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 ――神様、あなたは、とても残酷だ。

「……ドグラス……ティーマ……」
 ぼくは目の前に横たわった二つの遺体に、すがるように手を伸ばした。
 ドグラスの硬い頬に触れ、そして、ティーマの柔らかい頬に触れる。
 ドグラスの頬を流れた涙が、ぼくの指からティーマの頬へ移り、零れた。
 最後を伝える音が、ぼくの頭に響く。
 この世界から、ぼくの兄弟すべての反応が……消えてしまった。
「う……あぁ……っ! いやだああっ……――!!」
 ぼくは地を叩き、うずくまった。
「返して……! 戻ってきてよ! 置いていかないでよ……行かないでよ……!」
 ぼくは悲しみの波に押され、気づけば、必死にすがるように泣いていた。
 泣けるわけが、ないのに。ぼくは泣けないのに。
 決して涙は頬を伝わないけれど、ぼくは、とても、とても、悲しくて、
 押し潰されそうで……もう、潰されてしまいそうで、
 悲しくて、悲しくて、痛くて、苦しくて……ぼくは……――

 ぼくをおいて……行かないで……!

「ティーマ……!」
 その時、うずくまるぼくの背後で、引きつった声がした。
 よろめき、引きずるような足音が、ゆっくりと近づいてくる。ぼくは重たい体を上げ、振り向いた。
 目を見開き、顔を強張らせたお父様が、闇を掻くように手を揺らし、ぼくらへ歩み寄ってくる。
 ぼくはもやがかかったような重い頭を動かし、ゆっくりと、その場から後ずさりした。
 お父様がぼくの居た場所にひざを着き、手探りでティーマの姿を確かめる。
 そして、確かに体に開いた穴へ指先が触れた瞬間、絶望に、何かが弾けた。
「お前が……お前が殺したのか!!」
 お父様が叫び、ぼくのほうを向いた。
 その言葉に、ぼくも目を見開く。しかし、焼けつくように熱い喉を押さえ、ぼくはゆっくりと、立ち上がった。
「……そうだ」
 そして、呟くように返す。
 お父様の表情が、憎しみに歪んだ。
「お前が……っ!」
「あなたは、その憎しみをいくつも生み出してきたんだ!!」
 お父様の言葉を遮り、今度はぼくが大声で叫んだ。
 湧き上がってくる。この人への憎しみが、失われた命が、ぼくにまだ進めと、立てと促す。
「憎めばいい。ぼくを、壊せばいい! すべてを知ればいい。それが、ぼくたちが今まであなたへ向けていた気持ちだ!!」
 ぼくは叫んだ。体が軋む。立っているのが辛い。
 それでも、ぼくは立っていなければならない。進まなければならない!
 闇へ響いたぼくの声に、いつの間にか遠ざかった人だかりから、小さな囁きがいくつも漏れた。
 しかし、お父様はそのざわめきに目をやろうとはせず、憎しみに燃えていた目を、今度はゆっくりと伏せていく。
 どこか冷たく、まるで何もかもを見通しているかのような――マルシェさんのような目に、ぼくは思わず小さく震えた。
「では、望みどおり、破壊してやろう」
 お父様がそう呟き、ゆっくりと、体を立ち上がらせる。
 ぼくは腕の取れてしまった左肩を押さえ、一歩後ずさりしかけ、やめた。
「なぜお前のようなものを造り出してしまったのか……まったく、最大の汚点だ」
 お父様がため息交じりにそう言いながら、マーシアそっくりに、手のひらとこぶしを擦り合わせる。
 ぼくは全神経をその手に集中させ、少し体を低くした。
 ぼくは――逃げない。
 これが、最後の戦いだ……――
「あの子の痛みを、思い知るがいい!!」
 その声と共に、一瞬でぼくを衝撃波が襲った。
 逃げることも、避けることもできず、ぼくは公司館の壁に打ちつけられる。
 ついに、背の骨組みが逝った。もう、ゼルダのように真っ直ぐは立っていられないかもしれない。
「まだ……まだ終われない!!」
 ぼくは自分自身にそう叫び、そしてめいっぱいの念力を打ち返した。
 バン! と爆発のような音がし、互いの念力が相打ちとなる。
 ぼくは壁から滑り落ち、地にひざを着いた。相打ちとなった時、巻き上げた砂埃が、ぼくの視界を遮る。
 ぼくは透視に目を切り替え、そしてお父様の姿を見つけた瞬間、飛び出した。
 ヒュッと体が風を切る。そして一瞬でお父様の前に現れ、まず一発、パンチを入れてやった。
 これでフランさんとの約束は果たせた。頬に打ち込んだこぶしが力強く感じ、ぼくにまた少し勇気が戻ってきた。
 そうだ、まだ終われない。アンダーグラウンドを守るという約束を、まだ果たしていない。
 ぼくは、まだ一人じゃない!
「このっ……小僧が!!」
 倒れかけたお父様の罵声と共に、今度はぼくが蹴り飛ばされた。
 胸を強く蹴られ、ぼくは思わず後ずさりする。しかし、倒れずにはすんだ。
