029
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 ぼくは……ぼくは、なぜここに居るの?
 さっきの男の子は誰?
 今ぼくの周りで、走り回っている人たちは、なに?
 何を急いでいる?
 ぼくをそんな目で見上げないでよ。
 ここはどこ? 君たちはなに?
 ぼくの腕はどこ? 脚はどこ?

 ぼくはだれ?

 歪んだ目の前で、慌しく人が動き回る。白衣が揺れる。

 体がピリッとした。ぼくの周りで、電流が発している。
 頭がクラクラしてきた。
 やだよ。ぼく、やだ。何するんだ。
 操っているのはどこ? あぁ、そこだ。
 ぼくはコンピューターを睨みつける。
 すると、大きな爆発音をたてて、炎と煙があがった。
 数人に火が移ったようだ。叫び声があがる。
 かろうじて逃げ出した人たちが、別の機械で同じことを繰り返している。
 今度は何だ? ぼくを壊す気か?
 だったら、





 すべて壊すまで。





 ――ぼくの周りがめちゃめちゃになるまでに、何分もかからなかった。
 そこら中から火が上がり、小さな爆発が起きる。
 機械を壊すことほど、容易い事はない。内部を少しいじれば、勝手にショートしてくれるんだから。
 悲鳴をあげて、白衣を着た人たちが部屋から逃げていく。

 ぼくは何なの?

 ここはどこなの?

 なぜ腕がないの?

 ぼくは何なの?


「ゼルダ」

 誰の声?


「ゼルダ」

 誰の名前?


 突然、ぼくの上に何かが圧し掛かってきた。
 何だ? 上には、何も乗っていないのに……
 酷い圧迫感……苦しい。折れそうだ。
 このままじゃ体がつぶれてしまう。
「ゼルダ」
 また、あの声が聞こえる。
 もやの向こうから聞こえるような、神秘的な声……低くも、高くもない。
 あの声が名前を呼ぶたびに、ぼくが押し潰されそうになる。
 ぼくは、折れそうな首を動かして、顔を上げた。人の影が見える。
 燃え上がる部屋の中で、その影だけがじっと動かない。
 輝く銀髪を肩へ垂らす、目の青い少年だ。
 怖いほど真っ青な、意識のない虚ろな目が、真っ直ぐにぼくを見つめている。
 頭が割れそうに痛い。
 わかる、ぼく、この子を知っている。この子は……

「シ……シオン!」

 ぼくの擦れた声が、口以外のどこからか出た。
 その時、ぼくの頭の中でいくつかの音がはじけた。その音と共に、ぼくの記憶がほんの少し戻ってくる。
 ここはどこか、ここは公司館。ぼくのラボラトリーだ。
 さっき慌てて出て行った男の子は、GX.No,6、ヴォルト。炎を使う、ちょっと問題がある子。
 ぼくはゼルダ。GX.No,5。ぼくは、ロボットだ。
 そして目の前に居るのは、シオン。GX.No,3。ぼくの仲間だ。
 シオンはぼくの記憶が戻ったことに気づくと、控えめに微笑んだ。
「お久しぶりです。ゼルダ」
 シオンはまったく唇を動かさず、頭に響く不思議な声を出した。
 ぼくは久々に会った仲間に、痛みのせいで苦笑いを返す。
 周りを見ると、すでに炎は消えていた。シオンが空気中の酸素をいじって、消してくれたんだろう。
 その代わり、さっきまで大慌てしていた研究員は一人も居なくなっているし、部屋中もメチャメチャになっていた。
 ひどい有様だ……。ぼくは苦笑いしたまま、シオンを見た。
「シオン、開けてくれないかな」
 申し訳なさそうにそう言うと、シオンは黙ったまま細い両腕を突き出し、缶詰を開けるような仕草をした。
 すると、ぼくの頭上でぼくを閉じ込めている蓋が、ポン、と音をたてて外れる。
「ありがとう」
 ぼくはそう言って、肩に突き刺さっている数本のコードを、体を捻って外した。
 その間に、シオンはぼくの腕や脚が入っている筒型の水槽の蓋を、同じように開けてくれた。
 そして全ての蓋を開け終わると、今は何も出来ないぼくの体を水中からふわりと浮かせ、ぼくの両手両足を、一本一本取りつけていく。
 シオンの能力は、全ての物質の重さを自由自在に変えること。
 さっきみたいに、水槽内の溶液の重さを変え、ぼくを押しつぶそうとすることも出来るし、
 今みたいに、重たい物をふわりと簡単に浮かせたりして、人間の数倍重いぼくの腕をこうやって触れもせずに取りつけることもできる。
 ひとつひとつコードの束が各自の持ち場にさし込まれていくのを見つめながら、ぼくは少し腕を動かしてみた。
 今は中指だけが、少し動く。よし、いい感じだ。
 シオンはぼくを元通りにくっつけ治すと、ぼくを目の前に下ろした。
「ありがとう」
 ぼくはまた礼を言って、つま先からシオンの前に下りる。
 シオンはにっこりと笑って、「どういたしまして」と口を動かさず言った。
 ぼくは一通り自分の体を見回して、少し動作の確認をしてから、シオンに肩をすくめる。
「シオン、ぼくの服は、どこかな」
 ぼくの質問に、シオンはすぐに反応し、どこからかぼくのシャツとズボンを差し出した。
 ぼくは、また「ありがとう」を言って、真っ白いシャツを広げる。
「……まずはお父様のところへ、貴方の目覚めの報告をしなくては」
 シオンは表情ひとつ変えず、もたもたと着替えるぼくを眺めながら言う。
「そうだね、謝らないと」
 ぼくはズボンに足を通した。
「それに、靴を持って来なければ」
「うん、そうだね」
 裾がぼくの足に絡まる。
「ティーマやテイルが心配していましたよ」
「うん、ごめん」
 あれ? ぼく、何でこんな風になったんだ?
 体をばらすほどのメンテナンスは月に一度のはず。
 あとは、酷い罰の後にしかこんなふうにはならないはずだ。
 ぼくが罰を? なぜ……? ぼくの記憶が、とんでいるの?
「シオン、ぼく……」
 ぼくは服をすべて着ると、シオンに質問しようとした。
 しかし、シオンはくるりと振り向き、ぼくの言葉を無視する。
「行きましょう」
 ぼくはこくりと頷き、シオンについてラボから出ていった。



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