完結
「はい、では踊ってください」
「えっ?」


 あと二週間程で文化祭という日の昼休み、私は文化祭実行委員の友人に引っ張られて体育館へやってきた。
 ついてくればわかると言った彼女の言葉に頷けば、にこりと笑った友人から最近購買で発売された新メニューのプリンを渡された。気前がいいな、と思いながらペロリと食べた後に引っ張られるようにしてついていった先が体育館。そして突然踊れと言われたのは、多くの生徒が見ている舞台上でのことだった。

「後夜祭でフォークダンス踊るでしょ、それの講習なの。限定十食のプリン食べたんだから、ね、お願い」
「何で今説明するの!」
「人数足りないって言われたの、さっきだったの」

 ごめんね、なんて言ってるけど、本心から思っているのか疑問な程笑顔である。
 人前で踊るほど得意でもないんだけどな、と思っていると「無理、ほんと無理だから!!」と実行委員の男の子に引っ張られてやってきた男の子を見つけた。

「竹谷くん……」
「ほんっと、俺こういうの苦手なんですけど!!」

 両手で顔を覆った竹谷くんは「いや、普通に恥ずかしいでしょう!!」と、中等部の後輩が見ているのも気にせずに膝をついた。
 中等部は各クラス数名がフォークダンスの講習に参加するのが必須である。委員会の後輩がいるのか「竹谷先輩ー」という可愛らしい声が聞こえるし、高等部は参加任意なのに竹谷くんの友達の鉢屋くんが裏声で「竹谷くーん、応援してるー」と、からかっている。

「さ、三郎……!!」

 いつも笑顔な竹谷くんには珍しい拒否反応だ。思春期なんだろうなーと思っていると「名前も踊るんだからね?」とマイクを持った友人に釘を刺された。

   ○

 結局、恥ずかしそうに顔を真っ赤にした竹谷くんと一緒にフォークダンスを踊った。といっても、文化祭未経験の一年生にフォークダンスの流れを説明するのがメインだったため、人数合わせとして委員と一緒に少し踊っただけである。そのため、私と竹谷くんの出番はすぐに終わった。

 今は実行委員が動きを丁寧に説明している所だ。
 フォークダンスは一つの短い動きを繰り返すもので、特別難しいものではない。現に、体育館の奥の方では既に中等部の女の子たちが楽しそうに踊っている。
 隣に座っている竹谷くんは、出番が終わって暫く経つのにまだ恥ずかしそうにしている。

「当日踊るんでしょ?」
「まぁ、はい……でも、人が見てる中で踊るのとは違うっていうか」
「あー、それはそうだね」

 人数合わせだったからもう帰っていいよ、と言われていたが、戻るとからかわれるのがわかっている竹谷くんは鉢屋くんの方をちらちらと見ながらため息をついた。
 体育館の床はひんやりとして肌に張り付く。壁によっかかって竹谷くんと話していると、きゅっという体育館独特の足音と共に声を掛けられる。

「名字先輩」
「あ、久々知くんだ」

 ジャージを着ている竹谷くんとは異なり、久々知くんは制服を着ていた。相変わらず真っ白いワイシャツがよく似合っている彼は、少しだけ表情を和らげて肩をすくめる。

「先輩が舞台に上がってるの見て、びっくりしました」
「私もこんなことになるとは思ってなかった」

 そう言うと、クスクスと久々知くんは笑った。
 竹谷くんがゆっくりと立ち上がったのを見て、つられて立ち上がる。そうすると、久々知くんは「去年、踊りましたね」と笑った。

 後夜祭の参加は任意だ。強制ではない。
 久々知くんは、中等部の頃は後夜祭に参加することなくすぐに帰宅していたらしい。後夜祭が始まる時間が少し遅いことから、中等部の生徒が後夜祭に参加しないまま帰宅することは特別珍しいことでは無かった。
 だから彼は、去年の後夜祭で初めてフォークダンスを踊ったのだという。

 去年、グラウンドの真ん中にキャンプファイヤーが灯され、音楽がかかっている中、向かい合って久々知くんと目が合った瞬間、なんともいえない恥ずかしさがあった。ああいうのは、知らない人よりも知っている人を相手にする方が恥ずかしくなるものだ。

「なんか偶然、俺とは毎年踊ってますよね」

 久々知くんの言葉に反応して、竹谷くんはへらりと笑って言った。そういえばそうだなと思い出す。

「竹谷くん、毎年挨拶してくれるよね。『名字先輩、こんにちは』って」
「兵助の先輩だから、挨拶しとかないとなって思って」

   ○

 体育の後でそのまま実行委員に呼ばれた竹谷くんはお昼もまだ食べておらずお腹が減ったらしい。久々知くんの後にやってきた鉢屋くんに誘われて購買へ行ってしまった。「今年も踊れたらいいっすね」と歯を見せて笑った彼は舞台の上で顔を真っ赤にしていた彼とは別人のようであった。
 中等部の頃のことを思い出して、竹谷くんの背が随分と伸びたことに気付く。彼が中等部一年の時からフォークダンスを踊る機会があったが、その時の彼はまだもう少しひょろっとしていたっけ。

