完結
 夏休みが終わり、九月に入るも未だ太陽はさんさんと輝き、暑さは続いている。
 お弁当も食べ終わり、少しうとうとしながらお弁当箱を片していると、留三郎が突然「ああ、そうか」と声を上げた。

「夏前に比べて自習室にいる時間が増えたと思ったら、生物委員会の生き物たちは随分と脱走してないのか」
「夏休み入ってたからそう思うだけじゃないの?」
「いや、去年は夏休みも呼ばれてたんだよ。部活で学校にいるってわかってたからだろうけど……」
「じゃあ留三郎が受験生だからって気にしてくれたんじゃない?」

 伊作が焼きそばパンを食べながら留三郎に反応するも、留三郎は納得出来ないようにうんうんと唸る。

「脱走しないに越したことはないからいいんじゃないの」
「確かにそうだな」

 留三郎の方へと顔を向けてそう言えば、彼は少し考えたような素振りをしてから頷いた。
 今日が日直の留三郎は、購買で買ってきたコロッケパンを食べながら日誌を書いている。
 書く内容を考えているのか器用にペン回しをしながら黒板の方を見ていたが、何か思い出したような顔をしてこちらを向き、笑って「そういえば、委員会の一年が言ってたぜ。学園長先生の突然の思い付きで夏休みも大変だったって」と言った。

   ○

 学園長先生の突然の思い付きと言われて私がまず一番に思い浮かべるのが、同学年の彼らと親しくなったきっかけとなった出来事だ。

 中等部一年、入学して間もない春頃のこと。
 ヘムヘムと散歩をしていた学園長先生の近くにいた私たちは、先生に声を掛けられ集められた。
 学年こそ同じだったけれど、集められたのは私以外男の子で、知り合いは誰一人おらず、自己紹介をしたものの一度で全員の名前を覚えきることは出来なかった。

 なんで集められたのだろう。
 そんな不安を抱きながら学園長先生の言葉を待つと、先生はにやりと笑って「学園七不思議というものが最近噂されているんじゃが、それが真実か調べてもらいたい」とおっしゃった。
 最近小中学校でそういうものがブームになっていることは知っていたけれど、この学園にもあるのかと思わず顔が歪んだのが自分でもわかった。

「まだ校舎もろくにわかっていない新入生に、何故?」
「だからこそ、じゃ」

 隣に立っていた男の子――間違いでなければ、シオエと名乗っていた――が尋ねるも学園長先生はカッカッと楽しそうに笑うだけ。
 結局、私たちは学園長先生に言われた通り、学園の七不思議とやらを調べることになった。

「自分たちで調べて真実かどうかがわかるなら、それに越したことはないかもしれないね」

 明るい髪色をした男の子が真面目そうな顔をしてそう言うと、変な噂に惑わされるのは嫌だしな、と私の向かいにいた男の子が豪快に笑う。

「お前は大丈夫なのか?」

 学園長先生から受け取ったノートを持ったシオエくんは、少し眉を寄せ、控えめな声で私にそう言った。

「ああ、うん。大丈夫」

 同性がいない中でこんなことになるとは思ってもいなかったけれど、中途半端に話を聞いてモヤモヤしたまま学園を過ごす方が嫌だ。
 お化けや幽霊だとかがいるかどうかはわからないけど、この学園にそういったものがいない方が皆平和に過ごせるだろう。
 自分の目で七不思議の真実を見極めるのだ――といった気持ちで私も意を決した訳だが……。


   ○


 放課後、少人数制の授業で使用する教室に向かえば、既に潮江くんと立花くんはいくつかの机を寄せ集めて待っていた。普段使用している自分の教室よりもがらんとしているその部屋に入ると、二人は私を見て軽く挨拶をする。

 遅れてごめんねと言うと、気にしないとでもいうように潮江くんは首を振る。
 立花くんは「今日は私たちだけだ。他は部活を優先する」と苦々しい表情をした。

「今週中に、終わらせたいね」
「そうだな。仮入部期間だからまだ良いものの……」
「それまでに終わらなかったら、面倒なことになる」

 椅子を引き、あまり音を立てないようにゆっくりと座れば、潮江くんはノートを鞄から取り出す。
 掃除の際に開けられたのか、それとも目の前にいる二人が開けたのか、教室の窓が一つだけ開けられたままにされており、カーテンが音を立てながら揺れる。外からは賑やかな声が聞こえてくる。

