完結
 文化祭は、クラスの皆でポロシャツを着ることになった。
 デザインは既に昨日のHRで決まり、お昼休みに友達からポロシャツのデザインが書かれた紙と一緒に名簿が回ってきた。
 今週中に注文したいからと言われ、服のサイズを名簿に記入していると伊作が「名前、僕のも書いておいてー」と言いながら教室から出ていってしまう。

「委員会? サイズも言わないで行っちゃったけど……」
「委員会だろ。あと伊作のは俺が書いとく」
「はーい。にしても、もうすぐ昼休みも終わっちゃうのに大丈夫なのかなぁ」

 留三郎に名簿を渡せば、彼は名簿の下に書かれているサイズ表を確認する。

「委員会、文化祭が終わったら引き継ぎだな」

 留三郎は記入しながら言った。その声は少し寂しそうである。


 生徒会は選挙によって役員が決定するが、他の委員会はそれと異なり文化祭が終わり次第、各委員会で次期役員を決め、次に引き継ぐ。
 うちはだいぶ前から久々知くんが委員長になるだろうと予想されているし、多分そうなるだろう。久々知くんなら心配はない。

 文化祭が終われば委員会の仕事も無くなり受験へ本腰を入れることになる。委員会の仕事は大変だったが、委員と会う機会が減るのは寂しいと感じる。
 地味な仕事が多いし目立たない委員会だった。文化祭でも体育祭と変わらずに見回りをするのがメインの仕事となっている。けど、嫌じゃなかった。自分が所属する委員会のことが好きだった。学年の垣根を越えて知り合った人たちはとても良い人たちばかりで、彼らとの関わりが減るのだと思うと留三郎のしんみりとした表情も理解が出来る。


 少し感傷的な気持ちになるものの、しんみりしたままではいられない。終わりが近いからこそ、この時期はとても忙しいのだ。

   〇

「ねえ名字ちゃん、二日目の見回り一緒だね。宜しく〜」
「ああ、斉藤くん。宜しくね」
「ペアになって一緒に仕事するの初めてだね」
「言われてみればそうだね。学年違うからかな」
「名字ちゃんはもうすぐ引退だし、最初で最後ってことでしょ〜残念だなぁ」

 放課後、各委員会やクラスに配布する資料をまとめ、ホチキスで留める作業を一緒にしていると、斉藤くんは少し控えめな声で「ねえ、名字ちゃん」と囁いた。何、と返事をすれば「お願いがあるんだけど」と申し訳なさそうな顔をしながら言う。ああ、これはきっと委員会とは関係ないことなんだなと思いながら頷けば、ほっとしたように少しだけ首を傾げて彼は笑う。

「文化祭の日、少しでもいいからさ、髪、アレンジさせてくれない?」
「えー、斉藤くんなら女の子の方から髪の毛やってって言われるでしょ」

 斉藤くんのお家は有名な美容院だ。
 お父さんは雑誌やテレビでも見かける美容師さんで、斉藤くんが転校してきた時の女子の盛り上がりは今でもよく覚えている。
 
「ペアで一緒に仕事をしたことはないけどさ、名字ちゃんは委員会のこといろいろ教えてくれたでしょ。だからお礼がしたいんだ」
「そういうの言われると、ちょっと照れくさいなぁ」

 パチン、パチンとホチキスが紙を噛む音がリズムよく聞こえる。
 放課後の、委員会のメンバーしかいない教室で過ごす時間もあとどのくらいあるのだろう。
 教室の端では久々知くんがノートパソコンを使って資料を作っているし、二郭くんと池田くんはさっきまで使って汚くなった黒板を綺麗にしている。黒板消しクリーナーが使われたことにより教室内に機械音が響く。久々知くんが顔を上げ、一度クリーナーの方へ視線を向けるも、作業をしているのが二郭くんであると気付くと再び視線を戻して作業に戻る。

 何度も見た光景だった。
 空は少しだけ色付いている。開けられた窓から教室内へ入る風は未だ生ぬるいが、夏休みが終わったばかりの頃のものとは違うことがよくわかる。

「名字ちゃん、なんか綺麗になったね」
「何それ、褒めたら了承するって思ってる?」
「真面目に言ってるんだけどなぁ。大人っぽくなったねってことなんだけど……。体育祭の頃と違うなぁって」
「自分じゃよくわからないし、斎藤くんにそんなこと言われると本当に照れるんだけど……。今年が高校生活最後だって、最近ようやく理解してきたからじゃないのかなぁ」

 ホチキスを留める音は消え、クリーナーの機械音も止んだ。綺麗になった黒板消しで仕上げだと言わんばかりの顔をした二郭くんが黒板へと向かう。

「名字ちゃん〜お姫様もびっくりな可愛いアレンジしてあげるから〜」
「いや、お姫様もびっくりとか盛りすぎなイメージしかわかないんだけど……」
「今以上に可愛くするって意味だよぉ」

 資料を留める作業を終え、作った資料をまとめて机の上を片付けると斉藤くんは念を押すように「ね?」と首を傾げた。

「わかった。うん。お願いします。でも、ほどほどでいいからね?」
「うん。可愛くするから大丈夫だよ」

 大丈夫かなぁ……。
 そう思っていると、池田くんの「綺麗になったなぁ」というのんびりした声が聞こえた。どうやら黒板の掃除の方は終わったらしい。
 久々知くんも作業が終わったのかノートパソコンは閉じられ、ぐっと伸びをしている。