「先輩、俺も、踊れたらいいなって思います」

 竹谷くんの後に続いて久々知くんもそう言っていた。委員会の時とはまた違った表情をした彼は、竹谷くんたちと一緒に楽しそうに笑いながら体育館を出て行った。


 一人、体育館を出て体育館履きを脱ぎ、上履きを履く。
 次の授業何だっけ。そう思いながら廊下を歩いていると、流し場の水石鹸を補充している伊作を見つける。

「伊作、手伝おっか?」
「ん? ああ名前、大丈夫だよ、これで終わりだから。ああ、用事が終わったんだね。結局何だったの?」
「フォークダンス踊ってきたの」
「そっか、もうあと少しだもんねぇ。ああそうだ、今年こそ踊れたらいいね」
「あー、ね。伊作とは踊ったことないもんね」

 不運なのかどうかはわからないけど、と言えば、伊作は面白そうに笑った。
 水回りをまだ綺麗な雑巾で拭いて「よし」と頷いた伊作は「これ片せば終わりだから、一緒に教室に帰ろう」と言う。頷いて後に続けば、伊作は私の方をちらりと見て有り難うと一言呟く。

「去年までは仙蔵と留三郎は仕事をしてたから輪に入って踊ることはなかっただろう。けど今年は踊るらしいんだ。最後だからって」
「へぇ、じゃあ盛り上がりそうだね」
「確かにね」
「皆と踊れたらいいな」
「踊れるよ、そういう縁があると思うんだよねぇ」

 保健室に道具を戻して教室へと向っていると、伊作は鼻歌を歌いながら歩き始めた。随分ご機嫌だ。
 転ばないでよと言えば、気を付ける、と急に真面目な顔をして歩き出す。

「留三郎はここ数年踊ってなかったから踊り方がわからないって言ってた」
「教えてあげなきゃだね」
「あんまり乗る気じゃないだろうね」
「でも結局、誰かしら教えてあげるでしょう。小平太と長次が得意だから、どっちかかな」
「名前が教えてあげるんじゃないの?」
「私は、ほら、当日楽しみにする側だから」
「何それ」

 面白そうに笑う伊作と一緒に階段を上って廊下を歩くと、すぐに教室が見えた。
 廊下には数人が立ち話をしており、よく見ると小平太と長次が留三郎に話しかけているようだった。
 楽しそうに手を取ろうとする小平太とは反対に、引きつった顔で留三郎が首を振っているのを見るに、想像していた通りのことが起きているらしい。
 まさか本当に言っていた通りになっているとは思わず伊作と顔を見合わせた。

「あっ、伊作!! 名前!!」

 廊下で立ち止まっていた私たちに気付いたのか、留三郎が「小平太をどうにかしてくれ」とでもいうような顔をして私たちを呼んだ。面倒なことになっているのだと、言葉にこそしていないが、そう訴えているのがよくわかった。
 小平太はそれでも「私は教えるのも上手いから安心しろ」と自信満々な様子だ。

「行かなきゃね」
「そうだね」

 困ったように眉を八の字にさせながらも、伊作の声色はどこか楽しそうであった。
 留三郎の「だから、別にお前に教わりたいわけじゃ」という声と共に文次郎と仙蔵の楽しそうな笑い声も聞こえてくる。どうやら二人も賑やかな小平太と留三郎の声に気付いてやってきたらしい。

「皆集まったから、皆で教えてやるぞ」
「いや、だから別にいいって。そこまでのモンじゃねぇだろ」

 溜息をつく留三郎の傍まで駆け寄り、名前を呼ぶ。長次がもそりと「お疲れ」と声を掛けてくれた。

「小平太は、文化祭が楽しみなんだ」
「ああ、日々賑やかさが増している」
「部活にでも顔出して後輩と試合でもしてこいよ、そうすりゃちょっとはマシになんだろ」
「それは、もうしている」
「まじか」

 小平太と留三郎の様子を見ながら長次と文次郎がそんな話をしているところで予鈴が鳴る。

「次移動教室だから行くぞ」

 疲れたような、でもなんだかんだ笑って楽しそうな顔をした留三郎に促される。皆に手を振り「またね」と言えばそれぞれが返してくれた。

「名前、本番で踊ろうな!!」

 小平太の大きな声に頷く。楽しみだね、と言えば元気な「ああ」という小平太の明るい声が返ってきた。
 私たちの最後の文化祭まで、あと少しだ。

20170905

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