「まさか、『学園七不思議』ってのが、こういうものだとはねぇ」

 潮江くんがノートを捲り、机の上に広げる。それを三人で覗けば、皆揃って大きなため息をついた。

「でも、怖い感じじゃなくて良かったって、ちょっと思う」
「七不思議って言われたら、怪談を思い浮かべるのが普通だからな。これもこれで面倒だが……」

 立花くんはペンケースからシャーペンを取り出し、何も書かれていない真っ白なページに日付を書き加え、今日のメンバーの名を書いていく。
 名字、という字がスラスラと綺麗に書かれるのを見ていると、立花くんは少し困ったような顔をして「見られると、恥ずかしいんだが」と言った。ごめん、と謝ると、彼は一つ咳払いをし、改めて七不思議の説明を始めた。


 学園長先生から渡されたノートには、学園で噂されている七不思議について書かれていた。
 しかしそれは、旧校舎のトイレには花子さんがいるだとか、理科室にある人体模型が夜な夜な動いて廊下を歩き回っている……などというよく聞くような七不思議とは違った。ちなみに、私たちの通うこの学園には旧校舎は無いし、人体模型は理科室ではなく、理科準備室の鍵が付いたロッカーにしっかりと仕舞われている。
 つまり、この学園の七不思議を調べるにあたって、私たちは夜遅くに学校を見回る必要は無いし、そもそも怪奇な現象に怯えて学生生活を送る必要はないのである。
 私はそれに安心したが、ほんの少し残念だとも思った。

「昨日は食満と中在家が『絶対に閉まらない扉』を修理したのか。中在家のコメントを見る限り食満は手先が器用なんだな。しかし新入生である私たちが扉の修理とはなぁ。学園長先生にしてやられた気分だ。これは私たちがすべきことだったんだろうか……」
「……別にお前が扉を直した訳じゃねえだろ」

 前日の「謎」に立ち会っていない私たち三人は、昨日何が行われたのかを確認するために前のページを読むことにした。
 中在家くんの字は読みやすい丁寧な字なのだと初めて知る。立花くんがノートを見て眉を寄せるのを見て、まぁ確かに何で私たちが、と思ってしまうのは特別変なことではない気もした。
 それにしても、昨日は随分と大変だったようだ。どこに『絶対に閉まらない扉』があるのかを知らされていなかったために、敷地内の様々な場所を訪れたようで、長々と綴られている中在家くんの文章の中には苦労がにじみ出ているように思えた。

「……で、今日は『終わらない予算会議』か。……昨日といい今日といい、この学園は大丈夫なのか? ちょっと心配になるな」
「予算会議については、今までギリギリでなんとかやってきたらしいけど、毎年大変みたい。昨日七松くんと七不思議についての新聞部の記事を読んだんだけど、徹夜明けでゾンビみたいな会計委員会を見て女子生徒が驚いたって話もあったよ」
「徹夜……? 会計委員は泊まり込みをするのか?」

 私の言葉に立花くんがピクリと反応した。シャーペンを器用にくるりと回し、再び彼は眉をひそめる。

「ああ、説明会では説明されてなかったが、予算会議前後は泊まり込みをするってのは事実みたいだ。部活で合宿をする時に使う建物が高等部の近くにあるらしくてな、そこを使うんだと。ちなみに泊まりは高等部の生徒だけだ」
「ほう、随分詳しいな。……ああそうか、お前は会計委員会だったか」

 潮江くんと立花くんは同じクラスなため、互いの委員会についても認知しているようだ。
 立花くんは潮江くんの言葉を聞くと、フフンと笑ってノートに書き込んでいく。

「これは会計委員会の潮江文次郎の今後の活躍に期待、ということだ」

 算盤を習っているという潮江くんは、エナメルバッグに算盤のストラップを付けている。
 委員会も入るならば会計委員会だろうと思ったらしく、委員会決めの際には誰よりも先に手を挙げ、そして会計委員会に入ることを宣言したのだと立花くんは教えてくれた。

