前で、ゼルダが歯を食いしばり、ぼくの体の中を掴んでいくつかの部品を引っこ抜いた。
「アラン!!」
ティーマが手を伸ばした。しかし、すぐにヴォルトが、駆け寄ろうとしたティーマをしっかりと押さえた。
ぼくの体が、硬直したように、動かなくなった。
しかし、両手は小刻みに震えている。
「お前の体のことは……全てお見通しだ……!」
ゼルダの声が、聞こえる。
目の前がかすんできた。
いや、かすんできたんじゃない。
目の前が、赤くなる。
『ピー……』
自己防衛機能が、動く。
「……しまった……!」
ゼルダの声が、ぼくの頭に響いた。
ゼルダが体を引いて、ぼくは前のめりに倒れる。意思とは関係なく、両手が飛び出て、ぼくの体を支えた。
『30%破損、自己防衛を開始いたします』
二重に重なったような不思議な声が、ぼくの口から勝手に飛び出す。
ぼくは体を起こしていく。ゼルダにあけられた穴から、ちぎれたコードが露出している。
ぼくの中に流れていた水と毒々しい色の液体が、ぼくのお気に入りのシャツを染めていく。
しまった。
もう、ぼく自身では、ぼくを制御できない。
お父様は、なんて残酷な機能をぼくらにつけてくれたんだろう。
ぼくの体は勝手に動いているのに、ぼくの意識ははっきりしている。
ぼくの体が勝手に人を傷つけているのに、ぼくはそれをしっかり見ている。
ぼくはゆっくりと立ち上がり、ゼルダのほうに向き直った。
「いやー! アラン!!」
ぼくの背後で、初めてティーマが悲鳴をあげた。
「ティーマ! だめだ!」
ヴォルトの声が聞こえる。そうだ、ヴォルト。ティーマを押さえていて。ぼく、何をするかわからない。
そうだ、そのまま、逃げて。みんな、逃げて。ぼくから逃げて。お願いだ。壊してしまう。
何もかも、壊してしまう――!
ヴォルトとティーマが、廊下へ駆け出て行った音がした。
後ずさりするゼルダの向こうに、ガタガタと震えるテイルが見える。
「アラン! やめろ! おい! 聞いているのか! おい!」
ヴォルトの叫び声が、遠く後ろから聞こえてくる。
聞こえているよ。やめたいよ。ヴォルト。
きみが造った体じゃないか。どうにかして、止めてよ。
ぼくがいくら抵抗したって、ぼくを止められないんだから……!
目の前をうろうろと行き交っていた赤い丸が、ゼルダを見つけて、標的として認識した。
ぼくは腕を水平に上げた。くるりと手のひらを上にすると、手首からすっと筋が入り、皮膚を突き破って、最悪の兵器が顔を出す。
小型ミサイルだ。よほどの緊急事態でなければ起動しない、街一つ壊しかねない最終兵器――今こそその時だと、ぼくの体は決断したらしい。
ゼルダはぼくと同じ緑色の目を見開き、首を横に振る。
「お前は、お父様に反している……!」
ぼくと同じ声で、ゼルダが言う。
そうさ。ぼくはおもいっきり、不良だよ。ゼルダ、優等生のきみとは違う。
ぼくの目の前にまた二重丸が現れて、位置を変えたゼルダを中心に押さえる。
ぼく、本当にゼルダを消してしまうんだろうか。
さっきまで、あいつなんか跡形もなく消えてしまえばいい、って思っていた。
ヴォルトのくれた強気は、もう期限が切れたみたいだ。
今では、弱くて、臆病で、女々しいアランだけが残っている。
目の前に居るもう一人のぼくが、近づいていくぼくから逃げようと、一歩一歩後ろに下がっていく。
その表情は、前の情けないぼく、そっくりだった。
ぼくの足が、ぼくの指令とは逆に、どんどんゼルダに近寄っていく。
テイルが悲鳴をあげて、ぼくの横を通って逃げていった。
ぼくは、少しずつ、確実に、じりじりとゼルダに歩み寄る。
ついにゼルダは、後ろのガラス張りの壁へ、押しつけられた。
揺れていた二重丸の中心が、ゼルダにぴったりと重なった。
ぼくの口が何か勝手に呟く。
ゼルダがそれを見て、首を横に振る。
逃げて。
「……アラン……!!」
低い爆発音と共に、ゼルダは公司館の外へ落ちて行った。
最後に、ぼくの名前を呼んで。
next|
prev