完結
 ぼくは一枚持っているので、良かったら記念に持っておいてください。
 会場に入ってすぐにそう言って渡されたチケットの半券をぎゅっと握りしめていたことに気付き、慌てて皺を伸ばす。
 どういった反応をするのが正解だったのか全くわからないまま、私はドキドキと鼓動を速める心臓を落ち着けるように深呼吸をする。
 伊賀崎くんがああいったことを言うタイプだとは思っていなかったから、驚いた。とりあえず以前より仲良くなったということでいいだろうと自分を納得させ、皺を伸ばしたチケットを大切にお財布の中に仕舞った。

   ○

 それから一週間ほどで夏休みに入った。
 学校へ行ったり塾へ行ったりしているとすぐに八月になり、一日一日があっという間に過ぎていく。
 時々留三郎や小平太が出場する試合を伊作と見に行ったりして日に焼けたりもしたが、高校二年までの夏休みとは違い、思った以上に忙しない毎日を送っていた。これなら去年までにもっと遊んでおけば良かったと後悔をしたほど。


 あと一週間で夏休みも終わりという日の夕方、駅の近くにあるレンタルショップにCDを返却しに行くことにした。まだ蒸し暑さはあるが、日は沈んでいるため昼間に比べると随分と外に出やすい。
 コンビニでアイスでも買って帰ろうかな、なんて考えながらCDを返却して店を出ると、すぐ前を二人の男の子が横切った。

「あれ」
「あっ」

 私と彼には何か神様が手引きをするような縁があるのだろうか。

「伊賀崎くん」
「名字先輩!!」

 偶然がいくつも重なっているような気がする。

「お久しぶりです」

 伊賀崎くんは驚いたような表情をした後、軽く頭を下げた。彼の隣にいる男の子も不思議そうな顔をしながら頭を下げる。
 伊賀崎くんの同級生だろうか。制服でないため若干自信はないが、伊賀崎くんの隣で少し首を傾げる少年の顔には少し覚えがあった。

「あっ、隣が用具委員会の富松作兵衛です。一ヶ月前くらいに一緒に見た展示の、福引でチケットを当てた友人で……」
「ああ、君が!! その説はどうも有り難うございました」
「い、いえ、お礼を言ってもらえるようなことではないっていうか……」

 伊賀崎くんが紹介をしてくれたおかげで漸く合点がいく。用具委員なら留三郎の後輩だし、中等部高等部関係なく校内のあらゆる所で見かける。それに彼は、よく高等部で迷子になっていた中等部の生徒を探しにきていた。
 富松くんは首を振って「気にしないでください」と肩をすくめた後、少し興味あり気な顔をして手を挙げた。

「孫兵に高等部の先輩と見に行ったって言ったのは聞いてたんですけど……えっと、先輩って食満留三郎先輩と同じクラスの」
「うん。留三郎と同じクラスの名字名前です」

 やっぱり、と楽しそうに笑う富松くんは「制服じゃないからちょっと自信なかったんですけど……」と言って頬をかく。
 それにしても、留三郎の後輩が伊賀崎くんにチケットを渡していたというのも、また不思議な縁のように思えてしまう。

「二人はどうしたの?」
「展示に一緒に行けない代わりに、夏休みに遊ぼうって約束してたんです」
「こっちに友達がいるので、そいつの家で遊んだ帰りです」
「そうだったんだ。まさかここで会うとは思わなくてびっくりした」

 そう言うと、伊賀崎くんは「ぼくも驚きました」と笑う。
 そんな時、突然ドンと大きな音が鳴った。驚いて三人で顔を見合わせる。

「……ああ、花火か」

 孫兵くんが空を見上げ、ぽつりと呟く。

「げっ、まじか。孫兵、おれ先帰るわ。名字先輩、お先に失礼します!!」
「じゃあまたね」
「あっ、ばいばい」

 音の正体が花火だと気付いた富松くんは、慌てて駅の改札口の方へと走っていってしまった。

「作兵衛、花火大会がある町の近くに住んでいるんです。だから、なるべく早く帰りたかったみたいで……」
「そうだったのか。声掛けちゃって、申し訳ないことしたなぁ」
「先輩は気にしないでください。作兵衛も帰り道で気付いたらしくて、今電車乗っても同じだろうなって諦めた顔してましたから」
「そう……でも、伊賀崎くんは大丈夫?」
「はい、ぼくは大丈夫ですよ。それに、先輩と会えましたから」
「えっ?」
「あっ、先輩、良かったら一緒に花火、見ませんか?」

   ○

 薄暗い中、伊賀崎くんがにこにこと笑っている。
 伊賀崎くんは去年、駅から少し歩いた坂の上にある公園で友達と一緒に花火を見たらしい。「先輩、そこで花火を見ませんか?」と笑った彼は、私の歩くスピードに合わせて薄暗い歩道の車道側を歩いている。

「作兵衛の家の近くで花火を見たこともあって、その時は音と迫力がすごかったです。友達が迷子になったので、大変だったんですが……でも、ここも綺麗に見えて、その上――」

 ドンと、定期的に花火が打ちあがる音が聞こえる。
 花火が上がる大きな音と共に聞こえた、伊賀崎くんの「今日は先輩と一緒ですし」という言葉に、私は何も言うことが出来なかった。

 公園には私たちの他にも花火を見ている人がいて、子供は花火が打ちあがると楽しそうな声を出してはしゃぎ、犬を散歩していたおじいさんは空を見上げたまま足を止めている。

「綺麗」

 花火を見たことがないわけではないのに、遠くに見える花火が今まで見たどの花火よりも綺麗に見える。空に様々な模様が浮かびあがり、すこししてキラキラと消えていくのを見て、いつかの伊賀崎くんのきらきらとした綺麗な目を思い出した。

「すごい」

 私の口からは、小学生でも思いつくような簡単な感想しか出てこなかった。
 ここ数年、友達と手持ち花火をした記憶はあっても、花火大会に行った記憶はない。いつも家のベランダから少ししか見えない花火を見るだけだった。
 隣にいる伊賀崎くんを見ると、彼は私の視線に気付いたのか少しだけ顔をこちらに向けて首を傾げた。

「花火、見れて良かった」
「それなら、誘って正解でした」

 有り難うと言うと、いいえと彼は嬉しそうな顔をして笑う。


 暫くの間、花火を見ていたけど、これ以上見続けると最後まで見てしまいそうだったから途中で切り上げることにした。

「それじゃあ名字先輩、また学校で」
「うん。またね」

 さっきと同じ道を通って駅まで行き、レンタルショップの前で別れの挨拶をすると、伊賀崎くんは手をひらひらと振って駅の改札口へと歩いていった。

 花火が打ち上がる音が再び聞こえて一人で空を見上げる。
 今日見た中で一番大きな花火が打ち上がり、きらきらと光りながら消えていった。
 
20170626

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