 立花くんがノートに書き込んだ「予算会議については七不思議の通りといってよし。しかし、将来潮江文次郎が会計委員会の委員長になった際には、彼がこの問題を解決してくれるでしょう」という文章を私がゆっくりと読むと、潮江くんは「そんなのアリか?」と不満を言う。

「ナシではないだろう。特製の算盤を普段から持ち歩くお前なら出来るんじゃないか?」

 からかい半分といったところだが、全てが冗談とも思ってもないような顔で言ってのけた立花くんに、潮江くんは眉を寄せるだけで何も言い返すことはしなかった。
 反論がないとわかった立花くんは、ノートをペラペラと捲って流し見をする。

「しかしこうなると、今回の選抜は面白いな。皆一つ、何か解決している。昨日は食満、今日はお前だ。最初は中在家、次が私、そして善法寺……そうなると七つ目の謎を解決に導くのは名字、ということだろうか?」
「たまたまじゃねえか? しかも俺はまだ解決してねえし」
「確かにな。偶然だと言ってもいい。学園長先生が全て見通してたって言うなら、そっちの方が恐ろしい気もする。だが、偶然だと言って片付けるのも面白くないとは思わないか?」

 立花くんが潮江くんに向かってそう言えば、潮江くんは一瞬驚いたような顔をしたものの、にやりと笑って私の方へ顔を向けた。
 立花くんも潮江くんも、面白がっている顔をしている。思わず「えぇー」と返すと二人は楽しそうに笑うだけだった。


「そういえば、立花くんは何をしたの?」
「私か? 私は学園長先生のブロマイドについてだな。学長室に置いてある一つの棚にはブロマイドが大量に置いてあって、取っても取っても無くならない――というものだったが、置いてあるブロマイドとは別に、七枚だけ学園長先生とヘムヘムが一緒に写っている新作を置いてきた」
「はぁ? なんだそれ。増やしてどうするんだよ」
「実際に見てきたんだから何ら問題ないだろう。私は近い将来、この問題を解決するために置いてきたんだ。好きでブロマイドを印刷したわけではないぞ」

 立花くんは自信ありげに腕を組んで話を続ける。

「七不思議とやらの一つを私も解決してみようと考えたんだ。一種類だけでも『無くなった』状態を作れば『取っても取っても無くならない』というコトではなくなるだろうう」
「なるほど。……でも学長室って普通に入れたの?」
「ああ、七不思議について聞きたいことがあるんですと言ったら、な。ブロマイドの件だと伝えたら向こうから戸棚を見せてくれたぞ」
「なんだそりゃ」

 潮江くんは力が抜けたよう椅子にもたれてため息をついた。

「しかし、次で最後か」
「そうだね」
「明日は皆集まれるようだから、明日で終わりに出来たらいいな」

 潮江くんは立花くんが読んでいたノートを取り、私に差し出す。

「名字、明日も宜しくな」

 受け取ったノートには新聞部の記事だったり、写真だったりが貼り付けられている。皆それぞれがどうにか問題を解決しようとした結果が詰まっているのだ。

 私たちが出会って、二週間程。
 最初は上手くいくのかと心配でいっぱいだったけれど、彼らと過ごす時間は思っていた以上に楽しかった。
 学園の敷地内を歩き回ったことで校舎内の施設をすぐに覚えることが出来たし、何より今回のことが無かったら親しくなれなかったかもしれない彼らとの出会いはとても意味のあるものに思えた。

「うん。明日も頑張ろう」

 私がそう言うと、二人は頷いて笑った。
 ノートを鞄の中に入れてから三人で片付けを始める。机を元に戻し、一つだけ開いていた窓を閉める。風によって揺れていたカーテンは落ち着き、扉の近くにいた潮江くんは「名字、電気消すぞ」と言い終わる前に教室内の電気を消してしまう。

 薄暗い教室を出て二人と別れてから昇降口へと急ぐ。まだ空は明るかった。

20170705

- ナノ -