 今日の委員会も、さっきまで留めていたこの資料を配布するべき場所に届けるのみである。
 嬉しそうな斉藤くんは鼻歌を歌いながら席を立ち、こちらを向く。にっこりと笑った彼は資料を持って私の名を呼んだ。

「さあ名字ちゃん、ラスト頑張ろう〜」
「はーい」

 ノリノリな斉藤くんと資料を半分にして教室を出ようとすれば、すぐさま久々知くんが私たちに声を掛ける。

「皆でやれば、すぐ終わりますから」

 久々知くんの後ろには池田くんと二郭くんが頷いて笑っていた。

「有り難う。じゃあ皆で終わらせよう」


 中等部の資料は中等部の二人に渡し、高等部や委員会、先生方への資料等で上手く分けていく。

「じゃあ、終わったらまたここに集合で」
「はい」

 頷いて、すぐに自分が行くべき場所へ向かおうとするも、久々知くんが再び声を掛けてきた。何だろうと振り返ると彼は少しだけ恥ずかしそうな表情をした後、少し俯いた。

「帰り、皆で帰りませんか。コンビニの近くに出来たアイスクリーム屋、オープン記念で今日まで安いみたいだから……」
「えっ? うん。いいけど、久々知くん部活行かなくていいの?」
「もう、下校時間近いですし、今日は部活行けないって伝えてあります」

 久々知くんは少し顔を上げ、力の抜けたような表情をした。

「先輩と寄り道したことなかったなーって、今更気付きました」

   ○

 特別秀でた人間だとは思っていないからこそ、自分の出来ることはなるべくやるようにした。サポートする仕事が合っている気がして、この委員会以外所属したことがない。
 私は誰もが知っている学園の有名人ではない。けど、有り難いことに私の至らないところをサポートしてくれる同級生と、慕ってくれる後輩に恵まれた。

「あっ、ここしんべヱが全種類制覇したって言ってたところだ」
「はあ? まだオープンして一週間も経ってないぞ」

 お店の前で二郭くんと池田くんが元気に会話しているのを聞いていると、男の子も案外こういうところに来るんだなーとちょっと驚く。

「先輩は、まだ来てなかったですか?」
「うん。私、家が逆方向だから、こっちに来る機会がなくて」
「なら良かったです」

 久々知くんがほっとしたように笑う。斎藤くんはお店の外観の写真を撮って「早く中に入ろうよ〜」と食べる気満々だ。イートインスペースには同じ学園の生徒が何人かいるようで、二郭くんが楽しそうにお店の中へ入っていった。

「こういうの、委員会のメンバーともっとしとけば良かったって、ちょっと後悔してます」
「久々知くんはまだ来年もあるよ」
「先輩とは出来ません」
「引退も卒業もあと少し先だよ」

 お店の中に入るとカラフルな色の壁紙とインテリアが目に入った。
 ガラスケースの奥には様々なアイスが並んでおり、何を食べるか迷ってしまう。
 池田くんはトリプルに挑戦しようとしているのか指を数えながら迷っているようだし、斎藤くんは店員さんに試食をお願いしている。二郭くんは既にアイスを選んだのか会計をするためにレジ前で財布を取り出していた。

「先輩、選びましょう。どれも美味しそうですよ」
「うん」

 並んでいるアイスの中から食べたい種類を選ぶだけなのに、それだけでも楽しいと思ってしまう。きっとそれは、委員会のメンバーと一緒だからなのだろう。
 委員会の仕事をしている時とはまた違った彼らの様子を見ながらアイスを選ぶ。色とりどりのアイスに胸が高まっていく。きっと私も、委員会の時とは少し違う私になっているに違いない。

 夏休み前、もう少し忙しくない時に皆とこうして委員会以外で関わるきっかけを作れば良かった。そう思ってしまう程、私はこの委員会が好きなのだろう。昼間の留三郎と先ほどの久々知くんの言葉を思い出す。

「先輩、決めましたか?」
「うん。決めたよ」

 それなら、後で今以上に後悔しないためにも楽しむ時は楽しんだ方が良いだろうと、気になったアイスを注文すべく鞄から財布を取り出す。
 既に注文を済ませたのか、皆楽しそうにレジの横の受け取り口で待機していた。あとは私だけのようだ。


 私が会計を済ましている間に店員さんからアイスを受け取ったのだろう。アイスに盛り上がっている声が聞こえる。
 どうぞ、とにこやかに笑う店員さんからアイスを受け取れば、斉藤くんの「あっ、名字ちゃんのも美味しそう」という声が聞こえてきた。振り向けば、アイスを見せるように皆こちらへカップを持ち上げて私に見せてくれた。どうやらそれぞれ違う味のアイスを頼んだようだ。

「先輩!! 見てください期間限定でゴマ豆腐味ですよ!!」
「……ゴマ味じゃなくて、ゴマ豆腐味なの!?」
「俺、これにしたんで、もし先輩も食べたかったら言ってくださいね!!」


 今日を一番楽しんだのは久々知くんかもしれない。
 斉藤くんがアイスが溶けないうちに、と皆で撮った写真を見て思わず笑ってしまった。アイスのカップを幸せそうに持つ久々知くんを皆で囲むようにして撮った写真を、久々知くんは恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑って見ていた。

「今日の思い出ですね」

 アイスを食べ終え店を出ると、帰り道が異なるためその場でお別れとなった。また、と言って手を振り一人薄暗くなった道を歩くも気持ちは普段よりもずっと明るい。
 最後に言った二郭くんの言葉を思い出すと、食べたアイスの味がまた蘇るようだった。

20170727

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