 お父様が地に片手をつき、体を支える。そして体を起こした瞬間、すぐにぼくの前へ現れた。
 早い! 体を避ける間もなく、今度は顔面に強い念力を打ち込まれた。
 目の前で爆発が起きたような感覚に、ぼくはとっさに顔をうつむかせる。それでも衝撃は避けられず、額から頬にかけて、亀裂が入った。
 バチン! という音と共に、間もなくぼくの体が跳ね飛ばされる。ぼくは地面に倒れ、大きく裂けた顔を押さえた。
 ゼルダと同じ色の液体が、ぼくの顔を流れていく。
 起き上がろうとした瞬間、何のためらいもなく、お父様がぼくの右足を踏みつけてきた。
 そしてその足へ指先を向けた途端、まるで弾丸のような念力を打ち込まれた。
「うわああっ……!」
 パン! パン! と拳銃そっくりの音をたてる。焼けた鉄で突き刺されたような感覚に、ぼくは思わず声をあげた。
 念力に縛りつけられ、いつの間にか体が動かなくなっている。ぼくは必死に抵抗しようとしたが、お父様はさも愉快そうにぼくの足をいたぶり、じわじわと穴を開けていく。
 早くも二十発目で、ガキン、と鈍い音がした。そしてぼくの右足の感覚が、ほぼなくなった。
「くそぉっ!」
 ぼくはぎゅっと目をつむり、精一杯の抵抗を一点に集めた。
 バチンと叩かれたような音をさせ、ぼくを踏みつけるお父様の足に攻撃を打ち込む。
 すると、これにはお父様も顔を顰め、足を少し浮かせた。
 ……今だ!
 ぼくは思いっきり右手を振り上げ、そして瞬時に作り出した氷剣をお父様に向けた。
 しかし間一髪、避けられた。そしてすぐにお父様はぼくに手を向け、今度はさっきの二倍ほどの念力をぼくに打ち込む。
 ドン、と鈍い音をさせ、ぼくの左胸に穴が開いた。
 その時、ポツ、とぼくの額に水滴が落ちた。そしてその途端、突然土砂降りの雨が降り始めた。
 ぼくが降らせているんだ。しまった、特殊能力の指令回線が故障したんだ……!
 勝手に、ぼくの体からその雨へ力が送り込まれる。ぼくは体から力が抜けていくのを感じながら、なんとか上半身を起こした。
 大粒の雨が、地面を叩きつける。ぼくは感覚のない右足へもなんとか力を入れ、かろうじて立ち上がった。
 片足の感覚がないと、バランスが取れない。ふらつきながら顔を上げると、お父様が、目を細めて笑っていた。
「まだ立てるのか……さて、今度はどうしてやろうか」
 雨音の雑音の中に、お父様の声が混じる。
 再び、頭がぼやけてきた。体が、重い……能力の使いすぎだ。
 雨よ、止め、止んでくれ――ぼくは必死に願ってはみたけれど、地下に降る雨は、一向に止もうとはしない。
 体が、動かなくなってきた。嫌だ、今止まってしまったら、みんなを守れなくなってしまう――
 もう、壊したくない……壊させたくない。もう、犠牲はいらない。最後の犠牲は、ぼくだけで十分だ……――
 そんなことを思っていたら、ついに右足に限界が来た。
 ガシャン、と機械の音をたて、ぼくは地にひざを着く。そんなぼくを見て、お父様がまた少し笑った。
 笑ってる……ぼくを見て……ぼくを壊れるのを見て……。
 雨がぼくの前髪を濡らし、顔に貼りつける。雨粒が、ぼくの頬をいくつも流れた。
 その時、再びお父様がぼくに念力を打ち込んできた。ドン、と強い衝撃がぼくの胸にぶつかる。
 次々に、同じようにぶつかってくる。だけど、降る雨が増す中、ぼくは体をぴくりとも動かせずに居た。
 どんどん、自分が壊れていくのを感じる。……目の前がぼやけてきた。
 動きたい、助けたい……そう、小さく願っても、ぼくの体はもう動かない。
 蹴るような衝撃を何度も打ち込まれ、ぼくはついに、横向けに倒れてしまった。
 濡れた地面が、ぼくの頬に触る。雨が、目の前を通っていく。
 いつの間にか、赤い雨が降っていたはずのぼくの目の前は、通常通りの色に戻ってしまっていた。
 ついに戦闘態勢にまで、入れなくなってしまったか……。
 この、暗闇の中で――ぼくは、このまま死んでしまうのだろうか。

 そう思っていた――その時、ぼくの目の前に、ぼんやりとしたひとつの明かりが、現れた。


 あぁ……なぜだろう……どこかで見たことがあるような……。

 ゆっくりと、その光が、ぼくのほうへ歩み寄ってくる。

 手だ……人が……人が居る……光を……持ってる……。

 パシャン、と音をたて、その足が、雨の地面を進んでくる。

 光が浮かび、そして、それを握る人の顔を、ぼんやりと映し出した。

 いつも変わらぬ、その、優しい、優しい……やわらかい笑顔。

 キヨハルさん……だ……――



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